この日曜日が復活祭だった為、セリエAカンピオナート第31節は全試合土曜日に行われました。
サンシーロで行われるミラン−フィオレンティーナ戦に行く予定でしたが、ストラマッチョーニのインテルが気に掛かり、直前に行くのを取りやめ、TVでカリアリ−インテル戦を観戦しました。
まずそのカリアリ−インテル戦から
カリアリ−インテル(2−2)前半5分アストーリ(カ)、6分ミリート(イ)、後半16分ピニッラ(カ)、19分カンビアッソ(イ)
ボール支配率:カリアリ38,6%、インテル61,4%
シュート数:カリアリ8本(枠内3)、インテル9本(枠内6)
この試合カリアリのホーム試合ですが、安全の為に老朽化したホーム・スタジアム(サンタ・エリア)の収容人数を14000人まで減らされたことにより、セリエAの基準最低収容人数20000人に足らなくなリ、スロベニアとの国境に近い街・トリエステのスタジアムを借りて行うことになりました。
このトリエステのスタジアムは昔アントラーズのイタリア遠征の時に、アントラーズと一緒にイタリア代表試合(相手国についてはど忘れしました)を観戦したことのある思い出深いスタジアムです。
なかなか観戦し易い良いスタジアムです。
さてトリエステでの試合はイタリア全国にティフォージがいるインテルにとっては有利な条件だったのですが、試合はカリアリに先制されて追うかたちの苦しいゲーム展開となり引き分けで終了。
この試合のインテルも前節同様に4−3−3を採用、選手の入れ替えは出場停止のディフェンスセンター・ルシオに代わってラノッキアを、中盤のポーリに代えてグアリンを起用しました。
攻撃面ではストラマッチョーニの信頼を勝ち得た感のある左サイド・アタッカーのサラテが悪癖であるボールの持ち過ぎをあまり出さずに良いアクセントを与えて、この試合でもミリート(今年に入ってゴールを量産していますね)に素晴らしいアシストを供給していましたが、右サイドアタッカーに起用されているフォルランがまったく消えたように存在感がなし。
元々2トップでのセカンドアタッカー・タイプなので、このポジションが適役(今のインテルでは彼しかいませんが)ではないこともあるでしょうが、それにしてもまったくいいところがなさすぎです。
火曜日のラ・ガゼッタによると、ストラマッチョーニも2試合でフォルランに見切りをつけ、水曜日の次戦ではこのポジションに負傷から復帰のアルバレス(彼も適役とは言えませんが)を起用するようです。
インテルは2−1とリードされた後、ゴールを決めたピリッラの累積警告による退場処分(ゴールの後、禁止されている柵によじ登って喜びを表現した為)で残り約30分を数的有利で戦ったのですが、数的有利を生かせずに1点返すのが精一杯でした。
今シーズンのインテルの問題箇所はディフェンス(特にセンター)ですが、この試合でもカリアリの先制点はラノッキア対応の甘さが原因。
長友はこの試合でもスタメンを外れ、ベンチを温めていましたが、インテルのサイドのディフェンスについては、この2試合共、特別ミスがあったわけでもなく、出場停止処分や負傷などのアクシデントがない限り、長友の出番はなさそうですね。
次に同じ時刻にキックオフだったミランーフィオレンティーナ戦。
ミラン−フィオレンティーナ(1−2)前半31分PKでイブラ(ミ)、後半2分ヨヴェティッチ(フィ)、44分アマウリ(フィ)
ボール支配率:ミラン57%、フィオ43%
シュート数:ミラン、フィオ共に10本(枠内5)
インテル戦に集中していたために、ミラン戦は偶にチャンネルを変えて状況を確認していただけです。
イブラがPKで先制したことを知り、ミランの楽勝だと思っていただけに予想外の結果でした。
水曜日のバルサ戦での疲れ(精神的にも)が出たようですね。
ミランにとっての朗報はカッサーノが後半39分にカムバックを果たしたことだけです。
1−1から決勝ゴールを決めたのが、この冬の移籍マーケットでユーヴェから移籍したアマウリ。アマウリは移籍直後のインタビューで、ユーヴェと監督のコンテに対して恨み辛みを語っていただけに、なんとも皮肉な結末となりました。
この結果、午後6時半から行われたパレルモーユーヴェ戦がより面白く観戦出来ました。
ということでパレルモ−ユーヴェ戦。
パレルモ−ユーヴェ(0−2)後半12分ボヌッチ、24分クアリャレッラ
ボール支配率:パレルモ35%、ユーヴェ65%
シュート数:パレルモ4本(枠内1)、ユーヴェ19本(枠内8)
この試合に勝てば負けたミランに替わって首位に立てるユーヴェ、いつも以上に気迫がみなぎった試合運びで、前半から攻勢に出ましたが、攻撃の割にゴールがなかなか訪れないいつものユーヴェで前半をスコアレスで終了。しかし今シーズンのユーヴェは後半に失速した昨シーズンまでのユーヴェとは違い、90分間集中力・運動力が
落ちないどころか、後半に勝負を決める試合が多く見られます。この試合でも後半に入って2ゴールを連取しました。
残り7試合でユーヴェが1ポイント差で念願の首位に立ちました。
最後は夜に行われたラツィオ−ナポリ戦。
ラツィオ−ナポリ(3−1)前半9分カンドレーバ(ラ)、34分パンデフ(ナ)、後半23分マウリ(ラ)、36分PKでレデズマ(ラ)
ボール支配率:ラツィオ41,6%、ナポリ58,4%
シュート数:ラツィオ10本(枠内5)、ナポリ5本(枠内2)
チャンピオンズリーグ参加枠最後の一つを争っている両チームの試合は、ラツィオの快勝しました。
得点力だけではなく、精神的にも今シーズンのラツィオの主柱となっているクローゼがリタイアで使えないため、3テノールを配するナポリが有利かな?と思っていたのですが、ラツィオが勝って3位の目標に一歩近づきました。
1−1から後半に決めたマウリのゴールは本当にスペクタルなボレーシュートでした。
今節はこのゴールだけではなく、ローマ戦で決めたレッチェのムリエルのドリブルからの鮮やかなロングシュートや、パルマ戦でのディナターレのシュートなど、素晴らしくスペクタルなシュートが見られました。
最後にラツィオはこの試合に喪章を腕に付けて試合に挑みました。
これは60年代後半から70年代にストライカーとして活躍し、ラツィオに初めてスクデットをもたらしたジョルジョ・キナーリアが心臓麻痺でなくなったためですが、キナーリアは僕にとっても思い出深いストライカーでした。
ちょうどこちらに来た1974年はキナーリアが一番円熟味を増して頑張っていた頃で、当時のイタリアでは珍しい巨漢(186cm)を生かしての豪快なシュートは印象的でした。
190cmを超す選手も多くいる現在では186cmは特別大きく感じられませんが、70年代ぐらいまではGKでも180cmを切る選手が結構いた時代です。
当時のラツィオはおそらくセリエAで一番スペクタルなカルチョをしていたと思います。
キナーリア以外にもテクニシャンでリベロのウイルソン(キャプテン)、右サイドバックのテクニシャン・マルティーニ、中盤のダイナモ・レチェコーニ(負傷休養中に冗談から宝石強盗と間違われ射殺される)、ブラジル選手のようなテクニックの持ち主のダミーコ等、イタリア代表級の選手が目白押しでしたが、親分肌の性格のキナーリアが派閥を形成してラツィオを仕切っていて、まさにミスター・ラツィオといった存在でした。
彼はまだまだ衰えが見えない1976年の4月にアメリカのチーム・ニューヨーク・コスモスに移籍し、コスモスで活躍後にイタリアに戻り、一時はラツィオの会長を務めるなど派手な存在でしたが、根がお人好しで大まかな性格の為か、球団経営や会社経営を巡る犯罪に巻き込まれるなど警察から追われ、アメリカで逃亡生活を送っていました。
享年65才。 合掌。
日本赤十字社・東北関東大震災義援金
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