The Coast Starlight #05
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日が傾いてからでは遅い。そろそろダウンタウンに戻る足を確保しなければならない。バス停で次にバスが来る時間を確かめていると、時刻表に、サンタモニカ行きというバスがあるのに気が付いた。サンタモニカ!何て魅惑的な響きなのだろう。
サンタモニカなど全くプランには無かったし、どんな街なのかも知らないのだが、地名の響きからは、何となく、上品で、陽気で、ムーディーな世界が僕を待っているような気がしてならなかった。それに、今日は独立記念日。何かイベントが催されていたりするならば、最高である。
距離感覚も怪しかったが、ともかくも僕は、サンタモニカ行きのバスに乗り込んだ。20分ほどは走ったのであろうか。バスを降り、人が歩く方向に続くと、大きな公園が広がっていた。公園は、たくさんの人で賑わっている。これは楽しいことがあるに違いない。さらに奥へと進むと、公園の向こうに浜辺と遊園地が見えてきた。浜辺にも、ごま粒ほどの人達がごった返しているのが分かる。
「ここで、何かあるんですか?」
僕は、海を眺めていた初老の夫婦に聞いてみた。
「花火さ。」
サンフランシスコからロサンゼルスに鉄道で渡り、旅のフィナーレを花火で飾る!こんな贅沢な旅はない。僕は一人で興奮していた。
公園のあちらこちらでは、さまざまなパフォーマー達が、観光客の目を楽しませている。サングラスをかけた、全身金一色の男と、銀一色の男。軽快なリズムに乗って彼らが演じるパントマイムは、これがまた良く出来たものだった。観客の女性を引きずり込んで一緒に踊るシーンでは、観客の間に爆笑が起こった。
とうとう向かいの岬に、夕陽が沈んだ。空は次第に、黄金色から、紺色へと変わっていった。公園に集まっていた人々は、海が一望できるフェンスの近くへと群がり始めた。
ところが、である。花火は観光客らの期待を余所に、一向に上がる気配がない。陽が落ちてから、もう数時間は経っている。待ちくたびれて帰ってしまう人も出てくる始末だ。
遥か遠くで、豆粒のような花火が音もなく上がっているのが見えた。きっと、隣の港町のものだろう。この小さな光の粒が、虚しさを増長させるかのようだった。
「中止になったのかもしれないな。」
隣にいた男性が呟いた。それは困る。遅くなってもいいから、何とか上がって欲しいと僕は願った。
いつか上がるというのであれば、いくらでも待っていたいところではあるが、時計の針は既に8時を回ってしまった。帰りのバスが無くなってしまってはかなわない。僕は後ろ髪引かれながらも人ごみを離れ、とぼとぼとバス停に向かった。
ダウンタウン行きのバスは、静まり帰った夜のロサンゼルスをひたすら走った。こんなところに一人放り出されたら、生きて帰れないかもしれないな。そう思わずにはいられなかった。窓の外には、昼間には感じることのなかった、得も言われぬ不気味な空気が漂っているのだ。車内とて、例外ではない。多様な人種の人達が、険しい顔で座っている。走っているルートが気になって仕方がなかったが、
なるべく地図を見ないようにして、身を固くしながら、ダウンタウンが近づくのを待った。
―――
アメリカで最後の朝が来た。
ホテルのチェックアウトを済ませると、僕は早速、昨日訪ねたマンションのショールームへ向かった。この日最初の来場者は、他ならぬこの僕だった。扉を開けると、気品を感じさせる若い女性が応じてくれた。
「僕は日本からの旅行者で、日本では、マンションの市場調査の仕事をしています。
今日は、たまたま通りかかっただけなのですが、見学させてもらう訳にはいきませんか?」
女性は、お待ちください、というと、一度奥に戻って行った。
恐らく支配人に確認を取りに行ったのだろう。戻ってくると、僕を中に招いた。
「どうぞご覧ください。写真は、ご遠慮くださいね。」
ショールームの中央には、アクリル板で仕切られた間取りの模型があり、室内の写真などが、壁に飾られている。本来であれば、分譲マンションのパンフレットを貰うというのがお題であったのだが、残念なことに、ここで紹介しているのは、全て賃貸マンションとのことだった。ラックには、パンフレットが重なっている。貰ってもいいかと尋ねると、どうぞ、と言う。
やった。これでアイテムを手に入れた。昨日の花火は残念だったが、今回の旅でやりたかったことは、一応これで全てクリアだ。飛行機はもちろん、地下鉄、ケーブルカー、ボート、鉄道、タクシー、バスと、
考えられるあらゆる乗り物にも乗った気がする。もう、タイムリミットだ。急いで空港に向かわなければ、間に合わない。
予約している飛行機は全日空。乗ってしまえば、きっとそこはもう、日本みたいなものだろう。僕は目に映る風景、街ゆく人の会話を目と耳に焼き付けながら、空港へと急いだ。
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