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今まで色々嘘ついたこともあったけど、今回だけは勘弁して、ということがあった。
だって嘘ないんだからさ。
中3の夏休み。受験の夏。
家はまぁまぁ裕福で、中学受験もした。俺はあまり物に執着がなかったけど、というのは全部両親が与えてくれていたからなんだと思う。時間も物も、愛も。
だから両親には感謝していた。あまり態度には出せないけど。
反抗期も特になかったし、親父は単身赴任でいなかったから母さんと仲良く暮らしてた。
うちの中学はほぼ皆そのままエスカレーター式で高校に上がるから、受験生といっても、そんなに重く響かない。
けれど、そうも言っていられない事件が起きた。
どうしてそのタイミングに居合わせてしまったのか、本当に運が悪いなと思ったよ。
地元の駅の本屋で立ち読みをしていたら、同じクラスの奴が目に入った。3人。
そんなに仲良い奴らでもなかったし普通にシカトしようと思った。
そしたら見ちゃったわけ。奴らが万引きしている所。バカじゃねぇの、と思った。
暇だな、とも。
すぐに居なくなると逆に怪しまれると思ったのか、しばらく店をうろうろしてた。
そしたら3人のうちの1人がこっちに気づいて一瞬まずそうな顔をした後、こっちに来た。
俺はわざわざチクったりしねぇよ、と思ったとき。
「君たち、こっちに来てくれるね。」
と、おっさんの店員がその一人の肩をポン、と叩いた。
結局、なんかよくわかんないうちに俺も巻き込まれた。
俺の非としては結局3人を止めなかったこと、らしい。
さんざん言い訳もしてみたけど、どうやらダメらしかった。
ちょっと待て冗談じゃねぇぞ、と予感して、それは見事に当たってしまった。
それからは結構大変。
母さんは呼び出しされるし、俺は10日間の停学処分。プラス、そのまま高校に上がれなくなった。
他校を受験しろ、ということだ。
母さんは俺の話を信じてくれた。
でも、先生は信じていないようだった。
本当は最初からグルだった、とかやってないと仮に言っても、止めないなら同罪とか言い始めた。
先生と今までそんなに関わりもなかったししょっちゅう問題を起こすような奴でもないからそんなに好きでも嫌いもなかったけど、今回のことで、結構嫌いになってしまった。先生は自分の生徒4人が停学になることで自分にも傷がつく、そう思ったんだろうな。まぁそれはそうかもしれないけど。そんなわけで先生はすごく冷たかった。
停学が明けた後も、なんかクラスの奴も離れてしまった感じだったし、まさか他の3人と居る気にもならないし、とりあえず一人になってしまった。
一人はそんなに苦じゃないけど、でも理由が理由なだけにふがいないし、正直頭にもきた。
母さんは「無理して学校いかなくてもいいんじゃないの」と、優しいんだか適当なことを言った。
学校にあまり行かなくなったのはラッキーだけど、でもやらなきゃいけないことがあった。
勉強。
だっていきなり受験生になってしまったからね。
「悔しいから、どうせならあの高校より頭良いところいきなよ」って母さんに言われて、それもそうだと思った。暇だし、久々に勉強するか、と。
都内でも有数の、進学塾に入った。少人数制で、個別の授業もとれる。実は中学受験の時もここで少し世話になったんだ。小さくてよく覚えてないんだけどさ。
その時の先生がまだ居てくれて、母さんが俺が高校に行けない事情を説明すると、先生はすごいでかい声で笑った。その後、「大丈夫ですよ。絶対そこより上いくでしょ。」と真剣な顔で言った。
授業は難しかった。だいたい今まで全然勉強していなかったから当たり前だ。
中1からやり直せ、と言われた。
普通中学生だったら、部活とか恋とかエロイことで頭がいっぱいなんだろうな。
でも俺はどれもなかった。だから見事に、導かれる様に勉強三昧の毎日になった。
塾の先生はいい人ばかり。悩みも聞いてくれたし、勉強も教えてくれる。話し込んで夜が遅くなると送ってくれたりもした。
俺は毎日塾に行って、朝から夜までずっと居た。
冬休みは集中の時期で、俺だけじゃなくてほぼ毎日、塾に通っている皆が来る。
いかにもガリ勉の奴や、全くやる気なさそうな奴もいて、女の子は4人しかいなかったけど、どの子も皆可愛かった。俺の中学が男子校だからかな、どの子も皆可愛く見えた。
その中で、少し気になる子がいた。
明らかに、場慣れしていないというか、いつも緊張している感じ。
周りの子とも、あまりうち解けていないようだった。
その気になっていた子が、冬休み明けに個別にくるようになった。
個別というのは個人授業のことで、先生と1対1。わかるまで、先には進ませないということ。
俺は朝と昼間はほぼ個別の教室にいた。団体の授業は学校が終わる時間に始まるから、それまではここしか居場所がなかったからだ。
先生と1対1だというのに、その子はまだ緊張しているみたいだった。
一番仲が良い先生が丁度その子に教える日があって、聞いてみた。
「あの制服の子って、最近入ってきたの?」
「谷口?んーお前が入る結構前だな。中3の春とか。」
「ふーん。」
「なに、お前あの子好きなわけ?」
「いや、そんなんじゃないけど、なんかいつも表情緊張してんなーって。」
「んーそうか?谷口は何気に、うちの塾では男どもの人気ナンバーワンだよ。可愛いって。」
「先生も、そう思うわけ?」
「うん。俺、好き。ちょっと不思議な感じとかさ。」
そうそう、不思議な感じなんだよな。ああいう女の子は見たことがない。
谷口さん、ていうのか。ていうか先生も素直に好きとか言っていいのか?
その後、谷口さんと第一志望校が同じということがわかった。
それを知ったとき、あ、これは受からなければと思った。
この子がどういう子なのか、もっと知りたい。
何を考え、何を思い、いつかこの時期のことをどう振り返るのか。
ただ、先生は「谷口は危ないんだよなぁ」と言った。
谷口さんは背伸びをしてその高校を受けるという。だから受かる確立も低いらしいんだ。
俺はと言うと夏からの驚異的な勉強の成果が一気に出て、ほぼ大丈夫と言われていた。
先生もびっくりの伸びだったらしい。
2月。
塾からの頼みもあって俺は5こ、受けた。そして見事パーフェクト。
母さんは単純に喜んだし、親父もビックリしてあわてて帰ってきてくれたくらいだ。
ついでに言うとうちの中学も驚いているようだった。なんでも、始まって以来の一番の実績を残したとか。
谷口さんは落ちてしまった。それが結構ショックだったんだ、実は。
うちの塾はその合格発表が出た時点で必ず塾に電話をし、報告しに行かなければいけなかった。
合格してりゃいいけど、落ちて行くのは結構しんどいかもしれない。
久々に家族3人で外食をして、そのまま塾に向かった。
到着すると、先生達が次々に笑顔で迎えてくれた。
受かって、周りの人が喜んでくれるのは素直に嬉しかった。学校なんかより、いつの間にかずっと安心できる場所に変わっていたんだな、ここが。
個別の教室に入ると、谷口さんがいた。俺の仲いい先生としゃべってた。
なんか、表情は意外と明るい感じ。
どうやら、谷口さんの母親が先生にお礼を言いに来たみたいで、それを待っているようだった。
最初は離れてその会話を聞いていたのだけど、途中で先生に気づかれた。
「あれ、お前来てたんだ。」
「うん。」
谷口さんは黒のタートルにチェックのスカート。いつもは制服だったのに、今日は違うんだ。
「あ、私と同じ高校受けた男の子って、この子?」
谷口さんが言った。
「そうそう。こいつは受かったよ。」
「そうなんだ!すごいなー私は全然問題わからなかったよ。」
色んな人におめでとうは言われたけど、その時谷口さんに言われたおめでとうが一番嬉しかった。
落ちてしまったわりには、谷口さんは元気だった。今まで見るどんな表情より、豊かな感じがした。
そのあと3人でずいぶん長くしゃべった。途中からは何故か先生が手品を始めたりした。俺は唯一できる手品をやった。谷口さんは俺が何か言うたびに首をかしげたり、うなずいたり、困ったように笑ったりした。
とにかく、可愛くてしょうがなかったんだ。
ひとつひとつの表情に、ものすごい引きつけられた。
一瞬も見逃さないように、手品が失敗するんじゃないかってくらい、手元なんて見ていなかった。
幸い成功すると、今まで見たことない大きな笑顔で笑った。
話は終わらなくて夜も遅くなってきて、何だかふわふわした気持ちだった。ずっと、続くような、終わらないような。
谷口さんと会ったのは、あの日が最後になった。
お互い違う高校だったし、塾も終わってしまって二人の共通は何もなくなってしまったから。
でも、今でも時々思い出すんだ。
だってあれがどう考えても、俺の初恋だったんだもん。
春の夜は特に、あの手品の夜を思い出しちゃうんだ。
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