長坂系社寺彫刻

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龍鑑寺

 
   龍鑑寺彫刻
寺伝によると、大同二年(807)弘法大師空海の開基とあり
はじめ龍堂寺と号した真言宗の名刹であった。
長享二年(1488年)、土気城主・酒井定隆は、領内の寺院を悉く日蓮宗に改宗させ 、時の住職は寺宝を持って報恩寺に難を逃れた。その後、龍鑑寺と寺号を改称し、現在地に創建したとされる。
 
向拝の彫刻はあまり興味が沸く様な作品ではなかったのですが
堂内欄間彫刻は名人長坂長坂猪之助友雅の作で素晴らしい作品が三面あり
左右に阿吽の唐獅子牡丹 中央には桐に鳳凰で彩色されていて見事です。
欄間彫刻の製作年は寛政十戌午年(1798年)となります
 
本堂正面
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向拝
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堂内欄間三面 広く暗い堂内で上手く撮れなかった
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左「唐獅子牡丹 吽」
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右「唐獅子牡丹 阿」
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中央「桐に鳳凰」
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                         詳細は後程アップしますね

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東金市 薬王寺 6

 
      東金市 薬王寺欄間彫刻
  この欄間彫刻は初代長坂猪之助友雅(名人)による物で見事な作品です
            製作年代は寛政12年だそうです


長坂猪之助友雅
本所報恩寺橋に居を構え、寛政から天保年間に活躍した江戸の名工である
江戸時代、「江戸彫物御三家」と呼ばれ活躍したのは後藤、島村、石川である。
後藤家の元祖は後藤茂右衛門正綱で、名人なりとあり、宝暦二年(1752)58歳で没している。
長男正道が名跡を継ぎ、次男正常が三代目を継承。名人であり、門人を16人も輩出した長坂家の元祖である


左側欄間 「禅琴夫人玉巵 ( ) の図」
竜の上で玉巵という中国の伝説上の女性が一弦琴を優雅に奏でる姿を描いた図
 
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中央欄間 「波に昇龍の図」
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右側欄間 「馬師皇の図」
中国の伝説にでてくる。黄帝のころの馬専門の獣医。治療すれば必ず治ったという程の名医
龍は、病気の度に、波から出てきて治療してもらっていたが、ある朝、龍が馬師皇を背負って姿を消した。
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