今日は、 モーパッサン「女の一生」(1883年)。
私の中で、フランス古典文学まつりが続いています。
フランス文学は、女性について書かれた古典が多いのですね。面白いです。
【あらすじ】
男爵家の一人娘に生まれ何不自由なく育ったジャンヌ。彼女にとって、夢が次々と実現していくのが人生であるはずだった。しかし現実はジャンヌを翻弄し続ける。乳姉妹だった女中のロザリが妊娠し、その相手が自分の夫であることを知った時、彼女は過酷な現実を行き始めた――。
(モーパッサン「女の一生」光文社古典新訳文庫 裏表紙から引用)
【ここに感銘!!】
もうやることがない。今日も、明日も、この先ずっと。
(モーパッサン「女の一生」光文社古典新訳文庫P138)
【感想】
「女の一生」。このタイトルがすべてだ。
時代が移り変わっても、ほぼ変わらずに起こる女にとってのイベント。
未来への憧れ、恋愛、結婚、出産、子育て、……。
字面だけみれば、女の幸せのオンパレード。
しかし、夢想の裏側でうごめく現実の裏切りや醜い感情。
胸ときめく恋愛から、結婚相手や両親への幻滅、息子への溺愛、
老いまで、すべての出来事は、均等に淡々と流れるように描かれる。
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ジャンヌは、男爵家の一人娘として、
幸福で善良、品行方正なやさしい女性に育つよう、きっちり計画を立てられた。
十二歳までは自宅におき、そのあと聖心派の修道院に入れる。
十七歳になったところで、まっさらで貞淑な乙女に育ったところで手元に戻し、
豊穣な大地に触れ、素朴な恋心や動物たちへの愛情をおしえてやる。
これが、父である男爵の教育方針である。
ジャンヌは、修道院を出る日、胸を躍らせていた。
これから起こるであろう運命の人との出会い、そして恋。
見るもの聞くものすべてがみずみずしく、彼女の身体に染み込んでくる。
ああ、世界はなんとワクワクするところだろうか!
そして、夢想どおり、近所に住むラマール子爵と出会う。
造作の整った若い男と女が出会ったら、それはもう恋である。
胸のときめき、高ぶる思い。
そして、相手もそれを感じてくれる。
ジャンヌは、息つく暇もなくラマール子爵に恋をし、
そして、当然のように結婚した。
最初は、男女の交わりに嫌悪を覚えつつも、
新婚旅行で身も心も夫婦となり、レ・プープルに戻ってくる。
そして、彼女は気がつくのである。
これから何をしよう。ジャンヌは自分が何を考え、この手で何をすべきかを自問した。 (中略)
もう、何もすることがない。この先、何もやることがないのだ。修道院で過ごした少女時代、将来のことばかり考え、夢ばかり見ていた。あのころは、希望に胸を高鳴らせることの繰り返しが生活のすべてであり、時間は気づかぬうちに過ぎていった。ずっと恋に憧れていたのに、彼女の夢想を閉じ込めてきた堀の外に出てみると、すぐにその夢がかなってしまった。わずか数週間のうちに夢見ていた男性が現れ、彼女を愛し、結婚したのだが、あまりにも急に決まった結婚だった。ジャンヌはゆっくり考えることもできないまま、男の腕に抱き上げられ、ここまで連れてこられてしまったのである。
だが今や、蜜月の日々が終わり、日常の生活が始まる。それは、扉が閉ざされるということ、ただひたすら希望をふくらませ、不安ながらも胸をときめかせる日々はもう戻らないということだった。未来を待つ日々は終わったのだ。
もうやることがない。今日も、明日も、この先ずっと。漠然とではあるが、そうおもったとたん、ジャンヌはなにやら失望を感じ、これまで夢見てきたことがしぼんでいくように感じた。(モーパッサン「女の一生」光文社古典新訳文庫P137〜138)
用意された胸躍る物語は終わったのだ。
その後は、親戚に手紙を書いたり、たいしたことのない事案を話し合ったり……
貴族として体面を保つことが義務となる。ジャンヌは空虚を感じる。
自分で物語を作る方法は教わっていない。
清濁併せ呑むような教育を受けてきていないジャンヌ。
そんなジャンヌに、次から次へと人生に幻滅するような出来事が起きる。
そのたびに、ジャンヌはひとつひとつ諦めていく。
そして、自分を支え得る愛着の対象を次から次へと変えていく。
夫から両親へ。両親から息子へ。息子から…?
誰かに期待しては、裏切られていくジャンヌ。
ジャンヌが追い求める良心と聖なるもの。
彼女は、それをどこに見つけるのか?
それとも見つけられないのだろうか?
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ジャンヌの「何もすることがない」という言葉は、今でも重い。
実は「何かすることがある」人間なんて、一人もいないんじゃないか?
それでも、生ある限り生き続けなければならない。
そして、生きている以上、無傷ではいられない。
耐え難い裏切りにもあうだろう。親しい人と死別することもあるだろう。
そんな思いをしてまで、生きる価値はどこにあるのか?
モーパッサンは、私たちに絶えず根源的な問いかけをしてくる。
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