『茂み』 ― ガルシア・ロルカ
|
茂み
ぼくは 死の
時刻の中にはいりこんだ。
瀕死の人と
最後の口づけとの時刻。
捕われの鐘たちが
夢見る 重々しい時刻。
かっこうのいない
かっこう時計。
さびついた星と
蒼ざめた
巨大な蝶たち。
溜息たちの
林の間で
ぼくが子どもの頃に持っていた
手回しオルガンが
鳴っていた。
心よ、
お前はここを通って行かなければならないのだよ!
心よ、
ここを通って!
組曲集(1920年―1923年)
世界現代詩文庫
ロルカ詩集
訳 小海永二
* * * * * * * * * *
先日、あるスーパーでトレバーに出会った。
彼は70才を少し超えたくらいのイギリス人で、20歳以上年下のスーと
長いこと一緒に暮らしている。
久しぶりに会うトレバーは少し老けて見えた。
わたしはトレバーとスーが3月末にようやく結婚する、という噂を聞いていたので、
おめでとう、と言うと、彼は驚いたように人差し指を口にあてて
ひっそりと結婚するんだ、あまり騒がずに、と
照れた笑いを浮かべて言った。
ジブラルタルで結婚すれば安上がりなのさ、披露宴も内輪だけだし、
と一応結婚のことを話してから、
あんたはどうなの、その後、なんとかやっているかい、と聞く。
トレバーとスーは昨年の初夏、夫が亡くなった時、
チクラナの斎場まで弔問に来てくれたのだった。
そうね、なかなかね…、と言葉を濁すわたしの気持ちを汲んで、彼はこう言った。
長い時間かかるよな。
ぼくの家内は長いこと癌を患っていたから、
亡くなった時には、ホッとしたんだ、これでもう彼女は苦しまなくてすむ、ってね。
でもそのあと、ぼく一人の生活はみじめだったなあ、
食事のしたくも一人分ってこんなもんだぜ、と
トレバーは片方の掌を上に向けて見せ、
寂しそうに笑った。
トレバーの奥さんは52才で亡くなったそうだ。トレバーは
55才くらいの時だったのだろう。
死後一年ほどして、奥さんの知り合いだった若いスーと
一緒に暮らすようになったトレバーだが、
15年ほども同棲生活をしていてながら
再婚の決心はなかなかつかずにいたらしい。
しかしトレバーも年をとってきたし、スーの将来を考えて
再婚することにしたのだろう。
トレバーはこう言った。
死んでしまったら、おしまいなんだ、もうどこにもいないんだ、
だから線を引かなくちゃいけないんだ、死んだ日を境に
その前とその後の自分の人生、
まったく別々なんだな、引いた線のむこうの世界はもう戻ってこないんだ、
完璧に終わってしまったんだから。
そして話を結婚式に戻して、
結婚式は内輪だけでやるけど、なにしろ我が家にはネコが24匹もいるからね、
すべて出席させようと思ったら、スーパーのカートを何台も失敬して
のせて行かなくちゃならないな…、アハハ、じゃあ、元気でな、
と言って彼は足早に去って行った。
(猫24匹というのは、スーが野良ネコを拾ってきては世話をしているので
いつのまにか増えてしまった、ということなのだ。)
小柄なトレバーの後姿を見送って、わたしは踵を返し、買い物を続けたが、
トレバーの言葉がいつまでも心の中に響いていた。
『線を引かなくちゃならないんだ…、その線の
むこうとこちらは全く別の世界なんだ』
でも理性ではそう納得していても、
きっとトレバーの心も
いまだにあのロルカの『茂み』を抜け切っていないのだろう。
|
トラックバック
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。






