極真カラテのポジショニングとは
もう一ヶ月ほど前になるだろうか、野呂は極真カラテのポジショニングの話をした。ポジショニングとはマーケティング上の位置づけであり、企業の製品・サービスの特性を示す。よいポジショニングは二つある。それは、他社が狙わないニッチのポジショニング、もうひとつは、他社が狙おうとしても、真似できないポジショニングである。極真カラテの強さ、というポジショニングは、「地上最強」であるから、その牙城はゆるがない。極真カラテのポジショニングは磐石であった。しかし、その強さ、というポジショニングに、今はK-1がいる、プライドがいる、シューティングがいる。
フィロソフィーが邪魔をする極真の転換
そこで、フィロソフィーの話だ。ポジショニングとフィロソフィーは、不即不離、一体の関係にあるのだ。マーケティングのセオリーでいけば、売れなくなれば、ポジショニングを変えてみるということが行われる。例えば、少子化でチョコレートが売れなくなってくれば、ギャバ成分を多くして、ストレスに苦しむ大人向けにするなどは普通に行われる。この場合、子供向けが大人向け、テイストは「甘い」から、「苦い」へポジショニングが変わった。これをリ・ポジショニング(ポジショニングの転換)という。しかし、極真カラテのように、まずフィロソフィーありき、という組織の場合、これができないのだ。
MBA理論が通用しない極真という組織
アメリカの経営学の教科書の多くは、とりわけMBAのテキストは、組織とは変化に対応することである、と教える。そして、企業理念、哲学フィロソフィーさえも、変えてよいとするのが一般的である。実際に多くの企業が、経営者交代などの折にフィロソフィーを変えている。しかし、武道や存在の社会的意義が前提である公益団体の場合は哲学と組織行動とを切り離すことは、できない。なぜならば、理念を実行・具現することが組織の存在理由であり、目的だからだ。
強さという”強い“呪縛
極真カラテの場合は、強くなければ正義を実行できない、わけだし、日本空手協会のような公益団体の場合は、組織行動が社会に対しプラスの貢献をすることが前提になる。リ・ポジショニングができない、つまり強さの追求をやめることができない極真カラテ。格闘技の群雄割拠の時代に、どうやって再び王者に返り咲こうというのか。極真カラテを待ち受けているのは、これまでにも増していばらの道であろう。読者とともに、極真カラテの復活を待ちわびるとしよう。
ブログ休載のおわび
6月いっぱいまで、このブログを休載させていただくことにしました。理由は、新潟経営大の入試広報委員長を命じられ、6月末までに大学案内(パンフレット)を完成させるという、無理難題な至上命令が下ったからであります。そんなことで、読者の皆様、ご容赦くださいませ。
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