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ここで、今から約十年ほど前のお話しをさせて頂きます。

(※まずその前段を記しておきます。私は子ども時代から棄てられゆくものを写真に撮ることを続けてきました。私の作品、プロフィールは
http://malta.cside.com
をご覧ください。1992年、最初の写真展「棄景」を開催。1993年に最初の写真集「棄景――廃墟への旅」を上梓し、94年に同書で日本写真協会新人賞を受賞。95年に続編の廃墟写真集「棄景II」を著しております)

それから三年後の、1998年。
写真家・K氏が、廃墟写真集を上梓されました。
それは、少年の日に夢見た、知られざる廃墟を見出し、一箇所を一、二枚の写真で表わし、それを数十点まとめて発表にする、というもので、私の本と事実上、主題やつくりが被っている本でした。(そういった造りの本は、私のものが初めてで、当時類書は、私の著作しかありませんでした)その上で、K氏の作品群には、私の既発表作品と似た印象の写真、同じ場所に立って撮った写真が複数点あり、
解説文も無断で引きうつしたような部分が数か所、見受けられました。

「コンセプトが一緒の本で、写真や文章まで複数似たものを載せる、というK氏のやり方は、プロとしては問題があるのではないか」と、そんな旨のことを当時もう、何人かの方が仰っていました。その時、私のファンの方がお一人、K氏に抗議をしてくれたのだそうです。しかしその後、それに纏わるちょっと信じ難い展開が(詳細をここに書くことは出来ないのですが)あったと伺い、私自身ずっと気になっておりました。

それ以後も、いく人かの方から「K氏の著作・発表作の中に、丸田の既発表作や文に似たものが何点かある。K氏がそれを世に出し、“自分がはじめて、棄てられたものから作品性を見出した”かのように主張するのは、表現者の姿勢として(公正競争の原理からいっても)反するものではないか?」と言ったお話を伺いました。

私は当初、他の表現者の方々への委縮効果等を考え、あまり声高にこの点を口にすることは控え方がよいのではないか、と思っておりました。
が、K氏のそれは、やはりどうしても“偶然似た”などというレベルとは思えず、文章も誤記ごと無断で引き写す、という信じ難い行いをされておりましたし、上記した状況を考慮した末、やはり私自身からも一言申上げておいた方がよいのでは、と思い至り、手紙を認め(氏の廃墟写真集を刊行した版元経由で)出させて頂きました。

以下に、その約十年前当時の、私がK氏にお出しした手紙の全文を掲載させて頂きたいと思います…


(十年前の手紙です)

「はじめまして。私は丸田と申します。貴方と同じプロの写真家です。突然このような文面をお送りするご無礼をお詫び申し上げます。
貴方の一連の作品、拝見させて頂きました。
自分と似通ったものを後から撮られたことはある意味誇りにさえ思っております。きっとそのようなところから、互いの向上もあるでしょうし、作品には被写体のみならず、写真家の歩みや生き様が映るものだと思っておりますので、厳密に同じ作品など、有り得ないと私は考えます。自分の撮った場所を後から撮ってはいけない、などと申すつもりは毛頭ございません。またこんな申し上げ方をすると「表現の自由を侵す気か」と曲解されそうで、そういった点もずいぶんと悩みました。(勿論そのようなことではございません。撮る権利は誰にでもあるものであり、そういった基本的人権を侵す気はございません)ですが、

しかしながら、貴方のご発表された作品を拝見すると、私の既発表作との類似作品の多さ、文章の被っている箇所等からも、プロとして、やや度を越しておられるのではないか、と残念ながら思えてしまう部分がございます。
(“類似作”とは、何人かの作家の写真を一冊に纏める、または一堂に展示する際、「ちょっと似ていて、一緒に並べるとおかしい」と何れかが外され、プロとして実損を被る可能性が高くあるもの…、というのが私の解釈になります)

また、貴方の写真には「ここから先は絶対立入禁止」と言われている危険な場所が、数多あることも少々、気に掛りました。
先人たちの尊い遺産を、後世に長く残すため、
また将来、私たちの後に続く若い写真家たちが出てきた際、彼らが安直に危険な(そして何より、関係者たちの真心を踏みにじってしまう)不法侵入行為に及ぶことがないよう、私たちは廃墟撮影を単に商売と割り切ることなく、社会通念や自らの心のルールを守り、キチンとした姿勢で表現行為に向かわなければならないように思います。
ぜひ、この点をお考え頂けますよう、心よりお願い申上げます。

棋士は他人の戦法を参考に闘った場合、その人と尊敬し合える関係を築きあげ、終世それを崩さないよう努めるものだ、という話を私は幼い頃聞いたことがございます。私は貴方と敬意を払い合える関係をつくれるよう、努力して参りたいと真剣にそう思っております。
ですから、今後、私の文などから引用をされます場合には、むしろ中途半端な改変などせず、かならず出典を明記してください。数行の説明文であっても、私にとっては、何年もかかって苦心のすえ調べたものなのです。貴方は「古地図を持ち夜行列車に飛び乗り、幼心に夢に見た、廃墟を探す旅に出た…」と述べつつご自作を展開されております。そのなかに私からの無断引用があるのは、大変おかしいことだと思います。

煩いことを申上げてしまい、本当に恐縮なのですが、このような点を許容してしまうと、
以降、似通ったテーマで、似通った作品を載せ、文章まで無断引用した写真集をプロの写真家がつくってもいい、という悪しき前例が出来てしまいそうで、
それは多くの写真家にとって(やがては貴方ご自身にとっても)いずれは著しい不利益をもたらしてしまう気が致します。

数年後、今以上にインターネットが普及し、多くの表現に気軽に接することが出来るようになれば、パソコンのコピー機能に頼った“安直なパクリ得的な思考”が急速に広り、
“後追いの模倣で何がわるい” “だれがつくっても作品なんて所詮は似てしまうさ”
そういった牽強付会の横行する、表現世界にとって危機的な状況が、もう直近に迫っているように、私には思えてならないのです。

今私たちがしっかりしなければ、この点に於いても、次の世代に重大な悪影響を及してしまうのではないか、と私は真剣にそう考えております。
年長である貴方に、このようなお手紙をお送りすることは、少ながらず気が引けました。が、これが私の今の偽らざる心境です。
貴方がこういった点を解し、キチンと考慮して下さる尊敬できる写真家と信じ、この拙文をお送りさせていただきます。ご高覧頂けましたこと、心より感謝申し上げます。


×××

…約十年ほど前、私がしたためた手紙は、以上のような内容のものでした。
この時私は、まだ三十前半でしたので、この文は少々青くさい、と思われてしまうかもしれません。今にして思えば、八才も年上のK氏に対し、いささか不躾だったかもしれない、という気も致します。
ですが当時、写真表現の世界に期待を抱いていた一人として、ルールを守って引用したり、敬意を表しながら模倣することと、盗むこととは全然違うのだ、ということを、何とかK氏に伝え示したい、そんな必死な気持ちだったと記憶しております。(K氏はもうこの時点で、年齢的にはベテランの領域に入るプロ写真家でしたし。またK氏の写真には、軍艦島のマネキンを写したものなど、私以外の写真家から盗用した作品もあり、その点もたいへん疑問に思っておりました)

結局K氏から直接的なご返答は頂けませんでした。
しかしこの手紙をK氏にお送りした後、ある信じ難い出来事が起こったのです。それにつきましては今後、また追ってこちらに書かせて頂きたいと思います。


(※後編はこちらです)
http://blogs.yahoo.co.jp/marumaru1964kikei/18066302.html

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