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ですから、私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、
成熟を目ざして進もうではありませんか。
5月27日分です。
私たちの社会では教会の中外を問わず、いつも成長することが求められています。
一般的にいう成長とは、自分のスキルを上げ今までは出来なかったことが出来る
ようになることを指すことが多いです。
しかし聖書の求める成長は、一般的なものとは違うような気がします。
成長すればするほど自分の弱さに気づきます。
成長すればするほど無力さを思い知らされます。
成長すればするほど自分の愛の無さに失望し、
成長すればするほど罪深さに悩んでしまいます。
みことばに触れながら成長する過程では、どうしても痛みが伴います。苦しい思いをする
ことも多いと思います。
しかしそんな辛い経験を通して、私たちは「どれだけ主が自分を愛して下さっているか」
という大切なことを学ばせて頂けるのだと思います。
自信を失い砕かれる中で、私たちは主の愛の深さを実感し、その恵みを体全体で受け
とめさせていただくのです。
そして初めて私たちは他の人にその愛を与えることが出来るようになるのです。
こうやって、私たちの信仰はゆっくりと少しずつ成熟させていただけるのだと思います。
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