線量計なくして作業はなし
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「代表なくして課税なし」とはアメリカ独立運動のなかのスローガンである。
とんでもない話で、事実なら復旧作業も原子炉の冷却作業を拒否してもさしつかえないし。それで関東地方が汚染されてもそれはそれで仕方ないこと。なぜなら現場の作業員こそもっとも守らなければならない人々で、この人々がいなければ復旧はありえず、この人々がいったい何分間、あるいは何日間現地で仕事ができるかを決定できるかを決めるのが線量計だからである。
こういった環境での線量オーバーした人は現場(手を動かす係)から下がってバックアップ(考える係)に移れば良いだけだが、その入替りタイミングが分からない現状では実際作業などできないだろう。そしてぶっつけ本番の作業をさせられて責任だけ取らされるのであれば、文字どおりに命がけで作業する事自体がおかしい。
それならば炉からの放射線による被害は今まで発電所からの電気を受けていた関東地方の全員がかぶるべきである。
最近、「現場力」なる怪しげな日本社会礼賛の言葉がはやり始めたが、この言葉、本当の意味することは管理部門・設計部門の無能を現場の場当たり主義のつじつま合わせでその場をしのいでいることを意味している。いずれ破綻するのだが、その責任は何もしなかった管理部門がとるのではなく、何かをした現場に責任を取らせることなのである。
以前たいへん「できる」品質課長の言葉を思い出す。
「理屈に合わない事を言い出す顧客の言うことは聞かなくて良い。それは言わされているだけだから、突き返すように」
原発で悪戦苦闘しているみなさん、あなた方の代わりはほとんどいないので、怪我と無駄な被爆にはくれぐれも御注意ください。医療系のしょぼい線量しか扱っていない者からせめて送ることができる言葉です。 |

こういう会社が原発の管理運営を行っているのを見ると、腹立たしさより、恐怖を覚える。其れが現実の日本だ。
2011/4/1(金) 午後 3:53 [ NPO法人 動物救護里親の会 ]