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2010年3月19日

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小豆島拾遺(十七)

 うがった見方があるものだと、彼は語り手の膝に結んだ手に視線を落としたまま聞き入っていた。
「解脱なんてそう易々できるもんじゃありませんからね」
 彼女に同調するように言った。
「そうなの。川を思い切って跳び越えるような気持ちでないと、だめなんですね」
 それを跳び越えて見せてくれたのが彼女であると言うことができた。
「初めは空々しいと思っていた大師の御名を唱えることも、最も大切な信心なのですね」
「なるほど。僕みたいな口先だけの称名では聞き届けてもらえないと言うわけですか」
「そんなことはないと思います。手を合わせ南無大師・・・と称えるだけでも願いは聞き届けてもらえると思いますよ。おすがりし、救いを求める庶民の心を踏みにじったりはしないはずです」
「僕はとても欲が深い人間なので、あれもかなえてもらおう、これもお願いしようと思う、それはいけないんでしょうね」
 春尼はにんまりした。焦点はそこだというふうに見えた。
「いけないことはないと思います。すべてを大きく温かく受けとめてくれ、どんなに欲深い凡夫にも優しいまなざしを注いでくれると思います。すべてを投げ捨てること、現身の人間には至難なことでしょうし、せめて御名を称え、合掌することで心は安らぐと思います」
「それならいいんですが、やっぱり僕など自我が強すぎて、慈悲にあずかろうとはしないところがあるので、遍路はしても似非遍路でしょうね」
 自嘲的なもの言いだった。春尼は聞き流していたが、はっきりした口調でこう言った。
「三十年も前のことを掘り起こしたって、どうなるものでもないし、若気の過ちとして悔いるほどの悪業を働いたわけではないでしょう。先生の言う美しい誤解じゃありませんか。このことばは今になって初めて実感されることばですのに、あのときすでに先生は先取りして使っていましたね。ちょっとあのことばは早く使い過ぎましたね。先が見え過ぎて、わざと思わせぶりな演技をしていたのと違いますか。いや、いや、これはちょっと口が過ぎましたね」
「いえ、けっこうなんです。そんなにはっきり言われた方が僕には薬になるんです」
 とは言いながらも、ちくりちくり刺される。かつての冴子の積年の恨みが変形して、ことばの端々ににじみ出ているようだった。
「狭苦しい所より境内の樹蔭に行きますか」
 誘われて見晴らしのいい外の真柏の樹下に腰を下ろした。
「ここからは見えにくいですが、あの山の向こうに私一度嫁したことがあるんです。こんなこと自分から言い出すの、初めてです。過去は語らない、問わないのが私どもの掟みたいなものですのにね、でもいいですよね」
 もちろんいいですよと言わんばかりに、彼は大きくうなずいて見せた。
「脳病院で知り合った人と結婚したの。子供も出来たわ・・・」
 そこまで言って、声が詰まってきた。
「語れば長くなるものね。先生とは別の人生歩んだものな。先生のことは何も聞いてないんだけれど、私の人生って、初めから狂っていたのです。狂っている人は狂っていると自分で分かるんです。それだから病気じゃないと言ってくれるんだけど、やっぱり世間の人様からすれば、変だったんですね。それに親戚や取り巻き連中が、私たちを別れさせてしまったんです。光太郎の智恵子は狂っても一筋の愛に包まれて清く生きられたけれど、私はずいぶん淋しかったわ」
「旦那さんには大事にしてもらったでしょう」
「そう。大事にされたわ。愛し合っていたものな。二人とも躁鬱が繰り返す中で、熱の塊みたいなもので結ばれ、すぐ子供が生まれたの。先生、ご存知?狂った者の子供への熱愛  。今は人ごとみたいに思い起こせるんだけれど、当時はもう偏執的に愛撫を続けていたんです。今でもここにわが子がいれば、そうするかもしれないわ」
 筋立てて話すところが少しも狂人とは思えないものの、話す口元とか手の震えなどには、不気味な、後遺症のようなものが見受けられた。
「今のままの方が、やっぱりいいんですかね」
 彼は消極的なことしか言えなくなっていた。
「本当に先生はいい時に来てくれたわ。私のなんとか立ち直った時に  」
 心配顔の彼をかえって慰めているかのように、優しい視線をじっと注いでいた。
 麓の方から鈴の音がして青葉越しにお遍路さんの白装束が見えてきた。島の風景は今日も優しい。

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小豆島拾遺(十六)

「美しい誤解  先生のことばが好きでした。先生がそうであるように、私もまたそれを押し通そうとして生きてきたのかもしれませんね」
「・・・」
「私今でも変なんです。変なのが当たり前になると、変ではなくなるんです。変でしょう」
 薄ら笑みが尼僧の口元に顕れた。かつての若き日冴子が大阪の喫茶店でふと見せたのと変わらないのが不思議だった。彼は笑うに笑えなかった。が、ここは笑いにごまかすことがどれほど大切かを知った彼は、深刻になるはずであった場を一転させて、こうつくろった。
「昔はよくあったかもしれないけれど、今時珍しい尼僧生活ができるなんて、決して変じゃないと思いますよ。変だと言う人が変で、冴子さんは・・・やっぱり変ですかね」
 二人の笑いは嵩じて異様な雰囲気になりそうだった。
「変論議は止めましょう。私はこういう生活に憧れていたんです。十数年前からここに来てます。名は春尼です」
「春尼とやらにもの申す」
「いや、いいですね。先生に一度そう呼ばれたかったんです。そして、いつか来てくれる、私を一生放っておきはしないと思って今までこうして生きて来たんです」
 このことばこそ正真正銘の冴子のことばだと彼は思う。三十余年の隔たりがあっても、彼女の性格は変わっていないし、それを無視する法はない。それは教師の立場と言うより人間としての資質の問題だった。いつまでも執着することが相手の為になるとは限らないことぐらいは分かっている。それをも越えて、限られた人には手抜きをしてはならない。たとえささやかな、目には見えない糸であっても、つながっていることを膚で感じ、伝わるまごころがなければならない。
「向こうの奥の部屋、ご覧になって」
 彼は後ろを振り向き、ちょっと中腰になってのぞきこんだ。欄干に掛けてあるのは、彼の描いた思い出深い絵である。忘れはしない。
「すべて先生の書かれたことばはお返ししたけれど、そしてそれは失礼この上ない返し方だったですが、この絵だけは大切にずっと守ってきたのよ、誰にも見せずに、私の寝室にずっと掛けてあったのよ」
「それだけ聞けば、僕はもう何も言うことはありません」
「・・・」
「僕をもうこれ以上責めないでくださいね」
「責めているんじゃありません。感謝しているんですから、威張ってください」
「威張るなんて、冗談じゃない。ほんとに今日僕は変になりそうなのです」
「また、変が始まりましたね。変はタブーにしましょう、ね先生」
「僕は君の先生でもなんでもないんだ」
「まあ、そんなこと」
「そうなんだ、尼僧春尼の弟子入りをしたいんだ。頭は丸めなくてももうこんなに禿げているからいいだろう」
「先生、早まってはいけません。先生は最後まで先生を押し通してください。俄出家なんておかしいじゃありませんか」
 そこへまた遍路の一団が来たようで、鈴の音が高まってきた。格子戸から白衣がちらちらと見えるので、春尼は立ち上がり、接待に出た。
「たった一杯のお茶ですが、十数年来ずっと欠かさず出しているんですよ」
 もうその部屋に彼女はいなかった。なじみの人らしく、またご厄介になって、とか話しているようだった。
 すぐもどってきた春尼は自ら語り出した。
「ここでの功徳はいろいろありますが、いろんな身の上の人がいるものですね、それを聞けるだけでも、人生何倍も生きたような気がします。自分のことを忘れて聞いてあげる、それがいいんですね。それが私のお勤めです。お説教はしません。お説教なんてできるわけがないじゃありませんか。私はまだまだ修行の足りない尼にすぎませんから」
 聞いていた彼はしだいに自分の体が崩れ、溶けていくような気がしてならなかった。四十過ぎのまだ女盛りとも言える身の上で、よくもこれだけの現代離れした悟りが開けるものだと感心するばかりだった。
「三十の頃得度されたのですか」
「そう。この上の滝の宮の住職さまに授戒されまして、その後島四国の霊場の一つとしてこの庵を守って来ました」
「何も知らず、どう言ったらいいのだろう、今日ここに来るまで、あなたはどうしているだろうか時々思い出してはいたのですが、まさかこういう生活をしているとは想像もしていませんでした」
「そうでしょうね。でも、黙っていてもいつかは訪ねてくれる、あの先生は絵心・詩心の仏心に通ずると観じている人だと思い詰めていましたから」
 しっとりと落ち着いた表情は女菩薩にも見えた。
「結婚もせず、ずっと独りでいたのですね」
 彼が単刀直入に問いただせたのも、あまりにも眼前の尼僧が神々しく、どんなことを言っても受け流してくれると信じたからである。
「それはね、いいじゃありませんか。・・・でも恨んではいないわよ」
 恨んではいない  この一言を聞きたくて彼はここまで来たのかもしれなかった。一番恨まれるなら冴子だ、もし怨霊に取り憑かれて悶死するならそれは彼女に因るものだと、いらぬ妄想をしてきたのだったが、
「その一言を聞いて安心しました」
「そうですか。でも、ここに至るにはずいぶん私悩んだんですよ。それは先生、分かってくださいますね。私とて人並みに嫉み深い女でした。また人一倍純情だったつもりです。それが裏切られたのですからね・・・」
「・・・」
 彼はかすかに呻き声さえ漏らすのだった。やっぱり本音のところを語ってくれたことがうれしいのだった。と言うより、彼女に精いっぱい虐待されなければ気がすまない気がしてくるのだった。
「悟り澄ました春尼さまより、煩悩を持った冴子さんの方が僕には必要なのかもしれません。もっともっと昔に返って恨みつらみを言ってください」
「・・・そうですね。そこまではとてもできませんが、人生恨みから成り立っているんじゃありませんか。恐ろしいことですが、突きつめれば、人それぞれ怨念に生きているんじゃないかとさえ思います。許せない、許せないと思う。そしてなんらかの方法でその鬱憤を晴らしているんですね。その晴らし方が上手な人と下手な人があるだけではないでしょうか」

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小豆島拾遺(十五)

 彼は依然として決断できずに、煙草を吹かせていた。
「三十年前のこぼれ美島がそのままありますね」
「そう。これが私たちの宝なのよ。島に来てくれる人はこんな自然があるから、喜んでくれるの。私たちもそれでほっとするの」
「なかなか今時の子は、こういう自然には目が向かないで、都会ばかりに憧れますからね」
「その通りなの。それを今、小豆島は食い止めようとしているの。皆で力を合わせて島を守ろうとしているの。それにはどうしても人が必要なの。若者が島から出ないようにしているの。それがだめなら、島へ呼び寄せようとしているの。無理かもしれない。島の若者さえ島から出ようとしているのに、島外の人がなんで来てくれるかって」
「そうですよね、その通り。でもね、私は協力しますよ。こんないい所があるってことを若い子に知らせてやりたいと思うな。何人か島見物がてら連れて来てもいいな」
「先生、ありがとう。そうしてください。それを私たちは期待してたんです」
「ま、どうなるか分かりませんが、努力しましょう」
 彼は煙草をもみ消すと立ち上がった。
「それではお願いしましょうか。私は冴子さんの家を知らないんです」
「そうですよね。私の車でご案内しましょう」
 ミドリも立ち上がり、車庫に向かった。
「その前にお父さんのお墓参りを」
「そうしてくださいますか。すぐそこの丘の上です」
「数年前亡くなったことは新聞で知っていましたが、失礼しておりました。せめて今日お線香でも上げさせてください」
「信州で亡くなったので本当のお墓は信州の山の中にあるのですが、ここにも取り墓を建てました」
 俳人らしく、傍らに遺句「行く雲の急がずなりて春来る」の一句が刻まれていた。
「ミドリさんはその後俳句やってますか」
「いえ、仕事の方が忙しくて、とても。いい句はできませんが、まあまあぼちぼちというところでしょうか」
「そうでしょうね。小さい時みたいにどんどんとはね」
 ミドリは小学生の時句集を出していた。それをまねしたというわけではないが、彼はわが息子にも句集を作ってやっていた。どちらも親の思い入れが深いゆえにせかしたところがあった。あまりにも幼くして句集など出すとは、もってのほかであるとの非難も聞かれた。そうして大成した人は聞かない、と言う。なるほど全国でそんな例は一つも聞かない。しかし、いいのだと親は思う。幼少期の詩心が巧まず表されているならば、それだけで価値があるのではないか、と。たとえそこまで評価されなくてもいい、評価されなくても、あまりにも散文的な世の中の子供の記録よりましだろう。
 遠くで時鳥の鳴き声がした。
「めったに鳴かないホトトギスの声が聞けるとは、今日はついていますね」
 ミドリは車の窓から青葉の島山を見やりながら、しごくご機嫌なふうに、サングラスを乗せた頬を緩めていた。
 どこへ?言うまでもなく冴子の家へ。それは彼にとって思いもしなかった事件であった。現実に冴子に会おうなどという決心などつくはずのない彼を車はいやおうなく送り届けているのだった。
 ミドリには確かに用事があって自然に会うことができた。しかし、平然とした気持ちで冴子に会うことはとてもできないことだった。
「もういいから、引き返してくれ」とは言えないし、彼の心は車が島の坂道をくねるように、どよめきは増し、動悸は高鳴ってくるのだった。
「冴子さん、今何をしているんですか」
「会えば分かりますわよ」
 オリーブの樹が路傍に植えられ、やわらかな枝の揺れもしなやかに島に旅する者の心を和ませてくれる。こぼれ咲き、こぼれ散る白い花の季節の中を沈黙の二人を乗せて、車は一路島のふところ深く分け入るのだった。
 肥土山の集落を通り抜け、なだらかな坂を幾重にも登る。亭々とそびえる真柏が見えてきた。
「あの樹の下ですから。私はここで失礼します」
「え、いっしょに行ってくれるんじゃありませんか」
「三十年目にお会いになるんですから、お一人でこっつらと・・・」
 そのことばには思いがこもっていた。前ぶれなしに訪れることは勇気のいることだったが、やっと決心がついた。
「必ずいると思いますから」
 ミドリは最後の挨拶をして車を返した。初陣のように颯々と青嵐が吹き、いよいよ冴子と再会する彼の心は研ぎ澄まされるのだった。
 こんもりと樹木に囲まれ、一軒の瀟洒な家であるということは分かって歩を歩ませてきたものの、門前に来て彼はアッと驚いた。
「第七十四番恵心庵」とあるではないか。
 彼はもうそこで動けなくなった。遍路の鈴が鳴って彼を通り越さなかったならば、いつまでもそこにつっ立っていたかもしれない。
 額の汗をぬぐった。木漏れ日の射す石段を一段一段登って行った。一足先に行った遍路がご詠歌を上げていた。そして、右手奥の庫裡に尼僧の後ろ姿が見えた。住職の妻ではなく、独りの尼さんであることが直観で分かった。彼は平然を装わねばならない一遍路である。遍路姿でないにしても、信仰心のある参拝者であることが必要とされた。
 彼は庵前で手を合わせたまましばらくいた。ご詠歌も般若心経も知らない彼は手を合わせ「南無大師遍照金剛」を何度となく繰り返すのだった。その切りもなくて帰りかけると、縁台にお茶を出して来たのは、見かけた尼僧その人だった。
「ゆっくりなさって行ってくださいませ」
 彼の顔を見るともなく見て、すぐ引きこもりかけた。が、彼の挙動のただならぬことを目敏に見て取ったのか、立ち止まって、振り返りざまこう言った。
「こちらは初めてでございますか」
 こうなっては早く打ち明けるに限ると思い
「冴子さんではありませんか。私、樋本ですが」
 尼僧は雷に打たれたようにそこに蹲るのだった。その格好はかつて彼が大阪の会社寮に慰問に訪ねた時の身のこなしと寸分違わなかった。回教徒のひれ伏す様に似ていた。
 気を取り戻した冴子は彼を庵室へ招き入れた。ことばを失ったかのように、押し黙っていた。
 小窓から入る初夏の風は、丸めた冴子のやわらかな頭を吹き過ぎていた。質素な独り住まいには、テレビも冷蔵庫も見当たらなかった。やっと生活のできる物だけは備わっているようだったが、それらがきちんと整頓され置かれているのは驚くばかりだった。
 二つの座布団に向かい合って座り、ひどく気詰まりなのに、目がちゃんとものを言っているのが不思議だった。

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小豆島拾遺(十四)

 グラビアの第一ページは「平和の群像」でオリーブに囲まれて「二十四の瞳」の銅像であった。
 次のページにこんな詩句が真青な空に白抜きで書かれていた。
風になる 波になる
人のために何かできるような人になりたい
じぶんのしあわせでなく
みんな一緒に喜べる人になりたい
・・・・・・
あなたも新しい風となり
新しい波となってほしい
明るい未来のために
 島を離れてゆこうとする高校生を島に留める意がこの詩にはこもっている。彼が勤めていた時よりもいっそう島を見捨てる若者が増えているようだった。三町一体となって島の産業を活性化し、地元企業を発展させようとする対策協議会の願いがこもっている。
 ついで、島内四十七の主な事業所が写真入りで紹介されていた。三十年前とは見違えるほど近代化された設備を誇っていた。
 その中に懐かしい名前を発見した。株式会社タムラというものの洋裁学校でもある。その社長名が田村ミドリとなっている。親の設立した会社を何かの事情で(おそらく死亡して)後継者となっていると想像される。一人娘の彼女は先では二代目の社長になることは予想された。その通りになっているのだった。
 ただ女工として働かせるだけでは心が貧しくなるということで、生徒たち全員に俳句をさせた。夫婦で俳人だったのである。
 三月三日の針供養句会に招かれて行ったことがある。その当時三十人ほどの生徒たちがういういしい着物姿で長机にずらっと並んで、一心に句をひねり出していた。一人ずつ前に出て行って折れ針などを祭壇に捧げる仕事を初めて見ていいなあと思ったものである。
男の子我針娘の裾の気になりて
 さすがにこれは恥ずかしくて出せなかったが、
句師令嬢縫娘の中にうつむきて
絵心を抑えて連なる針供養
絵成らずに紛れ込みたる針供養
 三句投句したが、一句も抜けなかった。それ以来句会には出ぬことにしたが、その時のミドリのしおらしい、うつむき加減の姿態だけは不思議に忘れられない。
 そのミドリはもう四十は過ぎているのだろう。女社長兼女校長として取りしきっている。
 彼は就職のための会社訪問ということで何十年ぶりかで島に渡ることになった。
 久しぶりに訪れた島の変貌ぶりは筆舌に尽くし難いものがあった。港から本町まではぎっしりと家が立ち並び、商店街を形成していた。
「これがあの小豆島か」
 彼はこの島の都会化を喜ぶわけはなかった。
「見違えるように、ずいぶん変わりましたね」
 彼の島へ来ての挨拶はそれだけだった。多くを言う気にはなれなかった。
「ミドリさんもずいぶんお年を召して」
 こんな台詞もどんなに口が裂けても言えることではなかった。
「まだ先生にもらった絵、掛けてありますよ、あれがそう」
「ふーん、こんなに色褪せましたか」
「そうですか、ずっと見てましたから、そんな気はしませんけれど」
「それならよかったんですが」
「それにね、どうしても先生に会ってほしい人がいるの。もちろん、先生の教え子の一人よ」
「ん、誰だろう」
「冴子さんよ。覚えていらっしゃる」
「それはまあ・・・」
 あいまいな返事をしたものの、急にある思い出がよぎって、顔色が変わっていた。恨み言の一つも言われて当然だと思うほど負い目があるのだった。
「なぜミドリさんそんな案内をされねばならないのでしょうか」
 彼は開き直りか、そんなもの言いをしてしまった。
「いえ、これは私的なことで、どうでもいいんです。それより先生、私の会社に来てくれる生徒さんいませんか。ファッション界では全国有数の技術者を育てる教育機関として、ずっと発展してきています。島のお子さんが案外留まってくれないので、中四国一円にお願いしているのですよ。先生のお隣の学校からもお一人来てくれているし、ぜひ生徒さんにお奨め願いたいと思います」
「はい、よく分かりました」
 表向きの話はそれだけになった。
「さあ、それでは冴子さん、どうします、先生」

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小豆島拾遺(十三)

「一日一日が遍路の旅です。この貴重ないっときいっときを常に精進しなければなりません。日常生活が遊び半分の気持ちでは過ごせないと同様に、遍路の旅も観光旅行ではない。大師が示された戒律を守ることがまず大切です。社会のルールを無視しては生活できないように、遍路も戒律を犯し朝から酒を飲み、あたかもレクリエーションのごとき巡拝では、何十回めぐっても無意味でしょう。特に遍路となった以上きびしく自己を制し、大師の導きに従うことです。・・・そう、皆さん高校生もまだお若い先生も、青春を楽しむとともに、自らに戒律を課して、日々精進なさいますよう」
 少し固い話だと思うものの、さすがは仏の道に仕える人のことばだと、皆ありがたく承るのだった。
「精進ね、怠け者の僕にはよくこたえたね。しかし、今一番大事なことはそのことかもしれんな。あれこれ悩んでも、結局何もしていない僕たちには何も与えられんのだから」
「牧君、今日はえらい神妙ね」
 栄美は先生にも気を使いながら、付け足す。
「牧君ね、自堕落みたいなけど、けっこう自分に厳しいんですよ」
「私には優しいと言うんでしょう」
「先生、それは言い過ぎでしょう。でも、そうかもしれない。それがうれしくって、今日もこうしているのかもしれない。島の男の子って皆こうあってほしいとは思わないけれど、銭勘定なしに人のために尽くせるようであってもらいたいな。案外せせっこましい男の子が多いので・・・」
「そうかね。まだ先生はこの島に来て年月もそう経たないけれど、野放図なところがいいじゃない。筒抜けに楽天的で・・・」
「そうなんです。先生はよく見とります。僕たちは何にもこだわっていません。もちろん勉強にも・・・」
「もっとこだわってほしいけれど、ね」
「言われますね、先生」
「いやもう、止めておこう、勉強のことは。いつも先生風を吹かしていてはいけないな。もともと僕は先生タイプじゃないものな。楽しく絵を描いておればいいものな。その絵も厳しく精進して、名品を作り上げようとする野心もあったものじゃないし、売って生活の足しにするんじゃないし、人に上げて自己満足している、そんなおめでたい人間だものな」
「先生、そう自分をいじめんでええのと違う。先生はずいぶん皆に絵を上げて、喜ばせている。と言うよりありきたりの先生生徒の域を脱して心と心がつながって、すごーくいい雰囲気作ってると思う。それに誰かれの区別せず絵を上げてると思う。もらえない人はいらついているけど、きっといつかはもらえると思ってる。ね、先生、皆に万遍なく上げられる」
「そのこと、一番悩んでる。しかし、ほしいと言わない限り上げない。ほしい人には上げる」
「先生は慈善事業をしているのかもしれない」
 さっきから黙っていた寺娘千代は一大発見をしたかのごとく、目を輝かせて言う。
「僕のはね、遊びですよ」
 樋本先生は呵々大笑する。
 小豆島は大きな島と小さな島からなる。その間に海峡がある。あたかも川のようだが、この水は塩からい海水だ。その中ほどに永代橋という橋が一つ架けられている。高校もそのたもとにある。島の東に位置する高校の方が進学校として実績を挙げており、こちらの方はもともと商業高校であったこともあり、のんびりしている。生徒の気質もおおらかで、こせつかない。悪く言えば生まれたまま、よく言えば天真爛漫。人を蹴落としてものし上がる意欲はない。
 島に渡ってくる新任教師に対して、人なつっこく寄りついてくるのも、この高校の校風のようなものである。いつも若い独身先生が十人を越える。樋本先生もその一人にすぎない。それぞれの島生活に悲喜こもごもの体験をし、そして多くの先生がこの島を去って行く。
 この物語もただそのような一人の先生の島体験の一部を点描しているにすぎない。
 たとえどのように描こうとしても、師弟の織りなしたシンフォニーの全貌を再現することはできないであろう。すべては過ぎ去り幻に消えたかのごとくでありながら、それぞれの胸奥には思い出の風景が焼きついて忘じ難いであろう。ここに点描されたものも、その回想風景を縦糸にしながらも、かくあらましかばという幻想風景を横糸にして、青春の風景を紡いだものである。
 樋本先生もそろそろ教員生活に別れを告げる着陸態勢に入っている。それでいて、決して若さを失わない万年青年を自称している。
   島に輝く無数の星よ、一つ一つの星を大切にしてきたはずなのに、その一つにだってすがることなく、遠くに眺めているばかり。
 一枚の絵は四時間精神集中して描いたものだった。その数六百枚。数百人のかつての教え子たちを中心に散らばっている。その絵は三十数年後の今どうなっているか。知りたい、たずねたいと思う。
 夢想に耽っている彼に一冊の冊子が届いた。「小豆島企業ガイドブック」である。県外から送られてくる多くの求人書類の中に交じっていたものである。彼は学校で就職を担当しているのだから、仕事の上で自然に目にするものである。表紙には斜体で「羽ばたけ青春!明日に向かって」と夕陽を受けた海のカラー写真に重ねて印刷されている。海水着の若い男女が海の中で今にも接吻しようとするシルエットが中央に写されている。彼は年甲斐もなく、その姿に魅入られてしまった。いつまでも机の上に置いて眺めている。生徒が来るのを一番恐れている。同僚ならば笑ってすませるが、子供以上に歳の隔たりのある生徒に対しては顔向けできない。それならば見えない抽出しの奥にしまっておけばいいようなものの、その風景が、その男女の姿態がすばらしいだけに、しまってはおけないのである。

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