ローカルマニフェスト推進議員連盟の仲間とともに共同代表の阿部相模原市議のお膝元の相模原市を訪問しました。斉藤戸田市議、三葛国分寺市議、川名武蔵野市議、そして二月から私の事務所にインターンで来ている慶応大学の菊池さんと朝8時過ぎに相模原の駅で待ち合わせました。
最初の視察先は、コミュニティFMラジオ局のエフエム相模原です。行政の出資を受けずに独立して経営しているエフエム相模原のスタジオは米軍基地の西門近くの商店街にありました。私たちは運営の苦労話などを聞きつつ、番組に出演しちゃいました。日曜日の9時から1時間の番組を相模原市議会超党派の若手有志で毎週運営していて、パーソナリティを努める阿部市議は慣れた感じでうまく私たちをリードしてくれました。政令市になったばかりの相模原市は観光やスポーツを中心に都市としてのアイデンティティや地域の連帯感を作っていこうという意気込みが感じられます。若手議員のリーダーの一人である阿部市議も議員連盟で会うときとは一味違う雰囲気でした。それぞれの町と相模原との違いや自分の町が抱える課題、共通の話題としての放射能対策、シティセールスの話などをみんなでワイワイ話していたらあっという間に1時間経ってしまいました。インターンの菊池さんも初めてのラジオ出演とのことでしたが、相模原の印象などをなかなか上手に話してました。
次に訪問したのは、町田駅南口にある民間交番です。10年ぐらい前までは「ちょいの間」と言われる小さな飲み屋の奥に布団が敷いてある売春風俗店が82店0軒を連ねていたのがこの「たんぼ」と言われる地域です。新幹線で東京や横浜に出張に来たサラリーマンなどが小田急線や横浜線に乗って、雑誌やネットなどで情報を仕入れて通っていたそうです。強引な客引きや、その筋の人たちが暗躍し、子供や女性などが通れる雰囲気ではなかったそうです。町田駅の南口のこの地域は、神奈川県と東京都の境でもあり、神奈川県警が捜査に来てもちょっと走れば警視庁の管轄に逃げられるという地理的な条件もこの地域に売春街が出来た理由のひとつだそうです。
平成12年に「JR町田駅南口を明るく犯罪のない街にする連絡調整会」が結成されると、神奈川県警・相模原市・地域の町内会の役員などがパトロールを繰り返し、神奈川県警による集中取締りなどを経て、売春店舗の経営者や、暴力団の総長や不動産管理業者などが逮捕され、暴力団の発砲事件などもあり、次第に売春街は寂れてきました。その後、中心地の地主が音を上げて土地を相模原市が買い上げ、そこに民間交番が設置され、警察のOBや地域の町内会の役員が詰めるようになり、売春店舗は次々と撤退し、現在では表向きはほぼ根絶された様子です。しかし、街角の街娼やいかがわしいマッサージ店なども残っており、油断するとすぐに復活しそうになるので気が抜けないそうです。横浜にも京浜急行の日の出町から黄金町にかけての京浜急行のガード下に同じような地域がありましたが、現在は若手の文化芸術の拠点に生まれ変わりました。この「たんぼ」地区の成功事例を黄金町界隈の地域の住民や横浜市や神奈川県警の職員が見学に来たこともあったそうです。
短い時間でしたが、地元の阿部市議が先導して地域の人たちや行政職員との勉強会をアレンジしてくれたので有意義な視察となりました。こういうプチ視察が出来るのもローカルマニフェスト推進地方議員連盟の良さです。ラジオ出演・民間交番と短時間でしたが、有意義な相模原市の視察でした。
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