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日本人の声はなぜ細い?(声門閉鎖)

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ミレッラ・フレーニは世界的ソプラノ歌手として誰もが認めるところでしょう。1935年イタリアのモデナに生まれ、ルチアーノ・パヴァロッテティと同じ乳母で育ったという話は有名です。1963年カラヤン指揮のオペラ「ボエーム」のミミでスカラ座デヴューを果たし、40ほどあるオペラのレパートリーの中でも代表的な十八番としてオペラフアンの絶賛を浴びてきました。
プッチーニのオペラ「ボエーム」のミミはソプラノ・リリコの代表的な役の一つと云われています。「ボエーム」は私も何度か舞台をつとめましたが、日本で上演する「ボエーム」のミミはソプラノの声種としてリリコとは云えどもフレーニのそれとは随分印象が異なるのを感じてしまいます。いやフレーニに限らず、欧米の歌手と日本の歌手とはどうしてこのように声種の印象が違う印象を与えるのでしょう。
リリコとは叙情的なという意味で、とりわけ大きな声でも強い声でもない普通のソプラノと考えればよいのでしょうが、欧米の歌手にくらべ、どうしても日本の歌手の概念はキャシャでホッソリとした印象を免れません。欧米のリリコは日本のリリコ・レッジェーロ(叙情的で軽い)欧米のスピント(力強い)は日本のリリコといった具合にワンランクの差を感じでしまうのは私だけでしょうか。そこで内外の差はなぜ起こるかについて考察してみたいと思います。

*体格、骨格の問題
確かに日本人は小柄な人が多いのは事実です。ドイツや北欧の人達はオペラ歌手というよりもまるでプロ・レスラーのような大柄な歌手がいるのも珍しくありません。確かに身体が大きければ身体の各器官も大きいでしょうし、肺が大きければブレスも長く続く、口腔が広ければより大きな響きもつくでしょう。しかし身体の各器官が大きいからと云って、大きく響きの良い声が出る唯一の条件になりうるとは考えにくいものがあります。
骨格についてはどうでしょう。特に声の共鳴部である頭部は日本人の頭部は円形であるのに対し、欧米の人達の頭部は楕円形であるのが通常ですが、円より楕円の方が歌を歌うのに有利だという話は聞いたことがありません。

*言語の問題
日本語は顎の上下で母音を喋りますが、イタリア語などは舌の操作で母音を発音します。[ア][a]は両者ほとんど変りませんが、[エ][イ][ウ]と日本語は顎が次第に上がって[ウ]では口が噛み合されてしまうのに対し、イタリア語は[e][i]と舌を上に上げながら、[u]は下の中央を引上げて発音するので、日本語と比較すると口腔の容積はかなり広く確保出来るので声の響きには有利に働くものと思われます。

*声帯の問題
声帯自体は両者に格差は見られませんが、身体の大きな人ほど声帯の長さは長いので、当然低い音には有利に働くことは否めません。ブルガリアなどの背の高いバス歌手などがその良い例でしょう。
むしろここでは声帯の使い方に関する知識や習慣が異なることに注目したいと思います。

イメージ 2右にあげたのは声門の図です。声門とは声帯の間にある隙間ですが、ここには声帯を開閉する様々な筋肉などが備わっています。一番下の左右にあるマガタマ型は被裂軟骨と呼ばれ、支柱により回転するようになっているので内側に矢印の方へ廻ると声帯は開き、普段呼吸している状態はこのように開いています。

イメージ 3次にあげるのは声門閉鎖が行われた形で、声帯が閉まることによって音声が出る状態ですが、必ずしも声帯が完全に閉まらなくても音声は出るのです。例えば悲鳴などは声帯の前方だけが閉じられることにより高い声がでますし、声帯の一部だけを閉じた場合、ファルセットやハスキーヴォイスなどの特殊な声が生まれますし、図のように被裂軟骨を外側に回転させると声帯を完全に閉じることができるのです。
ミレッラ・フレーニの声の素晴らしさは声の大小の問題以上に声の響きの良さにあるのではないでしょうか。彼女の音色の美しさや豊かさは声門閉鎖による倍音が生じることによって得られたものに違いありません。

*声門閉鎖による倍音
イメージ 4声帯の倍音は次のようにして生まれます。もともと音の高さは周波数によって決まるものですから基音が短いほど高い音、長いほど低い音になります。したがって高い声は声帯を短く使えばよいのですが、基音の長さが余り短くなると倍音は整数倍の周波数で生まれますので人の可聴範囲には入らなくなる、ということは倍音が聴こえ難くなる、つまり声が豊かに響かないということになってしまいます。
では他に方法はないのでしょうか。ヴァイオリンなどの弦楽器は弦を巻き上げると音は次第に高くなります。このように長い弦でも強い張力で引っ張ってやれば音は高くなることを考えれば、声帯も全てを閉じて引っ張ってやると、長い基音でも短い基音と同じ高さの音が出て、基音が長いだけに人の可聴範囲の中に収まる倍音が生まれることになります。

*声門閉鎖の方法
イメージ 5ここに掲げた図は声門閉鎖がどのようにおこなわれるかを示したものです。声帯は外からでは目で確認することはできません。声帯のある場所、喉仏あたりを図のように首の両側、後下方へ引き下ろすようにすると結果的に喉仏は下に下がります。更に声門閉鎖だけではなく口蓋垂を引上げる作業にかからなくてはなりません。口蓋垂を上げるためには、後頭部の頭皮が上に引っ張られるようにすればよいのですが、このとき結果として眉も上がりますのでこれが一つの目安となるでしょう。人によってはこのとき耳が動く人もいますが、声門閉鎖と口蓋垂の引上げを同時に行うと耳の後に緊張感を覚えることはたしかです。
次に口の中へ卵を縦に入れたように空間をつくり、口を閉じます。ここでハミングを歌いますが、留意点としてハミングが首の後で響くこと、1点ソ近辺の音でしたら手を首筋にあてがうと振動が伝わってきます。そしてブレスは強く吐いたり多く吐いたりせずに、横隔膜が引き下ろされて息が入ると自然に元へ戻る感触で横隔膜は上に戻っていきますが、このとき吐かれた息が声帯を通り抜けるように穏やかで一律な流れでスルー(through)させるのです。ハミングは声帯の前だけを閉じた場合、鼻に響くきれいに澄んだものとなりますが、声帯を全て閉じたときは首の後方で響き、モゴモゴとした、こもったハミングになります。このこもったハミングが首の後方で響いたら口を思い切り良く開けましょう。下歯が見えるように顎の力を抜いて口をあけると[ma]の発音で倍音のついた素晴らしい響きの声が生まれます。
音程を上げたり跳躍したりするためにはブレスの圧力や量にたよらず、初めに出した声と同じ状態から口蓋垂を更に引上げる努力をするだけで良いのです。決してブレスや喉の状態を変えようとしないで下さい。

今迄述べてきたことで幾つかの問題が欧米と日本の歌手の違いに関係していることが見えてきましたが、体格についてはイタリア人など日本人と同じくらい小柄な人もいますし、言語についてもオペラなどは既に我が国でも外国のように原語上演があたり前のこととなっているのですから、やはり問題は声門閉鎖の所が両者の差を生むものと考えざるを得ません。
文明開化の明治からわずか140年の歳月しか経っていない日本の音楽ですが、そろそろ欧米と肩を並べるような時期が訪れるのも、そう遠い未来ではないことを願うものであります。

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松尾篤興

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