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『綺想礼讃』

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著:松山俊太郎  評:片山杜秀(音楽評論家・日本思想史研究者)


新聞書評より・・・


『「無用の用」の請負人


書店の売り上げ上位には、人間関係マニュアルや利殖指南の本が並ぶ。
あるいは時事問題の解説か、知らないと話題に乗り遅れる、はやりの小説か。
とにかくリアルに役立つ知識や情報ばかり求められるのが当世なのだろう。
とすれば、著者ほど今の世と相容れない人も珍しい。
時流と無関係に、どうでもよさそうなことばかりやっている。
梵語や蓮の研究とか、前時代の幻想小説の掘り起こしとか。
無用の用の専売請負人。それが松山俊太郎なのである。


本書はそんな彼がようやく傘寿の年に出した初の幻想文学論集。
私がその名を知ったのは中学一年の年の新刊、文庫版小栗虫太郎傑作選の選者としてだから、
そこからでさえ34年が経つ。マニアの渇きはついに癒やされた。


内容はいわゆる文芸批評の調子ではない。まるで文献考証学。ひたすら重箱の隅をつつく。
宮沢賢治の作中の植物名の表記に疑問符を投げかけ、渋澤龍彦の小説のタネ本捜しに明け暮れる。
本書で作家たちの面貌を手軽に知ろうとしたら肩透かしを食う。
しかしもちろん、細部を穿つと自ずと作家の実相に至る道筋は、密かについている。
あとは読者の眼力次第だ。


中でも圧巻はやはり一連の小栗虫太郎論考。
「黒死館殺人事件」で知られる戦前の特異な作家の一字一句に、著者がこだわりだすと、
眼光紙背に徹して、世界が軋み出す迫力を感じる。
たとえば「紅軍巴蟆(こうぐんぱむー)を越ゆ」(1939年)に登場する中国の地名の
どれが実在で架空かを子細に検討し、一見、中国共産軍ネタの時事的通俗小説が、
実は浮世ばなれした幻想小説と読み解くくだりは凄い。
表面はいかにも時代にこだわった作品を反時代的な領分へと奪還してみせるとき、
松山の文章はいちばん輝く。


有用の用には賞味期限がある。有用なものは時々刻々と変わるからだ。
しかし無用の用に期限はない。無用に古いも新しいもない。
本書は反時代的隠者のための永遠の聖典である。』

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