ミッドウェー海戦研究所

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現在、産経新聞にて対中ODAの是非を問うアンケートが実施されています。
そこで、アンケートだけでは話題が足りないので、良い話題はないか?と、ネットを探していたところ、ブログ「日本が好きなだけなんだよ」さんの記事で極めて興味深い話題である「文化大革命の真実」がありましたので、そこから引用しました。
 
※今回の記事は刺激が強いので、残酷な話が苦手という方はご遠慮下さい。食事中の方は出来れば時間をずらして読んで下さい。
 
 
日本では決して報道されない文化大革命の実態
946 1/3 sage 2011/05/17(火) 20:23:19.27 ID:4P2HcFDZ0
今からもう十数年前、私が仕事でアメリカへ行ったときに聞いた話をします。(具体的な内容は個人が特定されそうなので書けません、ご了承ください)

当時、あるアメリカの企業と日本の企業が共同でとある実験施設を作る計画が立ち上がり、私の会社はそこに大きな機械をいくつも納入する事になったため、私を含め会社の10名ほどが現地の視察や今後の打ち合わせをするために向かう事になった。場所はアメリカ中部の砂漠地帯、かなりの田舎にある場所で、周囲には寂れた町が一つあるだけだった。

その町に到着して3日ほどしたある日、丁度私と上司が打ち合わせするはずだった人がこちらにこれなくなり、上司から先に帰っていても良いと言われ、私は一足先に宿泊先のモーテルに帰ることにした。先ほども書いたようにそこは辺鄙なアメリカの田舎町、モーテルにいてもする事が無い私は、暇をもてあまし特にあても無く町中をブラブラする事にした。が、やはり暇で目的もないため、近場にあったお酒の飲めそうなレストランに入る事にした。

そこはどうもレストランというより酒がメインだったようで、時間が早い事もあり自分以外には東洋系の老人が一人いるだけだった。テーブルにつき食べ物やビールを注文していると、先客の老人が「あなたは日本人か?」と尋ねて来た。私が「…そうですが」と答えると、老人は「やっぱり、もしお暇でしたら少しお話をしませんか?」と言ってきた。私は、断る理由もなく「はい」と答えた。その時は、私は単に老人のとりとめのない世間話や昔話を聞くだけだと思っていた。

が、実際には違った。
老人の話は非常に重く、恐ろしく、おぞましい、老人の過去にまつわる話だった。老人は1960年代後半にアメリカへ移住してきた移民一世だった。元は中国のとある省の生まれらしい。老人はある事件をきっかけになけなしの蓄えを全て賄賂につぎ込んで中国を脱出し、着の身着のままアメリカへと移民してきた人だった。

947 2/3 sage 2011/05/17(火) 20:23:38.61 ID:4P2HcFDZ0
その事件とは、1966年から中国に吹き荒れた文化大革命に関係するものだった。文革当時、老人は結婚したばかりの奥さんとまだ小さな子供の3人で小さな靴屋を経営していたらしい。老人の話によると、文革が起きたといっても都市部で小さな靴屋を経営している老人には当初殆ど影響が無く、町中でプロパガンダの広告や街宣車を見かけても何か遠くで起きている出来事のようにしか感じなかったとか。

しかし、「反革命的」という言葉を聴くようになってから自分の周囲の何かがおかしくなり始めたらしい。最初は、近所にあったお寺の僧侶が連行されたという話だった。その僧侶は結局帰ってこなかったという。僧侶が連行されたのを皮切りに、近所の教師や医者や金持ち、政府に批判的な人などが次々と「連行」されていなくなり始めた、そして、ついにはそれらとは全く関係の無い一般人も次々と「連行」され始めた。

老人には何が起きているのかわからず、ただただ恐ろしく自分達の身にこの不幸が降りかからないよう身を潜めるしかなかったという。そんなある日、老人は店に来た客からある噂を聞いた、「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい、子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」と。

老人には信じられなかった、子供たちの何人かは老人も知っていて親と共に自分の店に靴を買いに来たこともある、そんなごく普通の子供たちが、自分の親や教師を密告している、あまりにも現実離れしていた。しかし、老人の町にも「紅衛兵」と呼ばれる集団がやってくると老人もその事実を信じざるをえなくなったらしい。

そんなある日、老人が国を捨てる決定的な出来事が起きた。
その日、共産党からの命令で老人はある学校に生徒用の靴を納入しに行く事になった。老人が荷車に靴を載せて学校につくと、学校の裏庭から何かを調理する良い臭いがしてきた、臭いが気になった老人は、荷物を係りの人に渡すと何気に裏庭に回ってみたのだという。そして、そこで老人は信じられない光景を目にした。

948 3/3 sage 2011/05/17(火) 20:24:03.56 ID:4P2HcFDZ0
そこにあったのは、うずたかく積み上げられた死体と、嬉しそうにそれらを解体し調理する子供たちの姿と、無表情に子供たちにあれこれと指示を出す地元の共産党員の姿だった。死体の中には、老人のよく知っている医者の姿もあったらしい。(実際にはかなり生々しく、具体的に“調理の様子”が語られたのですが、あまりにも酷い内容なのでカットします)

老人はその場を離れると、その場では何事も無かったかのように振る舞い学校から逃げ出した。そして、人気の無いところに行くと胃液しかでなくなるまで吐き続けた。老人は今でもあの光景を夢に見て夜中に目が覚めるのだという。その夜、家に帰ると老人はなけなしの蓄えをかき集め、奥さんには殆ど事情も話さず夜逃げの準備をさせ、その日の晩のうちに家族で町から逃げ出した。その後、老人は仕事のツテや昔アメリカに移民した親戚などを頼り、貨物船の船長に賄賂を渡して密航し、タイ経由でアメリカに移民したのだという。そして、その後も共産党に怯えながらアメリカの田舎でひっそりと暮らしてきたらしい。

恐ろしい話だった。
文化大革命がかなり酷い事件だったとは知っていたが、ここまでとは知らなかった私は、老人の話をただただ聞くしかできなかった。老人は最後にこう言った。「当時人間を解体し食っていた子供たちは今どうなっていると思う?」と。私が「わからないです」と答えた。すると老人は、その後ある程度外国との手紙のやり取りなどが自由になり、中国に残っている知人などから聞いた話によるとと前置きし、「大半は紅衛兵となりその後地方へ追放されたらしいが、共産党に従順だった子供たちは出世を重ね、今は共産党の幹部になっている」そして、こういう事は当時中国全土で起きていたらしいのだという。

老人は続けた「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう、人としての第一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」と。老人は立ち上がると去り際にこういった「あいつらを信じてはいけない、あいつらは悪魔だ、日本人ならこの事は決して忘れてはいけない」と。

以上、これが当時私が老人から聞いた話の全てです。
 
 
↓下に産経新聞のアンケートのリンクを張りました。奮ってご参加下さい!
 
2011.6.16 21:49
 東日本大震災の復興に巨額の資金が必要とされる中、世界第2の経済大国・中国に対するODA(政府開発援助)継続の是非が問われています。

そこで

(1)対中ODAは継続すべきですか

(2)ODAに日中関係を改善する効果がありましたか

(3)現在の中国に外国からの援助が必要ですか

について、あなたの意見をお聞かせください。意見は21日午前11時までにお願いします。
アンケートはこちら
 
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閉じる コメント(12)

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桑原武夫の父親が書いた
「支那人間(じんかん)における食人の風習」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/card42810.html
支那の食人の風習は、「飢饉の時に限られない」ということに
特徴がある。

ポチ&ランクリ!

転載可を希望

2011/6/21(火) 午前 1:44 tatsuya11147 返信する

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たつやさん、こんばんは!

>転載可を希望

すでに産経新聞のアンケートも終わって、後の祭りですが、転載許可設定をしましたので、ご自由にお持ち下さい!

2011/6/21(火) 午後 10:00 [ 小窪兼新 ] 返信する

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ありがとうございます。

お借りします。

2011/6/21(火) 午後 10:58 tatsuya11147 返信する

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たつやさん、再びこんばんは!

>ありがとうございます。

いえ、こちらこそありがとうございます!
「支那人間(じんかん)における食人の風習」のリンク先を拝見しました。あんなサービスが存在すると知りませんでした!
しかし、読んでいる時間がががが…。

2011/6/21(火) 午後 11:13 [ 小窪兼新 ] 返信する

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まあ、のんびりと行きませう。
私も、完読してはいませんが、
支那人の粗暴と野蛮は昔から知られたことです。
「南京大虐殺」は、支那人の殺人分化の自己投影です。
大陸に閉じ込めて共食いさせておくしか、世界平和はありえないでしょう。

>日支兩國は脣齒相倚る間柄で、勿論親善でなければならぬ。日支の親善を圖るには、先づ日本人がよく支那人を了解せなければならぬ。支那人をよく了解する爲には、表裏二面より彼等を觀察する必要がある。經傳詩文によつて、支那人の長所美點を會得するのも勿論必要であるが、同時にその反對の方面、即ちその暗黒の方面をも一應心得置くべきことと思ふ。食人肉風習の存在は、支那人にとつて餘り名譽のことでない。されど儼然たる事實は、到底之を掩蔽することを許さぬ。支那人の一面に、かかる風習の存在せし、若くば存在することを承知し置くのも、亦支那人を了解するに無用であるまいと思ふ。 続

2011/6/25(土) 午前 1:48 tatsuya11147 返信する

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>支那人間に於ける食人肉風習の存在は、決して耳新しい問題でない。南宋の趙與時の『賓退録』、元末明初に出た陶宗儀の『輟耕録』を始め、明清時代の支那學者の隨筆、雜録中に、斷片的ながらこの食人の史實を紹介し、若くば論評したものが尠くない。日本の學者でこの史實に注意したものも、二三に止らぬ。就中『東京學士會院雜誌』第三篇八册に掲載されてある、神田孝平氏の「支那人人肉ヲ食フノ説」の一篇が、尤も傑出して居る。傑出はして居るが、勿論十分とはいへぬ。続

2011/6/25(土) 午前 1:50 tatsuya11147 返信する

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> 元時代の Marco Polo 以來、明清時代に支那に來た、西洋の宣教師や旅行家が、往々支那人間に於ける食人肉風習を傳へて居るが、何れも斷片的報告に過ぎない。この風習に關する研究的な論文は、未だ歐米の學界に發表されて居らぬ。千九百二年二月六日發行の Globus 雜誌に Behrens の Der Kannibalismus der Chinesen と題せる一篇を收めてあるが、この論文も、一二頁の短篇で、特に紹介する程の價値がない。

2011/6/25(土) 午前 1:52 tatsuya11147 返信する

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>吾が輩の知れる範圍では、西洋の學者の中で、支那人の Cannibalism に關して注意に價するものは、英國の Yule とオランダの Groot との二人である。Yule はその名著 Marco Polo(1903版 Vol. I, pp. 312-313)中に、主として西洋方面の材料によつて、支那人の Cannibalism を紹介して居る。例によつて博引旁搜ではあるが、支那方面の材料を殆ど利用してないのが大なる缺點と思ふ。Groot は Yule と反對に、主として支那方面の材料によつて、支那人の Cannibalism を紹介して居る。(The Religious System of China. Vol. IV, pp. 364-389)。続

2011/6/25(土) 午前 1:54 tatsuya11147 返信する

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>支那方面より蒐録した材料の豐富なことは、確に前人に卓越して居つて、西洋人としては隨分努力を要せしことと想像さるるが、書物の性質上當然とはいへ、Groot は醫療の目的で人肉を食用する場合のみに重きを置き、その他の場合に於ける支那人の Cannibalism を紹介することが甚だ十分でない。又彼は材料の選擇に妥當を缺き、正史や信憑すべき當時の記録よりも、荒誕不稽と思はるる稗史小説を多く引用せる點に於て、同時に又類書より間接引用の多き點に於て、可なり如何を免れぬ。
吾が輩のこの論文は劈頭に宣告して置いた通り、Solayman や Ab Zayd の所傳の正確なることを證明し、且つその所傳の事實に解釋を加へることを主目的といたして居るが、同時に支那人の食人肉の風習を、歴史的に究明すると云ふ副目的に就いても、前人の所論に對して可なりの進歩を與へ得た積りである。

(大正十三年三月十九日稿・『東洋學報』第十四卷第一號所載)

2011/6/25(土) 午前 1:55 tatsuya11147 返信する

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たつやさん、こんばんは!

わざわざ、「支那人間(じんかん)における食人の風習」
を転載をして頂きましてありがとうございます!

>「南京大虐殺」は、支那人の殺人分化の自己投影です。

「南京大虐殺」は、シナではシナ人自身で何度も繰り返されており(一番酷いのが、太平天国による「南京大虐殺」だったと記憶しています)、もしシナ人が日本軍による「南京大虐殺」を主張するならば、第○次「南京大虐殺」と称するべきでしょうね。w
まぁそれこそが、自分がやったから日本鬼子もやったに違いないという、シナ人の殺人分化の自己投影ですね。w

2011/6/26(日) 午前 0:05 [ 小窪兼新 ] 返信する

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いや、どうも・・、
「支那人の殺人文化」でしたね(ww。

2011/6/26(日) 午前 3:54 tatsuya11147 返信する

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たつやさん、こんばんは!

>「支那人の殺人文化」でしたね(ww。

孔子の好物が人肉ですから、その後のシナ人は…。w

2011/6/26(日) 午後 10:46 [ 小窪兼新 ] 返信する

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