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小豆島拾遺(十二)

 島四国と言って、小豆島には八十八カ所の霊場がある。千代のお寺もその一つである。ウバメガシがどうしても生えられないほどの岩の上を通って行く。これが遍路道である。老人や子供の遍路も皆ここを通る。えらい道だと言われる。わざわざ遠方からこの道を通るために来る人もある。小豆島はこの行をしてこそ意義がある。
 彼は遍路をあやかってその日第七十二番滝湖寺を訪れた。
 千代は接待のためお遍路さんとの応対にかいがいしく働いていた。
「せっかく先生が来てくれたのに、ごめんなさい。もう少ししたら暇になると思いますから。牧君も栄美さんも来てます」
「それはよかった。僕には気づかいなく」
 なるほど普段仲のよい二人がこたつに入ってトランプをしている。
「先生、これはいいところへ」
 歓迎の挨拶。みな教え子たちだ。
「教室の先生よりベレー帽をかぶった絵描きになりすました先生の方がいいな」
「このベレー帽、似合うかな」
「とっても」
 栄美は手を出して
「私にもかぶらせて」
 友達みたいに親しく寄って来て、先生愛用のベレー帽をかぶってみる。
「どう、似合う」
 と牧君に見せる。
「先生、絵を描くのがよっぽど好きなんですね。こんなにきれいね絵が描けるんだから、絵描きさんになればよかったのに、どうしてならなかったんですか」
「そうだな、やっぱり家が貧しかったからかな」
「そうかな。これくらい描けたら、けっこう売れると思うし、今からでも遅くないのと違う」
「牧君およしなさいよ。私たちの楽しい授業がなくなるじゃありませんか」
「それもそうだよな。それより、僕にも絵頂戴よ。女子にばー上げないで」
 ちょっと照れ笑いしながら彼は言った。
「上げるよ。いつでも上げるよ。男子はどうしてか近寄って来んものな」
「そうかな。先生は女子に甘いからな」
「まあ、そんなに言うなよ」
 彼はほうほうの体である。
「それよりも、千代さん忙しいようだから、あんたたち手伝ってあげたらどうかな」
「それもそうだな」
「いいの」と制したのは栄美の方だ。
「気の効かない友達と思うかもしれないけれど、あんまりどやどやと出てゆかない方がいいのと違うかな」
 間もなく暇になったらしく、千代もこちらに出てきたので、皆ほっとする。
「お父さんもお兄さんも偉いお坊さま、それにお母さんも優しくって」
 千代に向かって言うのではなく、独り言ふうに言う栄美だった。栄美は父母に見捨てられ、祖母に育てられる子だった。自然心優しい慈悲の寺に友を求めてよく来るようになった。そして牧君はボーイフレンド、と言うより兄のように親しみを感じ、ぬめぬめと接しているのだった。
「二人をやましい関係に見たらだめですよ」
 千代は邪推しがちな先生にそう宣言したこともある。
「念を押しとくけど、二人は兄妹みたいな関係なのよ」
 千代は二人の眠っている間に先生に耳打ちする。
「昨夜は徹夜してトランプしてたのよ」
「道理で。根付いていたと思った」
「寝付いて?」
 そこへお母さんがおすしを持って来た。
「接待の残りのおすしなの。召し上がれ」
 残りと言うけれど、きちんと上盛りもついて食欲をそそる島ずしなのだ。
「父はね、四国で二人の高野山議員なの。お説教してもらわれへん」
 千代は頼まれもしないのに、わが敬愛する父上の説法をお願いする。
 当然のことながら頭を丸めて、爽快味漂う父住職の出番ということになる。

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