長柄箒
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ほうきを担いで仮道場に行く。さる事情でもと道場が改装中で、その約半年間、隣の市の公共施設で仮営業中だからだ。
そこでは終わったら掃除をせよという。それはかまわない。しかし我々以前の時間に割り当たった連中が、掃除をしているようには思えないほどゴミが落ちている(ワシらは最終時間)。
加えて置いてある掃除道具は、短いほうき1本だけ。これで広い大広間を、小腰をかがめて掃除せよと言う。
私は何がいやだと言って、小腰をかがめて作業する、させられるのが何より嫌いだ。少々道具を延長すればすむものを、体にわざと負担をかけるのはいびり以外の何ものでもない。そのいびりに付き合うのはアホらしいから、長柄ほうきを担いでいくわけだ。古風な日本の生活道具というのは、どうしてこう、不合理なものどもに満ちているのか。我慢すればいい、というのは、我慢させられる側の考えたことではないだろう。
長柄箒など、今時たったの100円しかしないものを。馬鹿馬鹿しい。
いや、それだけの話です。
(画像はこちらより拝借。ある涼しい地方の駅前にある、小腰をかがめて稲藁を担ぐ百姓の像。なんだか昔のとは変わっているような…) |
私は何がいやだと言って、小腰をかがめて作業する、させられるのが何より嫌いだ。少々道具を延長すればすむものを、体にわざと負担をかけるのはいびり以外の何ものでもない。そのいびりに付き合うのはアホらしいから、長柄ほうきを担いでいくわけだ。