The FIELD NOTEs

♯付きの書き込みはシリーズです。♯01からご覧ください。

The Coast Starlight #05

日が傾いてからでは遅い。そろそろダウンタウンに戻る足を確保しなければならない。バス停で次にバスが来る時間を確かめていると、時刻表に、サンタモニカ行きというバスがあるのに気が付いた。サンタモニカ!何て魅惑的な響きなのだろう。
 
サンタモニカなど全くプランには無かったし、どんな街なのかも知らないのだが、地名の響きからは、何となく、上品で、陽気で、ムーディーな世界が僕を待っているような気がしてならなかった。それに、今日は独立記念日。何かイベントが催されていたりするならば、最高である。
 
距離感覚も怪しかったが、ともかくも僕は、サンタモニカ行きのバスに乗り込んだ。20分ほどは走ったのであろうか。バスを降り、人が歩く方向に続くと、大きな公園が広がっていた。公園は、たくさんの人で賑わっている。これは楽しいことがあるに違いない。さらに奥へと進むと、公園の向こうに浜辺と遊園地が見えてきた。浜辺にも、ごま粒ほどの人達がごった返しているのが分かる。
 
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「ここで、何かあるんですか?」
僕は、海を眺めていた初老の夫婦に聞いてみた。
「花火さ。」
サンフランシスコからロサンゼルスに鉄道で渡り、旅のフィナーレを花火で飾る!こんな贅沢な旅はない。僕は一人で興奮していた。
 
公園のあちらこちらでは、さまざまなパフォーマー達が、観光客の目を楽しませている。サングラスをかけた、全身金一色の男と、銀一色の男。軽快なリズムに乗って彼らが演じるパントマイムは、これがまた良く出来たものだった。観客の女性を引きずり込んで一緒に踊るシーンでは、観客の間に爆笑が起こった。
 
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とうとう向かいの岬に、夕陽が沈んだ。空は次第に、黄金色から、紺色へと変わっていった。公園に集まっていた人々は、海が一望できるフェンスの近くへと群がり始めた。
 
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ところが、である。花火は観光客らの期待を余所に、一向に上がる気配がない。陽が落ちてから、もう数時間は経っている。待ちくたびれて帰ってしまう人も出てくる始末だ。
遥か遠くで、豆粒のような花火が音もなく上がっているのが見えた。きっと、隣の港町のものだろう。この小さな光の粒が、虚しさを増長させるかのようだった。
「中止になったのかもしれないな。」
隣にいた男性が呟いた。それは困る。遅くなってもいいから、何とか上がって欲しいと僕は願った。
 
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いつか上がるというのであれば、いくらでも待っていたいところではあるが、時計の針は既に8時を回ってしまった。帰りのバスが無くなってしまってはかなわない。僕は後ろ髪引かれながらも人ごみを離れ、とぼとぼとバス停に向かった。
 
ダウンタウン行きのバスは、静まり帰った夜のロサンゼルスをひたすら走った。こんなところに一人放り出されたら、生きて帰れないかもしれないな。そう思わずにはいられなかった。窓の外には、昼間には感じることのなかった、得も言われぬ不気味な空気が漂っているのだ。車内とて、例外ではない。多様な人種の人達が、険しい顔で座っている。走っているルートが気になって仕方がなかったが、
なるべく地図を見ないようにして、身を固くしながら、ダウンタウンが近づくのを待った。
 
―――
 
アメリカで最後の朝が来た。
ホテルのチェックアウトを済ませると、僕は早速、昨日訪ねたマンションのショールームへ向かった。この日最初の来場者は、他ならぬこの僕だった。扉を開けると、気品を感じさせる若い女性が応じてくれた。
「僕は日本からの旅行者で、日本では、マンションの市場調査の仕事をしています。
今日は、たまたま通りかかっただけなのですが、見学させてもらう訳にはいきませんか?」
女性は、お待ちください、というと、一度奥に戻って行った。
 
恐らく支配人に確認を取りに行ったのだろう。戻ってくると、僕を中に招いた。
「どうぞご覧ください。写真は、ご遠慮くださいね。」
ショールームの中央には、アクリル板で仕切られた間取りの模型があり、室内の写真などが、壁に飾られている。本来であれば、分譲マンションのパンフレットを貰うというのがお題であったのだが、残念なことに、ここで紹介しているのは、全て賃貸マンションとのことだった。ラックには、パンフレットが重なっている。貰ってもいいかと尋ねると、どうぞ、と言う。
 
やった。これでアイテムを手に入れた。昨日の花火は残念だったが、今回の旅でやりたかったことは、一応これで全てクリアだ。飛行機はもちろん、地下鉄、ケーブルカー、ボート、鉄道、タクシー、バスと、
考えられるあらゆる乗り物にも乗った気がする。もう、タイムリミットだ。急いで空港に向かわなければ、間に合わない。
 
予約している飛行機は全日空。乗ってしまえば、きっとそこはもう、日本みたいなものだろう。僕は目に映る風景、街ゆく人の会話を目と耳に焼き付けながら、空港へと急いだ。
 
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The Coast Starlight #04

次の日も、雲一つない快晴だった。ホテルの前の通りは、背の高いヤシの木が両サイドに連なっており、その向こうには、100階にはなるのではないかという高層ビル群がそびえ立つ。
 
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外の喫煙所で一服していると、愛嬌のある顔立ちをした小柄な男が近づいてくるではないか。身なりは悪くないのだが、真っ当な理由でこちらに向かってきたという感じでもない。一体何を言ってくるつもりだろうか。警戒心より、好奇心の方が前に出た。男は、ポケットから身分証明書を取り出して、何やら熱心に説明し出した。どうやら、自分はどこかの機関の職員なんだ、というようなことを言っているらしい。全く要領を得ない。悪いが、英語は分からないんだ、と僕が言うと、男は言った。
「少しお金を貰えないだろうか。食べものを買いたいんだ。」
回りくどい前置きがあったが、やはり目的は物乞いだった。
「お金も食べ物も、持っていない。」
「だったら、煙草を1本もらえないか。」
実に穏やかな面持ちで懇願された。現に煙草を手にしているのに、それがない、というのも、何だか変だ。僕が煙草を1本手渡すと、男はありがとう、と言って、満足そうに去っていった。
 
荷物をまとめてホテルから出ると、僕は取り敢えず、ロサンゼルスのダウンタウンに向かって歩いてみることにした。ニューヨークに次ぐ全米第2の都市、ロサンゼルスが、一体どんな喧騒渦巻く繁華街かと期待していたが、意外なことに、少なくともダウンタウンに関してはそれほど人通りがある訳でもなく、
オフィスビルが整然と立ち並んでいるに過ぎない。
 
どこか軽く食事が出来るところがないかと探していると、道路の向かいに、ショーウィンドーがあるのが目に付いた。ガラスには、ビラが貼り出され、その向こうには、何やら模型のようなものが置いてある。
もしかして、と、一気にテンションが上がった。近づいてみると、それは確かにマンションのショールームだった。
 
ところが、中には人の気配がない。入口に回って見ると、CLOSEDのサインがあり、扉には鍵が掛かっている。ガラス越しに、営業時間のパネルが見える。
  定休日、日曜日。営業時間、10時から18時まで。
今日は日曜日だ。せっかくショールームを見付けたというのに、誰もいないのでは、どうしようもない。とは言っても、明日がこの旅の最終日。マンションのパンフレットをもらうとしたら、もうここしかない。帰りの飛行機の搭乗時間は、明日の13時30分。どんなに遅くても、11時30分には空港についておかなければならない。明日の朝10時にパンフレットだけを貰って空港へ向かえば、何とか間に合う。パンフレット入手の見通しが立ち、僕の足取りは途端に軽くなった。
 
広く言うところのロサンゼルスという都市は、ダウンタウンを中心として、いくつかの近郊エリアから構成される。今から向かうハリウッドとビバリーヒルズも、その一部だ。ハリウッドと言うと、何やら遠い、ともすれば銀幕の向こうの別世界のような響きすらがあるが、路線図によれば、今いるダウンタウンの中心地、7丁目メトロセンターからものの20分程度で着いてしまいそうな距離にある。地下鉄の標識には、確かに「ノースハリウッド」の文字があった。次に地上に上がるときには、僕はハリウッドにいるのだ。
 
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ハリウッド・アンド・ハイランド駅の階段を上り地上へ出ると、確かにそこは、別世界と言う外なかった。派手なサインが街中を覆い、アニメ映画のキャラクター達が子供達と写真を撮っている。正に娯楽の殿堂と言った感じだ。
 
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何か飲み物でも買って寛ぎたいところだが、もう現金が殆ど無くなっている。トラベラーズチェックを受け取ってくれるところがあれば良いのだが、と思いながら、ショッピングモールのような建物ハリウッド・アンド・ハイランドの階段を上ってみた。
 
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そこで、思わぬ光景に出くわした。予めガイドブックで調べていたら、この感動はなかっただろう。彼方に見える丘には、かの有名な、“HOLLYWOOD”の白い看板。人生のうちで、まさか、この看板に直に出会う日が来ようとは思わなかった。僕は完全に、この突然の光景に酔いしれた。
 
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繁華街の路上には、何台もの観光バスが行き来していた。2階建てになっているのだが、2階部分には屋根が無い。恐らく、ビバリーヒルズの豪邸を回るツアーバスだろう。ビバリーヒルズまでは、地下鉄が通っていないし、僕がこれからしようというのも、言ってみれば豪邸めぐりだ。ここからツアーに参加してみるというのも良いのであろうが、いかにも観光客目当て、いかにも商業主義的な風体が、僕の心を遠ざけた。ポップコーンを頬張りながら、決められたコースをただ巡り、ハリウッドスターの邸宅前で記念撮影・・・。考えただけで、鳥肌が立つ。
 
ハリウッドからビバリーヒルズまでは、かなり距離はあるものの、決して歩けないというほどではない。
結局僕は、高級ブティックが軒を連ねるメルローズ通りを通って、ビバリーヒルズまで歩くことにした。何と心地良い日差しなのだろう。空気もカラカラに乾燥しており、不快な感じが一切しない。すぐに乾いてしまうからなのだろうが、炎天下にも関わらず、汗をかくということも全くなかった。
 
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ビバリーヒルズに近づくに連れ、道路にはベンツやレクサスなど、高級車の比率が増してくる。派手な街並みに雑多な観光客がひしめくハリウッドとは違い、ビバリーヒルズの周辺は、緑と白を基調とした、いかにも高級感漂う街並みが広がっている。
 
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高級ブランドショップが軒を連ねるビバリーヒルズの中心街、ロデオドライブに着いたときには、足が完全に疲弊していた。本来であれば、このさらに奥にあるであろう高級邸宅街を散策するつもりでいたのだが、この調子では、そこに足を踏み入れたが最後、自力で戻って来れなくなる恐れがある。
 
最初から、ハリウッドでツアーバスに乗り込めば良かっただろうか。後悔する気持ちも少しあったが、ここまで歩いたからこそ、感じられた空気というのも確かにあった。ハリウッドスターの邸宅を巡ることが出来たからと言って、何だと言うのだ。僕は、ここまで歩いて来て正解だったのだと、自分自身に言って聞かせた。
 
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The Coast Starlight #03

目覚まし時計のアラームが鳴った。目を開けると、天井の色がいつもと違う。そうだ。僕はいま、アメリカに来ているのだ。テレビを付けると、カリフォルニアの地図の上に、巨大な太陽のマークが映し出されている。やった。僕は軽く拳を握った。シャワーを浴びて、コーヒー沸かし、身支度をしていると、薄暗かった窓の外が、次第に明るくなってきた。よし、出発だ。いざ、ロサンゼルスへ。
 
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「おはようございます!」
フロントで声を上げると、扉の奥から、黒人のお兄さんが出てきた。
「チェックアウトをお願いします。それから、タクシーを呼んでもらえませんか?」
「どこに行く?」
「エメリービル駅です。アムトラックの。」
「OK。ちょっと待ってな。」
彼は若干無愛想だが、対応は機敏だった。暫くすると、タクシーがやってきた。僕は彼に礼を言い、ホテルを後にした。
 
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外は素晴らしい快晴で、タクシーの中でも、僕のテンションは上がりっぱなしだった。今から乗ろうとするアムトラックこそが、今回の旅の主役である。アメリカの主要都市の間を結ぶ、長距離寝台列車。僕は生まれてこの方、日本の鉄道に惹かれたことはないのだが、学生のときに初めて乗ったとき以来、不思議とこの列車には、魅了されてしまった。当時は、寝台車両には足を踏み入れることが無かったために、いつかはその車両に乗ってみたいとずっと思い続けていたのだ。
 
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15分ほど走ったところで、エメリービル駅に到着した。駅舎は、大きな待合室があるだけの実にシンプルな作りだ。そして、その向こうには、出発を待つ憧れのアムトラックが鎮座している。出発時間までもう少しだ。僕はカウンターでキャリーバッグを預けると、すぐさまプラットホームへと走った。
 
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たかが乗り物に、これほど見惚れたことはない。日本の列車にはなかなかない重厚感溢れる無骨なデザイン。その実物は、期待していた以上の存在感があった。
こうして暫く眺めていた、はずなのに、どうも様子がおかしい。時計を見ると、既に出発の時間を過ぎているではないか。
 
もっとも、旅のプランを立てたときから、一抹の不安は拭えなかった。アムトラックという乗り物は、数時間の遅れなど日常茶飯事だと聞いている。何しろ遥か北にあるシアトルから、この列車は南下して来るのだ。時間通りに運行できると言われる方が、むしろ不自然だと言わざるを得ない。しかし3時間程度までの遅れであればまだいいが、それ以上ともなると、真夜中のロサンゼルスを、ホテルを求めて歩くことにもなりかねない。それは避けたかった。
 
駅員に尋ねると、僕の乗る車両は、事故で遅れている、到着したら知らせるから、それまでアナウンスを待て、と言う。仕方なく、僕は車両の写真を撮ったり、コーヒーをすすったりしながら、時間を潰した。
 
そして3時間後。ついに、待ちに待ったコーストスターライト号が到着した。
 
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アムトラックの車両は、一般の座席がある車両と、寝台車、食堂車、そしてラウンジカーに分かれており、それぞれが2階建てになっている。僕が予約しているのは、寝台車の中でも、ルーメットと呼ばれる、小部屋である。小じんまりとした空間ながら、シートは折りたたみ式になっていて、1組の向かい合わせのソファ形式と、2段ベッド形式とに自由に変形できる。
 
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コーヒーやジュースの類もセルフサービスになっており、何杯だろうとお替わりは自由。流れる景色を楽しみながら、足を伸ばして寛げる。この興奮を誰にも伝えられないもどかしさはあるものの、至福の時間であることには変わりはなかった。
 
お昼を過ぎると、昼食の準備を知らせるアナウンスが入った。チケットに書かれた時間に食堂車に向かうと、きちんとクロスの掛かったテーブルで、いくつものグループが食事を楽しんでいた。テーブルは基本的に相席である。僕は、白髪の男性と、小学生くらいの男の子のいるテーブルに案内された。二人は祖父と孫という間柄と思われた。男性は知的かつ紳士的な面持ちをしており、男の子もいかにも利発そうな顔立ちをしている。
 
「僕は日本からの観光客で、昨日、サンフランシスコに着いたばかりなんです。」
僕が挨拶すると、男性は、親しみのある笑顔で僕を迎えた。
「この子のお母さんは、日本人なんだよ。」と言って、男の子の肩を叩いた。
道理で二人とも、初対面の東洋人、それも英語が片言の僕を前にして、全く困惑している様子が無い。そればかりか、日本のどこから来た?、仕事は何をしている?などと、熱心に話かけて来てくれる。彼の孫であろう男の子も、静かに僕らの話を聞いていたかと思えば、英語が聞き取れず惑う僕の表情を見抜いては、必死でヒントを投げかけようとしてくれる。
 
食事が終わると男性は、「アムトラックの食事なんて、大したものじゃなかっただろう?」と言って悪戯な笑みを浮かべたが、そんなことはない。この時間こそが最高だ。二人のお陰で楽しいランチタイムを過ごすことが出来た。
 
列車は、畑を抜け、湖を横切り、荒漠とした大地を突き進んだ。ラウンジのある車両では、音楽を聴く若者、熱心に議論を交わす男性、カードゲームを興じるカップルなど、ゆったりと流れる時間を、みな思い思いに楽しんでいた。出発が遅れたこともあり、ロサンゼルスに到着するのはきっと深夜0時近くにはなるだろう。少し横になってみようかとも考えたが、とても、眠りに付けるようなテンションではなかった。僕は窓に張り付くようにして、いつまでも外の景色を眺め続けた。
 
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夕食は、16時半と早かった。当然外はまだ明るい時間だ。僕が再び食堂車に移ると、今度は、男性1人と女性2人のいるテーブルに通された。「座ってもいいですか?」と断ると、男性は、「もちろん。君のシートだ。」と僕を招いた。男性はマイケルと名乗り、ジェシー、ケティと、正面の2人を紹介してくれた。彼らはサンタバーバラに住む祖父母の家に向かうのだと言う。彼らが親族同士なのは間違いないのだろうが、兄弟なのか、親子なのかが分からない。一番若く見えるケティと、残る二人マイケルとジェシーが、兄弟にしては歳が離れ、親子にしては、歳が近すぎるように思えるのだ。気になって仕方がないが、何となく失礼になるような気がして、問いかけの言葉が浮かんで来ない。
 
それにしても対面のケティが、とても可愛い。歳は20代前半と言ったところだろうか。ブロンドの髪に、透き通るような白い肌。どこからどう見ても僕とは違う”アメリカ人”だが、その笑顔は全く隔たりを感じさせない。一番話しかけてくれたのも、彼女だった。僕は彼女に夢中だったが、さすがに親族の前である。二人には悟られないよう、努めて3人平等に視線を送った。僕が旅行の日程を話していると、「明日はイベントもあるし、楽しみね。」とジェシーが言った。そう。明日は7月4日、この国の独立記念日である。敢えてこの日程を選んだ理由も、実はそこにあったのだ。どこでどんなイベントが行われるのか、具体的なことは何も知らないが、旅のフィナーレを花火とともに迎えることが出来れば最高だ。そんな期待がどこかにあった。
 
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外はすっかり闇に包まれたが、何とかその日のうちに、ロサンゼルスに到着できた。
 
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ホテルまで無事たどり着けるだろうかと不安に思っていたが、それは杞憂だった。乗り場には、まだ1台のタクシーが待機している。僕は予約してあるホテルの名前を告げ、後部座席に乗り込んだ。
 
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The Coast Starlight #02

入国審査を終えて、他の渡航者たちとともに、空港のロビーへと進んだ。ゲートの壁には、welcome to san francisco"のサイン。歩いているだけで、自然と頬がほころんでくる。
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取り敢えず空港に降り立ったというところまでは良いのだが、問題はここから先だ。ダウンタウンまでの行き方が、分からない。ロビーの周りをしばらく探索していると、その一角に、BARTという交通機関の乗り場があった。リニモを思わせるような、近代的なプラットフォームだ。路線図には、パウエルストリートという駅がある。そうだ、間違いない。このパウエルストリート駅こそが繁華街の中心地点。この駅から、港町フィッシャーマンズワーフまでのケーブルカーが出ているはずだ。
 
意気揚々と改札へと向かったが、券売機を前にして面食らった。機械の形が、日本のそれとはまるで違うのだ。周りを見渡すと、清掃員のおばさんに切符の買い方を聞いている男性がいる。彼がチケットを買い終わるのを見計らって、僕も、彼女に声を掛けてみた。
 
「パウエルストリートまで行きたいのですが・・買い方を教えてもらえませんか?」
僕が5ドル札を手にしているのを見て、彼女は、まずはお金を入れるようにと促した。僕が5ドル札を差し込むと、彼女は、何度かボタンを押して、画面の数字を4.7ドルに合わせた。すると、チケットとともに、お釣りが出てきた。何となく、仕組みが分かった。始めから買いたい金額を示すのではなく、お金を入れたら、買いたい金額になるまで、画面の数字を下げていくのだ。
 
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程なくして、列車はやってきた。僕は他の乗客らとともに、ダウンタウンへと向かった。パウエルストリート駅に到着し、地下ゲートをくぐって階段を上ると、そこは紛れもなく、アメリカだった。
燦然と輝く太陽。真っ青な空。からからに乾いた空気。多様な人種、多様なファッション。昨日までいた日本とは、完全に別世界。自分がいまここにいることに激しい違和感を覚えるほどだ。
 
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パウエルストリート駅の前には、路面を走るケーブルカーが待機しており、そしてその周りには、出発を待つ長い行列が出来ている。1回の乗車で、運賃は5ドル。僕も、列に並んだ。
 
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港町フィッシャーマンズワーフで出会う光景も、日本では決して見ることの出来ないものだった。道路に面してカフェやバーが軒を連ね、歩道にはパラソルの付いたテーブルが並んでいる。路行く人の半数は、サングラス姿だ。
それにしても、寒い。目に映る光景は、夏そのもの。路行く人も半袖姿で平気な顔をしているのに、僕だけだろうか、異様なほどに空気が冷たいのだ。
 
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この港から、ゴールデンゲートブリッジまでを周遊するボートが出ているはずだった。僕は、ボートの発着地である埠頭に向かって歩いていたが、その途中で、若い男性が客引きをしているのに目が止まった。彼が手にするプラカードには、ゴールデンゲートブリッジ$15.00、の文字がある。僕が乗ろうとしていたボートは、26ドル。なんと10ドル以上も安いではないか。
 
彼のボートは、とても小さく、見るからに不安定で、客室のような部分はなさそうだ。それでも全く問題はない。豪華さにお金を払うような旅を望んでいる訳ではないのだ。僕はこちらから声をかけ、ボートに乗り込んだ。後から乗ってきたのは、イラン系と思しき若者グループだった。
 
けたたましいエンジン音とともに、波をかき分けてボートは進んだ。波しぶきが覆いかぶさり、髪もシャツもびしょ濡れになった。これはまずい。ただでさえ寒いのに、濡れてしまうと震えが止まらなくなってくる。
「運転があらいよ!」
一緒に甲板に乗っていた若者グループの一人が叫んだ。彼もびしょ濡れである。
「たった15ドルで乗せてやってんだ!我慢しな!」
ガラス張りの操縦席から、男性が笑いながらこれに応じた。
 
これなら26ドルのボートに乗るべきだったか。寒さをこらえながら、僕は苦笑するしかなかった。それでも、遥か前方に、霧の中に赤い橋が見えてからは、僕の叫びは歓喜に変わった。
「ゴールデン・ゲート・ブリッジだ!」
 
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世界で最も美しい橋の一つと言われる、サンフランシスコの象徴である。
高校生の頃だったか、この橋をオープンカーで疾走するシーンをテレビで観て、心震わせていたものだが、いまそれが、現実に目の前にある。つい昨日まで、普通に仕事をしていたばかりだというのに。橋を潜るとボートは、半周し、もと来た途を引き返した。そして、映画「ザ・ロック」の舞台となった監獄島アルカトラズ島の周りを周回して、船着き場へと戻った。余りの寒さに一時はどうなることかと思ったが、何せ、一人だ。こういう体験も、悪くはない。
 
埠頭では、シーフードの露店に人だかりが出来ている。僕も少し食べて行きたくなった。考えてみたら、飛行機を降りてから、まだ何も口にしていないのだ。メニューらしきものがあるにはあるが、何を指しているのか判然としない。試しに「セットメニューはある?」と聞いてみると、店員の男性は、「ここから選んで。」と、ショーケースを指差した。何だかよく分からなかったが、フライのようなものを指差すと、男性は、2種類のフライを紙の箱に詰め込んだ。少しイメージとは違っていたが、僕は小エビのフライをひたすら口に運んだ。
 
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陽が、少し傾きかけてきた。そろそろホテルに向かわなければならない。ホテルがあるのは、サンフランシスコの市内ではなく、少し離れた近郊都市、バークレーだ。明日の朝の列車に乗るために、ホテルは駅の出来るだけ近くに取ってある。陽が落ちてからホテルを探して歩くことだけは、避けねばならない。僕は、ケーブルカーでもと来た道を引き返し、パウエルストリート駅から地下鉄でバークレーへと向かった。
 
バークレーの街は、さすがカリフォルニア大学のキャンパスがあるだけあって、落ち着いた文教エリアという空気が漂っていた。予約していたホテルは、アパート風の建物だった。ロビーやルームサービスなどというものとは無縁だが、1泊の料金を考えれば十分すぎる。
 
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ホテルの回りには、飲食店もあった。一杯飲みに出てみようかなどとも考えたが、体が付いてこなかった。明日は、6時半には絶対に起きて、8時までには絶対に駅に着いていなければならない。僕は目覚まし時計のアラームをセットすると、そのままベッドに倒れこんだ。
 
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The Coast Starlight #01

目を覚ますと、そこは、飛行機の中だった。離陸してから、何時間が過ぎたのだろう。いつの間にか機内は消灯しており、ダウンライトだけが、静かに光を落としている。数時間前に成田空港を発ったこの飛行機は、一路サンフランシスコに向かっている。今頃は太平洋の遥か上空を飛んでいるはずだ。
 
下界が見下ろせる窓際のシートを切望したが、それはかなわなかった。僕が座っているのは、左の窓から3番目の通路側。左の2席には、ラテン系と思われる夫婦が、毛布をかぶって眠っている。彼らとは離陸の前に、少しだけ挨拶を交わした。てっきり日本観光の帰りなのだろうと思ったが、彼らの渡航先は、シンガポールだった。成田空港は経由地点に過ぎず、日本に降り立った訳ではないのだそうだ。
 
5日間の一人旅に出るのだと彼らに話すと、2人は「5日だけ?」と驚いた。同じことは、出国前にも、決まって言われた。確かに、せっかくの機会である。もっと滞在できるに越したことはないが、仕事のことを考えれば、土日の2日と3日の休暇、この日程が限界だ。その代わり、一切の通信手段を絶って来ている。今日から5日間だけは、完全に日常から放たれたいのだ。
          
一人というのも、不思議がられるポイントだった。確かに旅の楽しさという点から言えば、仲間同士の方が数倍楽しい。その代わり、得られる感動は、仲間と共有できる範囲を超えられない。一人であれば、恥も外聞も恐れず、足の赴くまま、心のときめくままに行動できる。だからこそ、自身の五感が研ぎ澄まされるような感覚が得られるのだ。
 
現地に着いたら、日本語のガイドブックには頼らないと決めていた。かと言って完璧に読み込んでから出発すれば、現地での感動が薄くなる。結局、軽くめくる程度に留めておいたガイドブックを、ここぞとばかりにショルダーバッグから取り出した。用意していたのは、2冊。地球の歩き方シリーズの、「サンフランシスコ編」と「ロサンゼルス編」である。
 
今この飛行機が向かっているのはサンフランシスコに他ならないが、そこが目的地という訳ではない。そもそも僕は、サンフランシスコのことを、何も知らない。知っているのは、昔テレビで見た赤い橋「ゴールデンゲートブリッジ」が、この街のどこかにあるということくらいのものだ。
 
この旅に、目的地などというものは存在しない。少しでも体よく休暇を取ろうと、会社の上司や同僚には、「アメリカの高級住宅地を視察する」などと話したが、それも、本来の目的地という訳ではない。
この旅の主題は、”移動”そのもの。宿泊以外では、どこにも立ち止まるつもりはない。
 
空港を出てサンフランシスコの街を歩いたら、近郊都市のバークレーに向かい、そこで1泊。翌朝、寝台列車で、一路ロサンゼルスへと移動する。距離にして約630km。名古屋〜熊本間の直線距離に相当する長旅である。ロサンゼルスでは2泊して、その間にハリウッドとビバリーヒルズを歩いて回る。アメリカを発つのは往きとは違い、今度はロサンゼルス空港から、という訳だ。
 
実はこの5日間のうちに、是非ともかなえておきたいミッションがある。それは、アメリカのマンションのパンフレットを持ち帰ること。この度の休暇を関連部署の上司に申し出たとき、冗談めかして言い渡された、言わば休暇の”条件”だ。何とも面白いではないか。視察旅行と吹かした以上、持ち帰るべき結果があると言うのも肯ける。それに出来ない相談ではない。日本であれば、普段、仕事でやっていることだし、2つの大都市を回っておいて、マンションが売られていないということもないだろう。マンションがあるならば、必ずどこかに広告がある。パンフレットを手に出来るかどうかは、完全に、僕のセンスと度胸の問題である。
 
日本を出てから約9時間。飛行機は次第に高度を下げ始めた。窓際の乗客は次々とシェードを上げ、外を眺めている。僕のシートからも、機体が傾く度に、整然と区画整理されたサンフランシスコ郊外の街並みが見える。ドスンという衝撃音とともに、機体は滑走路に降り立った。停止してから暫くすると、ベルト着用のサインが消え、機内にアナウンスが流れた。
 
  当機はカリフォルニア州、サンフランシスコ国際空港に到着しました。
 只今の現地時刻は、7月2日、午前10時45分。天候は晴れ。気温は華氏60度・・。
 
外に見える標識や看板は、もはや全て、英語である。空や木々の色は、日本のそれと、何ら変わることはないにも関わらず、そこに流れる空気が、日本のそれとは、違って見える。
 
僕は本当に、サンフランシスコに着いてしまった。
 
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masafumi sugihara
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