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本年は、昇り竜のように上向きな一年であり
元気で穏やかな年でありますように!
本年も、よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
この方が製作した3尺羽子板は、絶品です。もう手に入らないでしょうね。
ホームページ開設 2000年09月12日当時
骨髄バンクで30万人のドナー登録を目標にして呼びかけた内容でした。
50歳を過ぎた私の年齢では、目標に向かって「呼びかける」事しかできません。
一人でも多くの皆様にご覧いただき、ドナー登録をお願いする次第です。
このホームページを開設してから11年目になりました。
多くの方にご覧頂きました事、心より感謝申し上げます。
1992年1月現在371名の登録から
皆様のお陰で、2008年01月16日現在
目標の登録者数300,000人と発表されました。
ありがとうございます。
2011年12月現在の登録者数
骨髄・末梢血幹細胞の提供希望者(ドナー)登録現在数 400,972人
ありがとうございます しかし、登録頂いたドナーの方は、仕事を休むことが出来ず
骨髄採取に難航しており
引き続きドナー登録にご協力いただける様、お願い申し上げます。
しまねの中心でドナー登録をさけぶ も、是非ご覧下さい。
幼い頃からの病と闘い続け、「痛みのわかる人になりなさい」
それは神様からの贈り物と受け止めて、今も明るく力強く そして 、生きることを真剣に考えている方もいらっしゃいます。 さい帯血とは、出産の時赤ちゃんのへその緒とお母さんの胎盤にある血液です。血液を作り出す造血幹細胞が多量に含まれており、白血病などの患者さんに移植して病気を治すことができます。
あなたの善意で一人の生命(いのち)が救えるかも知れません。
事の始まりは、甥っ子の長男「聖矢(まさや)」君の事です。
1992年9月生まれ、普通の小学校に通うことが出来ません、
受け入れてもらえないと表現したほうが正確でしょう。
左腕には、点滴用の針が常時差し込まれており、
鼻にはチューブが!胸にもチューブが!
状況に応じてどこからでも点滴できる体制になっております。
生まれてこのかた一般の食事は殆んどしたことが無いと言っても
過言ではありません。
飲み薬や、点滴が主食のようです。
看護師さんが、薬と水を持っていくと、水は飲まず薬だけ服用し、
そのとき、「この薬おいしいね、とか まずいね」 と言われ、看護師さんも
驚くそうです。
「聖矢(まさや)」君は1998年に、やっと骨髄移植をしなければ治らないだろう事が
判明。しかし、全ての条件が100%一致しても……、といった難病と闘っております。
そして、お医者様が頭を抱えてしまう程!“病名は?”
父親からのメッセージ 2000年02月17日
「ちなみに聖矢の病名は不明です、
今日(2000.02.17)医者に呼ばれ、医者も頭をかかえている状況です。
移植にしてもいまの状況では良くなるか悪くなるか全く不明瞭な状態です。
しばらく免疫抑制剤をためして様子をみることになりました。
今の状態では医者も恐くて移植にはふみきれないそうです、
病名がはっきりしていれば医者も手のうちようがあるそうです、
あえていえば難冶性下痢&免疫不全&重症アレルギーと言ったところです。」
お医者様が頭を抱えてしまう程!“病名は、不明”
この子だけではありません、
まだまだ多くの人がこの骨髄移植を受けられる日を、
まだかまだかと、ご家族共々首を長くして待っております。
父親からのメッセージ 2000年10月08日
聖矢は今の所は元気です。特に夏場はどう言う訳かいままで入院したことがなく、
今年も無事この異常高温の夏場を乗り越えました。
更に今まで必ず9月7日の私の誕生日には必ず入院していたのが
今年はありませんでした。
ただこの10月2日から検査入院して、やはり物を食べないためか腸の状態は
非常に悪いそうです。
それに検査のためにナトリウムを大量に与えた所拒否反応をおこし
検査の担当医および看護婦がパニックになったそうです。
なかなかこの子の病気は解明されません、
というよりも治すことよりもこれ以上悪くしないための処置が
優先しているのが現状です。
残念ながら聖矢の場合骨髄移植は移植にいたる過程で今は無理との事、
ただドナーを見つける手続きは継続してます。
祖父からのメッセージ 2001年01月01日
99年10月、私の孫、中村聖矢の骨髄移植のドナーのお願いを致しました。
今日までドナーは見つかっておりません。しかし、医師は今の状態では移植は
難しい。その他の方法がないものかと努力を重ねて下さっています。
今までのお祈りに感謝申し上げ、これからも小さい命のために
お祈りくださいますようお願い申し上げます。 現在も入院中です。
神様の守りを感謝しつつ。 中村隆治朗
祖父からのメッセージ 2001年06月20日
こんにちは.ご無沙汰しています。
久しくまさやのことも気になりながら連絡もしませんでした。
最近の情報として、次第に体の機能の低下は避けられません。
医師のほうで、父親の移植を考え中のようです。
それも結局は、ドナーが現れないためです。しかしこの成功率は極めて低く、
恐らく本人、両親のHLA6タイプのうち、よくて2タイプしかあわないので
若しうまく行かないときは相当の覚悟を求められるかもしれない。
といってなにもしなくても、状態は悪くなるだろうからどれかを選択しなければならない。
それならば父親のそれに賭けてみようと。
そこでいまからでも、移植のドナーになってください
との呼びかけを、お願いしたくてメールを送ることにしました。
よろしく頼みます。 中村隆治郎
祖父からのメッセージ 2001年09月05日
こんばんは まさやについて新しいニュースがあります。
ドナー候補者が現れたとの知らせがありました。
これからその人が、ドナーになってくれるか、本人のOKが
いただけるかいろいろ調査が行われ、その上でまさやのこれまた
いろいろな検査などが行われる、早くても2〜3ヶ月はかかるでしょう。
若しその人がドナーになるのを拒否することになれば、ふりだしに戻ります。
でも、とにかくHLAが合致する人が現れてくれたのはうれしいことです。
その方がドナーになってくださるよう祈りつづけます。 中村隆治郎
移植手術確定のご報告! 2001年11月23日
聖矢(まさや)のドナーになって頂いた方に感謝申し上げます。
2001年09月05日祖父からの知らせで、聖矢のドナーが見つかった報告があり
その方と2002年02月頃、移植の運びとなりました。
この場でドナーの方に、家族共々、心より感謝申し上げます。
そして、移植が成功し聖矢に第二の人生がスタートできる様、祈ります。
移植手術完了のご報告! 2002年03月21日
2002年02月25日無事移植が終了しました事、
ドナーの方及び皆様に感謝申し上げます。
まだ暫くは、拒否反応等ないか様子を見ての結果となるそうです。
聖矢君の場合、一億分の一の移植と私は思います。しかし、予断は許せません。
折角与えられた骨髄が生かされることを、心より神様に祈り願って止みません。
父親からの電話 2009年6月22日21:36
今年4月20日臍帯血の移植手術を受けたのですが
経過が思わしくなく、腹水が溜まり、肝臓もかなりの
ダメージを受けていて、主治医の先生から
早くてここ一週間、遅くても一ヶ月の余命と
宣告を受けたと言うことでした。
今までは、無菌室に入っておりましたが、現在は
近親者の為に、面会が許されているそうです。
両親も覚悟は出来ておりますが、さぞつらい日々を
送っているここと思います。
残された命が少しでも長らえることを祈るばかりです。
16年と9ヶ月の歳月が閉じようとしております。
2009年6月24日6:39 昇天
家族親族の応援もむなしく、神様の元へ旅立つことになりました。
6月26日19:00より前夜祭 27日12:00〜13:30葬儀
ベルコシティーホール泉北泉ヶ丘に於いて執り行われます。
16年9ヶ月25日間の短い生涯でありましたが、命の重みと大切さを噛み締めながら
多くの方に支えられ、残された方々に何かを残した事でしょう。
両親 祖父母 主治医の先生 病院関係各位の皆様ありがとうございました。
最初に骨髄を提供してくださった方にも御礼申し上げます。
臍帯血のドナーの方 ありがとうございます。
陰ながら応援頂いた皆様 ありがとうございました。
聖矢(まさや)が神様の元で、永遠に平安であるように。 アーメン
中村聖矢(まさや)の歩み
1992年9月29日 大阪府池田市で長男として出生 92年12月に発症し
最初の入院。難治性下痢、激しいアレルギー症状で食べ物が取れなくなる。
いくつかの病院を経て、府立母子保健総合医療センター(大阪府和泉市室堂町840)
に1995年6月からお世話になり、入退院を繰り返す。
2002年2月 骨髄移植、また2009年4月20日に臍帯血移植を受けたが快方に
向かうに至らなかった。
血球貧血症候群を病み、ついに6月24日午前6時39分 神様の許へ召されました。
16歳9ヶ月25日の生涯でありました。
しかしこの間、府立羽曳野養護学校で学び、昨年3月に中学校を卒業しました。
病院でたくさんの友達を与えられ、暖かな治療とともに、かなりの充実した歩みであり
ました。
キリスト教とのかかわりは、祖父母また父母も信徒であり、一家もその中で過ごし、
2歳の時、2人の姉とともに献児式に与った。
故 中村聖矢前夜式 告別式
前夜式 6月26日(金)19:00〜 告別式 6月27日(土)12:00〜
於 ベルコシティーホール泉北泉ヶ丘(堺市南区茶山台1丁1−4)
母親の希望を全て聞き入れてくださったお陰で、今迄に無い葬儀であったと
担当者の方がおっしゃっておりました。
お花屋さんが、心込めて作って頂いた祭壇の前には、聖矢の気に入った品々
がテーブルに置かれBGMにはキンキキッズの「フラワー」が流れておりました。
聖矢にふさわしい歌詞でした。(涙)
キンキキッズのイベントが有れば東京へ横浜へと多い時で年に5回も行ったそうです。
聖矢のお陰で経験出来ない事も一緒に楽しむ事が出来たと、両親が喜んでおりまし
た。キンキキッズのお二人にも大変お世話になったそうです。
キンキキッズの堂本光一さん堂本 剛さんお二人にも心より感謝申し上げます。
聖矢君ありがとう。
二日間の司式は、祖父である中村隆治朗牧師によって執り行われ、賛美歌312番
「いつくしみふかき」 461番「主われをあいす」と、参列頂いた皆様とともに手拍子を
打ちながら聖矢君の一番好きな歌 キンキキッズの「フラワー」が歌われました。
その一節をご紹介致します。
♪僕らは愛の花さかそうよ 苦しいことばかりじゃないから
こんなにがんばっている君がいる かなわない夢はないんだ
僕らの愛の花咲いたとき みんなで喜びをわかちあおう
こんなにがんばっている僕もいる 一緒に夢をかなえよう♪
中村隆治朗牧師のお話の中に「聖矢君もう良いですよ。神様の許にいらっしゃい」
「短い16年間ではあったけれど、色々な事を充分に経験出来た事でしょう。待って
います。と神様が言っていますよ」
斎場の担当者皆様の手厚い配慮とお心使いに感謝申し上げます。
16年間治療に当たってくださった先生関係各位の皆様
お友達の皆様
ありがとうございました。
聖矢君「ばんざーい」聖矢君「ありがとう」聖矢君「いってらっしゃーい」
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珍しい寝姿
2012/5/23(水) 午後 9:40
とても珍しい画像が撮れた。
毎日のように私とばかり寝ているベルちゃん(右)がフェイちゃん(左)と仲良く寝ている姿は、飼い主である私ですら、めったに見る事が出来ない。
同じような体型から非常に仲が悪く、けんかばかりしてい
...
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