南鮒の「食い旧」

一歩一歩、あしたへ向かって。

飯田線

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あっという間

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あっという間に花の季節が終わってしまいました。

今週末くらいは小淵沢あたりまで伸すべえか、
と思っていたら遠出できない事情も出来ちゃったし、
天気も悪いし…。



まあ、以前はこんな写真も撮れたからイイか、
と昔のカットを眺めて己を慰めています。

(2008.4 伊那大島にて)

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午後に思ったこと

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1981年の11月、
七久保〜伊那本郷を行く54117+68408の2連です。



大糸線や身延線の戦前型に比べると、
伊那松島の車は綺麗だった記憶があったのですが、
これを見ると結構パッチワークが入っています。

人の記憶なんざいい加減なもんだな、
と呟きながらツリカケの唸りを思い出した午後でした。

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新たな楽しみへ

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119系が引退して以来、
飯田線関連の記事を目にしなくなりました。


たしかに東海のコクテツガタは姿を消しましたが、
長野色の115系やラウンドフォルムの373系、
そして2ドアの213系や東海顔の進化系313系など、
電化ローカル線とは思えぬ豊富な車種は健在。



そして伊那谷から豊橋へ至る美しい沿線の景色。

引退騒ぎが一段落したこの春以降が、
飯田線の新たな楽しみを見つけるチャンスかもしれません。

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飯田線外伝  29年前の浜松で 

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今から29年前の浜松電留線の光景です。

様々な戦前型旧国や全金属製の80系が居並ぶ中、
クハ86300番台とクモハ53007が寄り添っていました。



165系や119系に追われて日車豊川での解体待ちのため、
浜松に疎開していた古豪たち。

その旧形国電を追いやった119系の終焉の日、なんてのは、
これを撮っている時は想像もつきませんでしたが、
新幹線でこの場所を見るたびに、
寂しく群れていた旧国を思い出していました。



そして一昨日。

今度は119系が同じ場所で解体待ちをしているのを
新幹線の窓越しに見て、
改めて月日が流れる早さを感じるのと同時に、
29年前の光景を改めて鮮烈に思い出したのでした。

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飯田線外伝 見えない轍に導かれ

急な出張で昨日、
ひかり⇔しらさぎ、と乗り継いで野々市へ行ってきました。



悲しいかな撮影する時間はとれないので、
「乗り鉄」と割り切って新幹線の車窓からカメラを構えます。

三島あたりでお約束の富士山を撮って、
次に浜松を過ぎて撮った光景がこれ。
イメージ 1

浜松の留置線に居並ぶ119系です。



路線が長くて車庫も小さな飯田線では、
これだけの数が揃うことはありません。

奇しくも彼等が追いやった旧国達が最期を待った場所で、
同じく最期を待つ事になった119系。

まるで何かの見えない轍に導かれているかのようでした。

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開設日: 2006/6/17(土)


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