生活メモ

もうすぐクリスマス♡

全体表示

[ リスト ]

제주항일기념관(済州抗日記念館)1


イメージ 1これが済州抗日記念館→
取り敢えず、せっかく来たので記念館を見ることにしました。
時間があればゆっくり見たいところだけど、時間がないのでざざっと見ようと思いました。
イメージ 2←入場券

ところが、入場券買う時に「日本人ですか?」って聞かれて、
入場すると、日本語を話せるお婆さん(学芸員)が来てくれて解説してくれるんです。

本当だったら、大変ありがたいことなんですが、このときは時間がなかったので参ったなぁと思いました。
でも、むげに断るのも悪いし、本質的には解説してもらえるのはありがたいので、解説してもらいました。


イメージ 3イメージ 4ここには、記念館以外に、記念碑などもあります。これも時間がないので写真を撮っただけって感じ。


帰りは、来たルートで海岸沿いに帰ると間に合わなさそうだったので、済州に出て島を横断するルートで戻ることにしました。

バス停で地図を見ながら考えていたら、済州市内バスが来たので行き先の「제주」という文字だけを見て乗ってしまったんですが、乗ってから重要なことに気付きました。済州市街には行ったことがないのでこのバスの行き先である「제주」がどこを意味するのかが分からない・・・

地図と車窓から見える地名とかを照らし合わせて現在地を把握しながら緊張して乗って、市街に入った後、KALホテルの近くで降りて市外バスターミナルまで走りました。もしかしたら乗ってたバスも市外バスターミナルあるいはその近くまで行ったのかもしれないですが、行くかどうか分からないので・・・。
結構遠かったです。

そして市外バスターミナルからバスに乗り事なきを得ました。ちょっとドキドキした日でした。

この記事に

閉じる コメント(7)

むーん、先日の葬儀参列の折も、初めての土地でバスに乗る際、やはりドキドキでした
たまたま親切な土地の人に教えてもらえたので無事辿り着けましたが…
外国で、しかも時間制限有り、ともなれば、緊張はいやがうえにも高まりますね〜

2010/1/15(金) 午前 7:36 [ cachet_cache ] <<コメントに返信する

顔アイコン

バスにの乗れるなんてすごい事です。聞き取りが難しくて...
私の場合、行き先をメモしていって、乗ったら運転手さんに「여기 가고 싶어요]と渡して、運転手席の真後ろに座るか、立つ...で、
しばらく過ごしましたよ^^

2010/1/15(金) 午前 11:35 [ fuu ] <<コメントに返信する

顔アイコン

cacheさん、そうですね。バスは難しいですね。どのバスに乗ればいいのかもよく分からないし、前乗り、後ろ乗り、先払い、後払い、整理券要不要・・・、色色ありますからね。
このときは、済州島で不自由なく過ごしていたのでちょっと天狗になってました。それで無警戒にバスに乗ってしまいました^^;;

2010/1/15(金) 午後 11:15 ミネチュ <<コメントに返信する

顔アイコン

fuuさん。いえいえ、もちろん聞き取り不能なので、運転手に行き先告げてできるだけ一番前に座るようにしてましたよ。
このときは、地図と車窓の風景や地名を照らし合わせて現在地を確認し続けましたよ!!もう本当にどうしようかと思いました。信号で止まったときに運転手にちょっと聞いてみだんですが、ものすごく冷たくあしらわれてしまったし・・・

2010/1/15(金) 午後 11:17 ミネチュ <<コメントに返信する

ここには1度行ったのですがもう行きたくないというのが正直な気持ちです。
KALホテルの近くから市外バスターミナルまで走りったんですか?結構距離があると思いますけど...。済州市自体あまり行かないのでの市内バスは私も良く分からないんですよ。行き先の分からないバスに乗った時は本当にドキドキですよね〜〜。

2010/1/16(土) 午前 11:31 *さゆりん* <<コメントに返信する

顔アイコン

さゆりんさん。
KALホテルからバスターミナルは地図を見て思ったよりも遠くて参りました。しかも市内バスで失敗したのに、市外バスターミナルでも중문って書いてるバスを見つけてルート確認せず運転手に「컨벤션센터에 가요?」って聞いて乗りこみました。乗ってから「西回り線だったどうしよう?」って不安になりましたが、西部産業道路経由のバスでした。ヤレヤレ。

2010/1/16(土) 午後 1:53 ミネチュ <<コメントに返信する

顔アイコン

済州島の抗蒙遺跡
高麗(朝鮮半島)人の最後の対モンゴル激戦地、缸坡頭里(ハンパドゥリ)

高麗・元宗14年(1273)、麗蒙連合軍に対抗して戦った三別抄は江華島と珍島で 相次いで敗れ、最後の激戦地となった済州島に渡り、プルグンオルムに二重土城 を築いたが、これが現在の済州・缸坡頭里(ハンパドゥリ)だ。
全長6kmにわたる 土城(高さ5m、幅3.4m)であり、石で築いた内城800m及び宮址、役所、各種防 御施設を取り揃えた要塞であった。

しかし1273年4月、缸坡頭里は遂に陷落し、 三別抄は最後の1人まで抗争しながら玉砕の道を選んだ。三別抄の流した血が オルムの土を赤く染め、その時からこのオルムは「プルグン(赤い)オルム」と呼ば れるようになったと伝えられている。
現在は昔の名残を見つけることができる土 城が部分的に残っている。その他にも蝶番、瓦、池跡などの様多くの遺跡が発見 されており、缸坡頭里内の展示館に展示され、歴史教育の場として活用されている。
また、入口にある抗蒙殉義碑は三別抄の愛国精神を称えている。

済州島には朝鮮半島がモンゴルの侵略を戦った最後の遺跡

2014/7/13(日) 午後 1:28 [ 元寇を学び日本を護る ] <<コメントに返信する

コメント投稿
名前パスワードブログ
絵文字
×
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

閉じる トラックバック(0)

トラックバックされた記事

トラックバックされている記事がありません。

トラックバック先の記事

  • トラックバック先の記事がありません。

.


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2014 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事