今日は、 岡田暁生「西洋音楽史『クラシック』の黄昏」。
以前の記事にも書きましたが、ピアノを習っていた割に音楽的知識は皆無です。
少しお勉強めいたことになると尻込みして逃げていたので(笑)。
今更ながら、いわゆるクラシック音楽の歴史の流れを知りたくなり、読みました。
岡田暁生「西洋音楽史『クラシック』の黄昏」(中公新書)
著者は、「西洋芸術音楽」を、
「知的エリート階層(聖職者ならびに貴族)によって支えられ、
主としてイタリア・フランス・ドイツを中心に発達した
紙に書かれ設計される音楽文化のことである」と定義する。
このような「西洋芸術音楽」はどのように生まれ、発展していったのか?
その流れを一望する内容となっている。
今回は、 中世音楽からウィーン古典派音楽までを要約する。
1.中世音楽
西洋音楽史の最も重要な水源の一つが、
「単旋律によって歌われる、ローマ・カトリック教会の、
ラテン語による聖歌」、いわゆる グレゴリオ聖歌だ。
「楽譜として設計する音楽」がはじめて現れるのは、9世紀、
グレゴリオ聖歌を母胎として生まれた 「オルガヌム」というジャンルである。
これは、グレゴリオ聖歌に新しい別の声部を付け加え、
それと重ねて歌うもので、中世音楽史の前半の中心的ジャンルであった。
中世音楽が爆発的な発展をみせるのは、12世紀末のノートルダム楽派であり、
時代的には教会権威の絶頂期と重なっている。
中世後半の時代の中心となるのが、オルガヌムから生まれた モテットである。
これは三声からなるのが普通で、グレゴリオ聖歌を低音に置き、
その上に自由に考案した旋律を置くのはオルガヌムと同じだが、
上にのせられる旋律がフランス語で歌われる点が違う。
13世紀以降のモテット芸術は、もはや神などおかまいなしに、
どんどん複雑化し、芸術のための芸術を追い求めていった。
2.ルネサンス音楽
15世紀の音楽を代表するのは、大らかな旋律の流れと暖かい響きを特徴とする、
無伴奏の宗教合唱曲であり、具体的には ミサ曲と モテットである。
16世紀に入るとヨーロッパの音楽文化は、地位的にも爆発的な膨張をはじめ、
音楽史の主導権がイタリア人の作曲家に移る。
音楽史のルネサンスの終焉はおよそ1600年前後である。
3.バロック〜絶対王政時代の音楽
音楽のバロックは、1600年前後から1750年前後までとすることが多い。
政治的にこの一世紀半は、いわゆる絶対君主
(そして16世紀に引き続いて新しい航路の開拓と海外植民地の形成)
の時代とほぼ重なる。
この時代の王侯貴族は、自分の富と権威を誇示すべく、
競って巨大な宮殿を建て、盛大な祝祭が行われた。
バロック時代の音楽の多くは、この 祝典のためのBGMとして作られた。
食卓音楽、舞踊音楽、サロン音楽、子女のお稽古のための鍵盤音楽、
はては葬儀のための音楽などなど。
この王侯生活を彩るバロック音楽の頂点がオペラであり、
バロックとは「音楽がドラマになった時代」であった。
モンテヴェルディの《ポッペアの戴冠》(1642年)、
ヘンデルの《メサイア》(1741年)と《マカベウスノユダ》(1746年)、
受難曲ではバッハの《マタイ受難曲》(1729年)などが、
バロックの「ドラマチックな音楽」の代表曲である。
ドラマを伴った音楽のために、音楽でもって喜怒哀楽を表現すべく、
「音楽によるイディオム法」が、色々と開発されていく。
喜びは大きな音程跳躍で、苦痛は狭い半音階で、
嘆きはすすり泣くような切れ切れの旋律で…と、音楽の修辞法ができあがる。
しかし、近代の表現と違い、バロック音楽の情動表現は多分に定型的である。
どの作品も同じ「型」をベースに作られている。
作曲技法の点でバロックは「通奏低音と協奏曲の時代」と定義されることが多い。
「通奏低音」とは、曲を最初から終わりまで一貫して支えていく低音のことで、
オルガンやチェロやチェンバロによって演奏される。
通奏低音の原理は、オペラの誕生と不可分に結び付いている。
従来の音楽語法では、ドラマのための音楽を作ることができなかった。
ルネサンス音楽は「響きの調和」を至上の目的としており、独唱には向かなかった。
その結果、劇音楽のための新しい歌唱法として考案されたのが、
通奏低音の伴奏の上に、
たった一人による劇的な歌唱をのせるというモノディと呼ばれる手法だった。
バロック時代全体を通して、通奏低音の上に旋律をのせるスタイルは、
声楽曲だけでなく、トリオ・ソナタや協奏曲や管弦楽曲など、
あらゆるジャンルの基礎であり続けた。
通奏低音と並ぶバロック音楽の様式的特徴とされるのが、「協奏曲の原理」である。
ルネサンス音楽は、無伴奏合唱曲に代表される均衡美にあった。
バロックに入ると、それまで無伴奏だった宗教合唱曲に、器楽の伴奏を加え始めた。
コンチェルトという言葉は、器楽と合唱が「競いつつ調和する」という意味で使われた。
これ以後、無数の器楽協奏曲が作られるようになり、
「音色や音量や楽想の点で異なる複数の音響源を対照させ競わせる」
という手法が主流となっていく。
きらびやかな王侯貴族の宮廷文化を背景とするバロック音楽は、
主としてカトリック国(スペイン、フランス、イタリア、オーストリアなど)でうまれた。
ここで登場するのが、 プロテスタント文化を背景にドイツで生まれたバッハである。
バッハの時代、宮廷都市とはあまりに対照的な音楽生活が、
これらの地方では営まれていた。
プロテスタント圏の音楽文化の中心は何より教会である。
ルター以来の伝統として、プロテスタントにおいては
「音楽は神への捧げもの」であるという考え方が強かった。
プロテスタント文化は虚飾を嫌い、控え目で内面的なものを求める傾向があった。
バロック時代の流れから考えると、バッハはこの時代では異質である。
4.ウィーン古典派と啓蒙のユートピア
古典派音楽とは、18世紀中ごろからの急速な市民階級の勃興、
および一般に 「啓蒙主義」として知られる運動の同時代現象である。
産業の発展を背景に発言権を増してきた中産市民たちは、
明快で合理的な考え方を尊び、等身大の人間像を求め自然な感情発露を何より尊んだ。
そこから「理性によって自らを神や王から解放し、
いかなる権威からも自由に考え行動する個人」といった意識が目覚めてくる。
神に捧げるためでもなく、王侯を賛美するためでもない、
「市民による、市民のための、市民の心に訴える音楽」が、はじめて生まれる。
作曲技法での古典派音楽の特徴は、対位法の廃止である。
旋律と和音伴奏だけでできたシンプルな音楽である。
古典派音楽は、通奏低音をも完全に廃止する。
低音ではなく旋律がリードし、「旋律それ自体の魅力」が、
古典派において音楽の主役となるような近代的な意味での「歌う音楽」が、
個人の情感と意志の表現が主役となる音楽が、音楽史に登場した。
啓蒙の時代とは、特権階級の独占物としての芸術音楽が、
わずかずつではあるが市民に開放されていった時代であった。
演奏会の切符があれば誰もが好きな音楽を聴けて、
お金を出せば好きな楽譜を買って自分の家で嗜むことができるようになる。
これらの「演奏会」と「楽譜出版」という作曲家自立の機会をつかんだのが、
交響曲の父と呼ばれるハイドンである。
交響曲は「演奏会」という「音楽における近代的公共空間」の成立とともに生まれ、
その精神を最も典型的な形で具現するジャンルであり、
ハイドンがロンドンのために12曲を書いたことこそ、
近代の演奏会音楽の象徴としての交響曲の誕生を告げる出来事であった。
また、近代の弦楽四重奏曲の基礎となったのが、
1781年に出版された作品33《ロシア四重奏曲》である。
これは宮廷からの注文ではなく、当初から「楽譜出版」を目的として作曲された。
古典派音楽の時代に生まれた最も重要な音楽形式が、ソナタ形式である。
古典派以後の交響曲や独奏協奏曲や弦楽四重奏曲や器楽ソナタは、
いずれも三つないし四つの楽章から成っている。
急速なテンポ(アレグロ)の第一楽章、
ゆったりした牧歌的な第二楽章、舞曲(メヌエット)による第三楽章、
そして再び急速なテンポによる第四楽章、である。
この多楽章形式の曲をオーケストラで演奏すれば交響曲に、
四つの弦楽器で演奏すれば弦楽四重奏曲に、
ピアノ独奏で演奏すればピアノ・ソナタに、
ヴァイオリンとピアノで演奏すればヴァイオリン・ソナタになる。
古典派の時代にはじめて確立されたこの多楽章形式の冒頭楽章で用いられるのが、
ソナタ形式である。
ソナタ形式は基本的に、提示部・展開部・再現部の三つの部分から成る。
提示部は二つの主題を文字通り提示する場所。
この二つの主題は、それぞれ別の調性で現れる、つまり調的に対立している。
次に展開部では、さまざまな調性の間を揺れ動いて音楽が不安定になり、
しばしばここで主題がバラバラにされたり、変形されたりする。
そして再現部では再び二つの主題が戻ってくるのだが、
今度はこの二つの主題は同じ調性になっている。
つまり主題の間の調的対立が解消されるのが、再現部である。
このように、ソナタ形式とは「対立を経て和解に至る形式」である。
「ウィーンの古典派の三大巨匠」とは、
ハイドンおよびモーツアルトとベートーヴェンである。
ベートーヴェンの他の二人との決定的な違いは、
彼の音楽が18世紀までの貴族世界と決定的に縁を切っている点にある。
それまでメヌエットで書かれていた第三楽章に、ベートーヴェンはスケルツォを用いる。
また終楽章も、それまでの祝典的性格の終わり方ではなく、
エネルギッシュな疾風怒涛の突進となる。
ハイドンやモーツアルトには見当たらず、
ベートーヴェンになって初めて現れるのは、
この「右肩上がりに上昇していく時間の理念」である。
集団が熱狂的に没入する快感という危険を孕みながらも、
やはりベートーヴェンこそが古典派音楽の最良の美質の継承者であり、
その完成者であることは、事実だ。
主観と客観、意志と形式、横溢する生と自己規律の間の均衡――
この古典派音楽の理念を成し遂げたのが、ベートーヴェンなのである。
(つづく)
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本書では、時代背景を踏まえた上での時代区分がすっきりと示されている。
宗教音楽、絶対王政の宮廷音楽、市民のための音楽へと変貌を遂げたクラシック音楽。
大衆化されるとともに、音楽の質が低下するという危険性を孕むものの、
18世紀後半に至って、クラシック音楽は市民へと手と渡ったのである。
次回は、ロマン派音楽の要約を記事にしたいと思う。
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>右肩上がりに上昇していく時間の理念
なるほどですね!
第1交響曲では、まだメヌエット(一応)です。
伝統に対する彼なりの礼儀でしょう!
節度を感じてしまいます(えっ!?笑)
しかしその楽想は、もう新しい時代を築いていおります!
なぜなら、聴いていて明らかにスケルツォなのですよ。
書かれていることは、代表作第5交響曲ということはよく解ります。
冒頭のいわゆる運命動機、それを終始散りばめた名曲。
こんな論文書ければ最高ですね!
2008/7/17(木) 午後 11:16 [ さつまのかみ ]
なかなか興味深い本ですね。
ツェルニー100番練習曲から未だ卒業できない私にも、
いつかベートーベンのピアノソナタを弾ける日が来るのでしょうか。
2008/7/17(木) 午後 11:21
内緒さん、傑作ボタン、ありがとうございます。これはただの要約しただけですので、恐れ多いです(汗)。
2008/7/19(土) 午前 10:20
katatsumuridonoさん、ベートヴェンから完全に新しい時代が始まったのですね。まったく音楽を知らない人でもベートーヴェンだけは知っているというのも、それなりの理由があったのだと思いました(笑)。「右肩あがりに上昇していく時間の概念」という言葉は、音楽のみならず、そういう時代の風潮だったのだろうなと想像して、とても印象的でした。芸術はその時代を象徴しているって本当ですね。
実は、今まで音楽を構造的に聞いたことないんです(え!?笑)。なんとなくこのメロディ好きとか、こういう曲弾きたいとか。緻密に計算された交響曲を聞き分けられたら、もっと楽しくなりそうです。
2008/7/19(土) 午前 10:26
すてさん、面白い本でしたよ!歴史ものって退屈なイメージがありましたけど、これは時代背景を感じながら、一気に読めました。すてさんは、ベートーヴェンは弾いたことありませんでしたか?ベートーヴェンはどのピアノソナタから入るのでしょうね。おけいこ記事を楽しみにしています♪
2008/7/19(土) 午前 10:29
大学受験を思い出してしまいました^^;;;。
しかし暑いのに(関係あるのか)お疲れ様でしたね〜〜〜。これ、全部暗記したら単位もらえそうですね!(笑)
2008/7/21(月) 午前 10:20
カティさん、本職の人の前で、こういう要約をするのは気恥ずかしいです〜。音大の受験にそなえて、高校時代から音楽史を勉強されていたのですね。音楽史をきちんと勉強していたら、リストを弾きたいとか無謀なことは言わなかったのではないか?と、今更ながら思ってしまいます(爆)。
ほんとに暑いですね〜。雪国の人間に、この暑さはこたえます…。よしっ、これ全部暗記して、単位もらうぞ!(誰に?)
2008/7/22(火) 午後 9:59
ここ、1ヶ月ぐらいから前からクラッシクを聞くことに突然目覚めた40歳です。今まで全くといっていいほど無関心だったのに。それとともにその時代背景も知りたくなりました。ということでこちらにたどり着いたわけです。あまりにも知らないことばかりでそれがどんどんつながっていって、今は無限に関連あるものが広がり続けている感じです。いやあ、まとめてあって、よく分かりました。ではでは
2008/10/17(金) 午前 8:17 [ Papa ]
njpapaさん、はじめまして!ご訪問、ありがとうございます。1ヶ月前からクラシック音楽を!それはまたどういったきっかけだったのでしょうか?それまでまったく目に入らなかったものや、耳に聞こえなかったものが、一つひとつ意味のあるものに変わっていくのは楽しいですよね!そういう広がりのきっかけを得ることができて、よかったですね。
私はピアノを習っていたのですが、楽典無視の生徒だったのです(笑)。それが最近、njpapaさんのように突然歴史が面白くなってしまって、ようやく音楽史にも目が行くようになってきました。よくわかったと言っていただけて嬉しいです。私、これまとめながら、誰に頼まれたわけでもないのに、何でこんなことに時間かけてるんだろう?って思っていたので(笑)。
コメント、ありがとうございました。また気が向きましたら、ぶらりとお立ち寄りくださいませ。
2008/10/17(金) 午後 3:54