☆スピーチやブログの記事は、長くないほうがいい。
よくわかってるんですが、今日も長くなっちゃいました。自慢話かもしれません。
読みたくない方は、スルーして下さい☆
*************************
私は生まれつき何でも積極的に行動する目立つ女の子だった。
クラスで一番強い女の子。
弱い子がいじめられてると、飛んで行って救出したり(これは正義感が強いということですな)、
○○をやりたい人、って先生が言うと、やりたいときはハイ!って手を挙げてしまうような。
(小2でシンデレラ役をやったときは、あれは推薦だったと思うよ、確か。
ですからあれは、普段から目立っていただけですね!
毒りんご食べて倒れた時、本当に死んじゃったと思ったよ、って真剣な顔であとから同級生の男の子に言われました。私はプレハブ校舎の木の床の匂いしか覚えてないけど。これは自慢話ジャン、あたし馬鹿。)
しかしそんな私を面白くないと思っていた人が沢山いたようなんだな。
でも私は気づかなかった。やりたいようにやっていた。
あるとき「すみれちゃんはでしゃばり」とみんなに指摘される出来事があり、
その晩私はよく眠れなかった。小学校4年の終わりのことである。
「あ〜私って悪い子だったんだ。周りの人の気持ちなんて全然気遣ったことなかった。」
と落ち込んでしまい、私は変わった。
いかに目立たなく暮らすかということに、小学校5,6年と中学時代は気を遣った。
今時の子どもたちみたいですね〜私。
しかし、本来の自分らしさを出さずに暮らすというのは、非常に窮屈なことである。
当時の私は暗かった。知恵のある大人に相談でもしていれば、
みんなからでしゃばりだと思われない方法で自分らしさを出す方法を見つけられたのだろうが、
当時の私は、傷つきやすく、悩み事を親きょうだいに相談する雰囲気なんてない家庭だったせいもあり、
独りで苦悩を抱えて暮らしていた。
ところが高校にあがり、担任と個人面談をした際に読書の話になり、まるで友だちどうしのように気が合って、
大人に認められて話をしている自分になんだか自信がついた。
その頃とある神父と出会い、信仰をもったことも、自分が元気になったきっかけだったように思う。
私は私でいいじゃん!って開き直ったっていうか、そんな変化があったのだった。
「私は悪い子だ」という自信のなさは、高校でその担任に出会うまで払しょくされなかったのだから、
本当に暗いトンネルを長いこと歩いていたんだなあって思う。
なんせ5年間だから!
*********
で、何が書きたいかというと、その暗いトンネル時代から、私は赤面症になってしまって、
授業中などに発言するときは、あがってしまって、うまくものが言えなかった。
20〜30人単位の人の目にどう自分がうつるのか、意識しすぎてしまったのである。
気心の知れた少人数なら、全然問題なかったのだけど…。
「目立たないようにしなくちゃ」というトンネルを抜けた高校でもその癖は治らなかったし、
大学時代もそうだった。
サークルの総会で熱い発言する時も、ドキドキしちゃって顔が赤くなっちゃってね〜。
意見はしっかり持っているし、言葉にすることもできるんだけど、何しろ苦手でした。
人前で発言するのが。
*********
しかし「スピーチをするのがうまい!」という素質が、実は私にはあったのです。
父親の遺伝子を、そのまんまもらったみたい。
社会人になった年に教会に行くようになり、すぐに信者になって教会学校の先生になってから、
その素質が開花しました。
それまでわからなかったんですよ、スピーチがうまいなんてね。
それが急に、人前で話をしても、全然あがらなくなっちゃったのです。
子どもたち相手だからってのもあったけど、子どもたちの後ろには立派な先輩たちが沢山見ていて、
聖書の話なんかを自分で一生懸命考えて、1年から6年の子どもたちにわかるように、
話して聞かせるんですから、難しかったんだけどね、大丈夫でした。
まるっきり人前で話すことが平気になってしまって、本当に自分では不思議でした。
そんな娘時代〜友人の結婚式でスピーチを頼まれると、終わった後みんなに随分誉められました。
話の内容がまとまってるし、話の雰囲気もよかったようです。
育児中〜子どもの幼稚園時代保護者会長をして、地域の幼稚園の総会の司会など頼まれますと、
度胸がすわってしまって、余計上手にこなしてしまったり。
我ながら、父からもらった遺伝子が開花するのが遅すぎたよ、って思ったりしたもんですが、
まぁ人の役に立ったわけなんで、よしって感じ。
それから十数年たち、今も教会は通っていますが、大勢の前で話す機会が結構めぐってきます。
すると、自分では必要事項を頭でまとめて適当にしゃべるんですが、上手だったねと言われます。
私は、あ〜これもみんな、お父さんのお陰だわ、と思います。
なんとか会の司会なんかしても、時間ピッタリに終わらせることができたり。
司会上手だった父親の血だわ、と、やっぱり思います。
今日は、高校の同窓会、どうしても出席してよ〜と幹事をしている友人から泣きのメールが来ました。
何でも3年前に私が出席したとき、20年ぶりぐらいだったのでスピーチしたんですが、
それが感動的だったからどうしてももう1回会いたいなんて書いてありまして、
あらま〜そんじゃ〜出るか!なんて、おだてられてつい出席と返事してしまった。
馬鹿ですな〜私。
3年前のスピーチが前向きで、その友はなんだか励まされたんだってさ。
何をしゃべったのか、あまり記憶にないけど確か、
人生色々あったけれども、この学校で学んだことがいかに自分を支えてくれたか、ということを
感謝の気持ちを込めて述べたような記憶がおぼろげながらあるんだけど。
*********
ここでは両親への文句や不満をよく書いてるくせに、
今日は父親への感謝とか、自画自賛とか、普段と違う内容になってしまいました。
ごめんなさい。
何より、長すぎます。
これが私の、なかなか克服できない短所なのです。わかっちゃいるんですが。。。。
〜おわり〜