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木下恵介 「野菊の如き君なりき」

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この作品を初めて見たのが高校生の時、NHKで放送された日本映画名作劇場でした。それ以来劇場でも何度か再見し、ビデオでも鑑賞していますが、そのたびに感動を与えてくれる作品です。この作品は何か日本人のこころに直接訴えてくるものを持っているようです。以来秋になると今だにこの作品のメロディーが不思議と私の脳裏に浮かんで来ます。

原作は歌人伊藤左千夫の「野菊の墓」、しかし木下はこの原作を見事に脚色して、一人の老翁の回想形式として映像に再創造しました!この映画的なセンスの良さ!!加えるに木下忠司のギターとマンドリンをフューチャーした素朴なテーマ音楽と楠田浩之の奥行きのあるカメラの素晴らしさ。公開当時、この作品は原作を凌駕していると評価されましたが、それも宜なるかな!叙情派ナンバーワンとされる木下の面目躍如とした作品です。

映画が始まると、木下忠司のマンドリンとギターを使った美しく、もの哀しいメロディーが流れてきます。続く松竹のトレードマーク(雲海に浮かぶ富士山)と「野菊の如き君なりき」のクレジットタイトル。この作品の格調の高さを予測させます。


待つ人も 行きたる人も かぎりなき 思い偲ばむ 此の秋風に

秋が来ると、私はどうも思い出します。何分にも忘れることができません。もう六十年も過ぎ去った昔のことですから、細かいことは多くは覚えておりませんが、こころ持ちだけは今もなお昨日のことのように・・・。笑わないで下さい。年寄りには昔の夢しか残っていませんもの。

世にありて 一度逢ひし 君と云えど 我が胸の音に 君は消えず

川を渡る年老いた小舟の客、斎藤政夫(笠置衆)は船頭に、去っていった昔の想い出を語る。政夫(田中晋二)はこの渡し場に近い村の旧家の次男として育てられた。十五歳の秋のこと、病弱な母(杉村春子)の手伝いとして姪の民子(有田紀子)がやって来る。二人は何時の間にか幼い恋心を抱くようになる。ある日母の云い付けで山の畑に綿を採りに行った二人は互いのこころを感じ合うが、これが二人の別れの始まりになっていく・・・。

このオープニングの格調の高さ!まさにこれは映像文学。ゆく川の流れは世の「無常」を見事に表しています。
木下の演出の妙は円熟の極みです。そしてこの日本の情緒を完璧なまでに捉えた映像美!!ここには日本の四季と詩情が見事に描かれています。また綿を採りに行った政夫が『僕は野菊が大好きだ。民さんは野菊のような人だ』と云えば、民子が『わたしりんどうが好き。政夫さんはりんどうのような人だ』と答える微笑ましさ。この自然な言葉を交わしながら二人は互いの恋心を確かめ合っていきます。

しかし二人の恋心を知った母は政夫を予定より早く中学へ入れ、民子を家に帰すことにします。そして彼女はこころならずも慕わない男の許に嫁ぐことになってしまいます。民子が嫁ぐ日の月夜の嫁入り行列の美しさ!名カメラマン楠田浩之の見事な手腕が光ります。民子は意を決したように顔を空に向けますが、「嫁はうつむいていきなさい」と諭されうつむいて嫁いで行きます。この科白は後の民子の悲運を暗示して余りあります。
また政夫が舟に乗って中学へ行く雨の中の叙情的な名シーン!!朝靄にむせぶ小雨の中を、政夫の乗った小舟が少しずつ岸を離れていきます。このパースペクティブを捉えたキャメラの美しさ!木下忠司の音楽が情感を高めていきます。

嫁入りはしても民子は政夫のことを想い続け、子供を流産してしまいます。彼女は次第に嫁ぎ先からも疎まれてしまいついには実家に帰されて、寝たきりの生活を送ることになります。彼女は既に生きる希望を失っていました・・・。民子の病が重くなってからの病床シーンは本当に観る者の涙を誘います。


母  民やん、民やん私だよ。決して気を弱く持っちゃいかん。どうしてももう一度良くなっておくれ。
民子 叔母さんいろいろありがとうございました。私はもうい長いことないんですもの。
母  何を言うんだ、しっかりとしておくれ。民やん、民やん!


民子はとうとう最期まで政夫の名前を口にしませんでした。しかし冷たくなってしまった彼女の手の中にしっかりと握られていたものは「りんどうの花」でした。
映画は民子の墓参りをする現在の政夫の姿を、遠方からカメラが捉えてラスト・シーンを迎えます。

秋更けて 野も寂びゆけば や墓辺に 鳴くかこおろぎ 訪う人もなく


私は初めてこの作品を観終えた時に、目頭が熱くなって来たのを覚えています。映画が終わって、完全に木下の作り出した映像の世界に酔っていた自分に気付きました。
陋習によって、潰されてゆく幼い純なこころと命。この作品は思春期の少年、少女の淡い恋を描いた名作です。田中晋二、有田紀子の二人の演技は上手いというよりも、むしろ思春期の感情をそのまま出していた点が成功していました。此れも木下の演出術!またこの作品のいたる所に描かれる日本の風情ー祭り、瞽女(ごぜ)、嫁入り行列の美しさは素晴らしいものがあります。日本人が忘れかけているもの、それがこの作品の中には息づいています。それからこの作品の回想シーンでは楕円のフレームが画像にかかっていますが、此れも回想の雰囲気を醸し出していました。

この作品は数ある木下恵介の作品の中でも、最も日本人の情緒を描いた作品ではないでしょうか。
主役二人をしっかりと支える笠置衆、杉村春子、田村高広、浦辺粂子らの演技も見事なものでした。



「野菊の如き君なりき」

製作=松竹(大船撮影所) 
1955.11.29 
10巻 2,527m 白黒

製作 ................  久保光三
監督 ................  木下恵介
脚本 ................  木下恵介
原作 ................  伊藤左千夫
撮影 ................  楠田浩之
音楽 ................  木下忠司
美術 ................  伊藤憙朔
録音 ................  大野久男
照明 ................  豊島良三
出演 ................  田中晋二 有田紀子 杉村春子 田村高広 笠智衆 松本克平

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このスタッフの作品が基本なんでしょうね。
松田聖子のもありましたが・・・

2007/8/30(木) 午後 10:07 pis*43*1

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やはりこちらが本家だと思います!
作品の格調の高さは格別のものがありましたよ!!
コメントありがとうございます。

2007/8/30(木) 午後 10:20 [ maskball2002 ]

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こちらもなんて素敵な題名でしょう!作品の内容はもちろんですが美しい日本語の表現が叙情性を醸し出していますね。

2007/8/30(木) 午後 11:08 ギドラキュラ

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キングギドラさん、いつもコメントをありがとうございます!
確かに素晴らしい題名ですね!!
最近はすっかりこんな日本語を使う題名がなくなってしましましたね!!”

2007/8/30(木) 午後 11:17 [ maskball2002 ]

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maskball2002さん、こんばんは。
この作品も大変美しい映像でした。
昔読んだ淀川長治の本に、シネマスコープ大画面の「エデンの東」を観た木下恵介があんな作品を撮ってみたいと感動し、その後撮影したのが、逆に画面の周辺をぼかして丸くしたこの作品だったという事が書かれていました。
他にも田中絹代版など何作かありますが、この作品と松田聖子版以外は私は未見です。

2007/8/31(金) 午前 0:34 bigfly

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コメントありがとういございます。
本当に美しい作品でしたね。私も今だに好きな作品です。
リメイクされた松田聖子の作品もみましたよ!
また気軽に訪問してきて下さいね。

2007/8/31(金) 午前 8:21 [ maskball2002 ]

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「矢切」の渡し舟、いまも健在。親子で艪を漕いでいますね。ちあきなおみの歌、寅さん、野菊と、「恋」にまつわる名所が多いところです。

2007/8/31(金) 午前 9:34 瀧野川日録

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僕もこの映画を二度見ました涙なくしては観れませんでした、野菊野の花も何度も読みました若いときの感情と今、64歳の僕がmaskballさんの記事を読んでの感情が変わる事が無いのが不思議で、嬉しいです。

2007/8/31(金) 午後 1:30 風に身を任せわんだー陽夏のフォト

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<trickstar2003jpさん>
「矢切の渡し」も船村徹のいい曲ですね〜!
時々口ずさんでいますよ!!コメントありがとうございました!!

2007/8/31(金) 午後 10:55 [ maskball2002 ]

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<higeさん>
いつもコメントありがとうございます。
この作品を観ると確かに泣けてきますね!原作も読みましたが、映画も原作も、日本人のこころの琴線に触れるようなものを持った作品でした!!

2007/8/31(金) 午後 11:00 [ maskball2002 ]

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maskballさん、小学生のときに見ました。もう大泣きでした。最後に仏壇の前で泣くシーンは、一緒になって声を上げて泣きました。好きな人と一緒になるのが人生だと思いました。しかし最近、見ましたが、あんまり感じませんでしたね。嫌いな人といるからでしょうか?(笑)

2007/9/1(土) 午前 0:48 jirou

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まるちゃんコメントありがとうございます!
でもそれって大変な告白ではないですか???(笑)
でも映画はやはり観る時や年代によって様々に感じていくものでしょうから、また十年ほどして再見してみると違った感じを受けるかもしれませんね!!

2007/9/1(土) 午後 0:10 [ maskball2002 ]

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読ませて頂いて涙があふれてきました。
秋だからでしょうか。感傷的になる季節ですね!

2007/9/1(土) 午後 8:29 [ kyoko ]

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今晩はkyokoさん。
いつもコメントをありがとうございます。
この映画は本当に、こころに染みてくるような作品でしたね!
秋は感傷の季節でもあるし、それだけ芸術に親しみやすい季節でもありますね!!
私もまた映画をみていこうと思っていますよ!

2007/9/1(土) 午後 9:21 [ maskball2002 ]

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ぼくが初めて写真パネルを作ったのが、有田紀子さんの写真でした(笑)

実に素朴で純情で、美しい時代がありました。
ぼくにも、少なからず、同じような経験があり、
小説のなかだけのことではなかったです(笑)

こんなこともあってでしょうか!?
舟木一夫の♪♪あゝあゝあ〜あ りんどうの薄紫の花咲けど♪♪って、
いつまでもこころのなかで歌っているのは・・・!?

野菊や竜胆を見ると、
このときのいろいろなシーンが蘇ってきます。

杉村春子が印象的でした。

2007/10/15(月) 午後 5:23 hagetaka

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余計なことかと存じますが、
下記青空文庫のアドレスを貼っておきます。

伊藤左千夫 野菊の墓
http://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html

2007/10/15(月) 午後 5:27 hagetaka

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映画はやはり見た当時の思い出と一緒に蘇って来るものですね!!
有田紀子さんも良い演技をしていましたね!!
コメントありがとうございます。

2007/10/15(月) 午後 9:27 [ maskball2002 ]

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深夜にお邪魔いたします

野菊の墓について投稿したところこの記事にたどりつきました

あまりにも丁寧に映画の解説をされていて初めての訪問でいきなりなお願いですがTB貼らせてください。よろしくお願いします^^

2009/9/6(日) 午前 3:40 杏樹

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杏樹さん、はじめまして。
また今回は2年も前の記事にコメントを頂き、ありがとうございます。
これからも宜しくお願いしますね!

2009/9/6(日) 午前 10:07 [ maskball2002 ]

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すばらしいレヴュウです。
10数年も昔に思い立って、矢切の渡しや「斎藤家」あたりを散策したことがあります。
映画では舞台を、信濃川あたりにロケしていますが、昭和30年初期の美しい日本の風景がモノクロなのに、いやだからこそかえって目にしみるようです。英国の「林檎の木」を脚色した「サマー・ストーリー」という映画がありましたが、どうも何げに共通したところがあるような気がします。錯覚か…。
ところでラストの詩「や墓辺に」は年寄りの私には「み墓辺に」と聞こえていましたが、「や」が正しかったのでしたか? 削除

2012/6/30(土) 午後 2:23 [ mitamon ]

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mitamonさん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。

この作品は今になっても時折見たくなってくる名作です。
ラストの歌はDVDを鑑賞しながら書いたものですので、おそらくはこちらの表現で正しいかと思われます。

また気軽に訪問してきてくださいね。

2012/7/7(土) 午後 4:17 [ maskball2002 ]

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