キャリア教育
キャリア教育キャリア教育とは何だろうキャリア教育とは何だろう。本当のキャリア教育とは何だろう。 本当に価値のある、本当に意味のある、キャリア教育とは何だろう。 新聞雑誌の記事に「キャリア教育」という言葉が出ると、 自問自答して見るのだが答えは見つからない。 少なくとも・・・ 平均すると15倍以上(かな?)の上級公務員試験を通りキャリアと呼ばれ、 落ちた者をノンキャリアと識別している人達の考える「キャリア教育」の指針には、 私は、本当の「キャリア教育」は無いと思っている。 キャリア教育の定義キャリアとは、「エリート」という意味ではない。キャリアとは、「外で働く(=一般的な仕事)」という意味ではない。 キャリアとは、資格や職歴やスキル、あるいはスキルアップという意味ではない。 キャリアとは、人間が生きていくなかで築かれる、轍(わだち)の事を言う。 例えば・・・ 医者でも、弁護士でも、野球選手でも、 小学生でも、中学生でも、高校生でも、専門学校生でも、大学生でも、 専業主婦でも、普通のビジネスマン(サラリーマン)でも、 フリーターでも、ニートでも、 今の時点で、自分だけの素晴らしい「キャリア」を持っているのです。 「キャリアアップ」という言葉を使う人がいますが、 「キャリア」には「アップ」も「ダウン」も無いのです。 「キャリア」を「お金儲け」に使う企業や人達が、 「アップ」という言葉を添えて、恫喝的に使うのです。 キャリア教育の近年の傾向若年層における「キャリア教育」は、「好き」「やりたいこと」に焦点を当てすぎる傾向がある。 近年は、それを引きずってしまい、 就職してからも「好き」「やりたいこと」に囚われる傾向もあるように思う。 未分化な「何になりたいのか?」という問いは、 成長と共に、「やりたい」、「すき」、「できる」の、 3要素が入り交じると言われている。 例えば・・・ 子どもに何になりたいの?と聞くと、 「ウルトラマン」「パンダ」「お母さん」と答える。 これは「すき」の要素が大部分を占めているからです。 やがて少し大人になって小学生や中学生になると、 「野球選手」「サッカー選手」「先生」「ケーキ屋さん」と答える。 これは「やりたい」の要素が占めているからです。 近年は高校生や大学生になっても、 この「すき」と「やりたい」の要素に終始してしまっているように思う。 思考力の上昇とともに、具体的な職業名から、抽象化できるようになり、 高校生や大学生になると、 「福祉関係」「IT関係」「スポーツ関係」「アパレル関係」と答えるようになる。 「すき」「やりたい」の土台に、「できる」が組み合わさってくる。 ■ 内面の「すき」に、外面の「やりたい」が土台で、 能力としての「できる」が組み合わさる。 私は、この「能力」を育てるのが大学教育だと思っている。 例えば、経営学部で経営の勉強をすることが、 ビジネスマンとしての能力を鍛えることに繋がっている。 大学で勉強をしないという事は、 「すき」「やりたい」で終始してしまい、 抽象化する能力も育成できない。 大学も「すき」「やりたいこと」で就職を決めさせる安易さもあり、 結果、就職してからすぐに辞めてしまう、 ひ弱な思考・精神の学生を増殖させてはいないか。 教育は難しい。 ■ 就職後、数年を経過すると、 「やりたい」「すき」の要素が占めてくる。 その結果、転職する者もいる。 これが良いとも、悪いとも言えない。 つまり、人生、キャリアというものは、 「やりたい」「すき」「できる」という3要素が、 螺旋階段のように自分の中で動くものであるからだ。 その一つに囚われるべきではないのだ。 キャリア教育の講演会キャリア教育の講演会という程では無いが・・・ 2010年に専修大学の夢学2010での講演資料をYoutubeにUPしました。 お時間のあるときに・・・・ 夢学2010(1)(専修大学国際協力サークルS.I.A) by 手帳の達人 |
