伊那谷の冬 その12 電車の母
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下平から30‰の急坂を駆け上り、 |
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変電所と119系電車
今年3月に飯田線の119系が姿を消す。 かつて旧型国電を追放した119系で、ファンには好ましからぬ電車としていまいち人気の上がらない電車だったが、ここへきてこれも消えてゆく…。 冬の晴れた一日、これを収めておこうと出かけてみた。 しかし昼間はほとんど運用に入っていずに、まともな写真はこれ一枚。 飯田線開業当時から飯田線を支えてきたすてきな変電所とのコラボレーション。 でも他車両ではあるが、中央アルプスや南アルプスとの絡みも撮れたのでまずまずとするか。 (2012年2月11
2012/2/14(火) 午前 10:58 [ 風、土、植物とレイル<2> ]
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なるほど、そういう意味でしたか、納得しました。
実用性とか機能を超越した造りが随所に観られる建物ですね。
2012/2/8(水) 午後 8:14
昔から姿変わらずに役目を果たしているんですね。
40‰勾配、R140(でしたっけ?)、架線柱、古い変電所。
やはり飯田線の舞台は変わっていませんね。
昔、田切駅でクモハ54の真ん中のドアから降りようとしたら、
電車とホームの隙間に驚いたことがありました(懐)
2012/2/8(水) 午後 9:40
なるほど、発電所がありましたか!
おぼろげに、各所に小さな電力施設があったのを覚えています。
飯田線は発電能力に限界があるので、同時に走れる電車の上限数が決まっていて、いつか何かの臨時列車を走らすときに、気動車を持ってきたそうですね。
2012/2/8(水) 午後 10:05
改めて調べてみると、1923年と言えば、伊那電気鉄道時代からの変電所なんですね。
飯田線の前身の私鉄群もそうですし、小海線の前身の佐久鉄道もそうですし、
実現はしませんでしたが、諏訪から佐久を通って布引電鉄へ乗り入れ、
小諸に至る鉄道計画もそうですし、
長野県は地元有力者による鉄道敷設が熱心なところだったようですね。
そう言えば、東急の五島慶太も小県の青木村の出でしたね。
2012/2/8(水) 午後 11:53
我々が撮り通っていた頃の旧型国電よりも、この施設の方が古いのですね。それが今でもしっかり稼働しているんですから、凄いです。
まだまだ探せばいろいろな物が出てきそうなこの界隈。また行きたくなってしまいました。
2012/2/9(木) 午前 10:55 [ nobita_1221m ]
伊那松島の構内にも古びた変電所が残っていました。確かに探せばまだまだありそうですね。
こんな所に変電所なんて変でんしょ?などと思ったのでした(殴
2012/2/9(木) 午後 2:55 [ wideview85hidananki ]
まつしまさま:てっぺんに十字架を立てたら、お御堂になりそうでした。
2012/2/9(木) 午後 7:20
RDP3さま:旧田切駅のカーブ、あれは凄かったですね。Ωカーブがそのままホームにつながっている気がしました。
2012/2/9(木) 午後 7:23
徒然鉄さま:中部天竜の佐久間レールパークが閉園の際に、気動車が走りましたが、それが理由でしたか!
2012/2/9(木) 午後 7:24
あつさま:いつもながらの調査力、恐れ入りました。山吹駅開業と同時に作られたみたいです。
確かに長野は色んな、それも電鉄が多いのが一つの特色ですね。
2012/2/9(木) 午後 7:25
のびたさま:アルプスという条件を外せば、色んなものが見えてきそうですね。
今度は373と213を狙いに行きますか。
2012/2/9(木) 午後 7:26
wideview85hidanankiさま:思わず胡麻麦茶を吹いてキーボードをダメにしてしまいました。謝罪と償いを(斬
2012/2/9(木) 午後 7:34
このお写真に刺激されて、ここへ行ってきました。
伊那松島、山吹…。飯田線の変電所って素敵ですね。
トラバお願いします。
2012/2/14(火) 午前 10:57 [ 日本一周 ]
日本一周さま:青空にすっくと立つ変電所の建物、とても素敵でした。あんな感じにまとめてみたかったです。
2012/2/14(火) 午後 7:10