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2011年2月17日

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ヘンリー7世はイケメ…ん〜…(3)

(*以下は『私の英国史』で紹介されているジェイン・オースティンによるヘンリー7世評の引用になります)


この国王は即位後ただちに、ヨーク家のエリザベス王女と結婚した。
この縁組によって、王は自らの王位継承権がエリザベスのそれに劣るものと考えていることをはっきり証明
してしまったものの、実際には全く逆であるかのごとく装っていた。
この結婚から、王は2人の息子と2人の娘をもうけたが、上の娘はスコットランド王のもとに嫁ぎ、史上第一流
の人物の祖母になるという幸せを享受した。この女性については、いずれもっと詳しく話す機会があると思う。

末娘のメアリーは、最初、フランス王に、ついでサフォーク公に嫁ぎ、娘を1人もうけたが、この娘がのちに
ジェイン・グレイの母となった。このジェインは、はとこの美しいスコットランド王妃より身分は劣るが、
それにしても、優しく若く、人々が狩りに興じている間にギリシア語を読んでいたことで有名である。
前に述べたランバート・シムナルやパーキン・ウォーベックが出現したのが、このヘンリー7世の治世の時
である。ウォーベックは晒し台の見世物にされ、ビューリィ寺院に保護されたが、ウォリック伯と共に斬首刑に
処された。一方、シムナルは王宮の料理係として召し抱えられた。

国王が死に、息子のヘンリーが後を継いだが、このヘンリーの唯一の長所は、娘のエリザベスほど酷い人間
ではないということだけである。


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ハリィの項はナポリ王女の調査指示を除いてこれでおしまいです。
ジェイン・オースティンさんはどんだけエリザベス1世が嫌いなんだぜ?
この人の贔屓はどうやらスコットランド女王メアリー・ステュアートらしいです。興味ないから知らんけど。
ていうかジェイン・オースティンって小説家のジェイン・オースティンのことじゃなかろうな。

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ヘンリー7世はイケメ…ん〜?(2)

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(*以下は『私の英国史』で紹介されているフランシス・ベーコン著『ヘンリー7世の生涯』からの引用です。

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彼は尊大な精神の持ち主で、自己の意思と自己の流儀を尊重した、われとわが身を頼む者の常として、
実際に自ら統治しようとしたのである。もし、彼が一市民であったなら、傲慢だと言われたかもしれぬ、が、
彼の場合、それは賢明なる君主として、他者との距離を保つことを意味したに過ぎぬ。
事実、誰に対してもそうであり、彼の権力や秘密に、少しでも近付くことを許さなかった。
誰の指図も受けぬという訳である。
后すら(王に数人の子供をもたらしたにもかかわらず、いや、そのうえ王冠までもたらしたのだが、王の方では
それを認めようとせず)王をどうすることもできなかった。母親に対する王の敬愛の情は並々ならぬもので
あったが、その言葉にはほとんど耳を貸そうとしなかった。

海外の友好国に対しては、誠実かつ公正ではあった。が、その態度は決して開放的ではなかった。
相手が自分の真実を探ろうとしている時、彼は常に相手方を明るみの中に立たせ、自分を暗がりの中に置くよう
に注意していた、といって、決してよそよそしいというわけではなく、交渉に際しては表面上あくまで相互理解
を深めようという姿勢を崩さなかった。
王は貴族たちを厳しく押さえつけ、むしろ聖職者や法律家を好んで登用した、彼らの方がはるかに王に従順
だったからであるが、彼らは民衆というものには貴族ほどの関心は持たなかった。
これらのことは彼の絶対性を強める役には立ったが、安全性を強める役には立たなかった。
思うに、それが彼の治世を厄介なものにした原因の一つであると信ぜざるをえない。

彼はまた、自分の使っている連中がいかに巧妙に立ち回っているかなどということを全く意に介しなかった。
というのは、王は自分が絶大な勢力圏を手中に収めていると信じていたのである。
従って一旦登用した以上、その地位をどこまでも保証した。事実、不思議な事だが、彼が気心の知れぬ君主で、
この上なく疑い深く、そしてその治世中陰謀や紛争が蔓延していたにもかかわらず、24年の統治期間中、
彼は評議府の重職や側近をけして左遷したり解任したりしなかった、ただ1人の例外として侍従長スタンレーが
いるだけである。

王に対する一般の臣下の態度に関し、彼は次のように考えていた。
臣下の心をその君主に無理なく結びつけておく3つの感情――すなわち愛、畏れ、尊敬――の中、彼は最後の
ものを高く評価していた。2番目のものも決して悪くない、が、1番目となると、後の2つの方がよほどまし
だとして軽視していた。

君主としての彼は、生真面目で堅苦しく、あらゆる事柄に絶え間なく思いを巡らし、密かに周囲を視察していた。
何事につけ自ら記録や覚書を残す習慣があり、それも特に個人に関する物が多かった。
例えば、誰を起用し、誰に褒美をやるか、誰について調査し、誰を警戒せねばならぬかということ、あるいは、
それぞれの貴族に対する民衆の支持の強弱、勢力ある党派間の対立関係についてである。
それは(いわば)自分の思惑の日記とでも称すべきものであった。それについては今日もなおある愉快な話が
語り伝えられている、というのは、彼の飼っていた猿が(側近の誰かにけしかけられたのだといわれてはいるが)
その最も重要な記録をずたずたに千切ってしまったことがあり、そのような暗い記録を快からず思っていた
延臣たちは、この事を知って手を打って喜んだという。

実際、王は不安と猜疑に苛まれていた。あれこれとあまりに多くのことを考え、その結果、いつもそれらの
考えが共立し得なくなってしまい、あちら立てればこちらが立たずということになってしまうのである。
そればかりか、時には、それらの考えを、それなりの釣り合いをもって比較考量しないこともあった。
確かに、彼にとって大きな災いとなった(ヨーク公を騙るパーキン・ウォーベックの命を助け、生かしておく
べきだったという)風評も(元は)彼自身が育てたものであった。
彼としては恐らく自分が、妻の権利に頼って王位を保っているのではないという根拠をいやが上にも示した
かったのであろう。

彼の世俗の楽しみについては何も解っていない。しかし、彼がナポリの王女の調査に関してメアシーン、スタイル
両者に送った指示を見ると、王女の美しさに関しては随分と質問しているようである。
宴会の時などは、大抵の王侯たちと同様にちょっと顔を出すだけで、世俗の楽しみには殆ど目を向けなかった。

これは疑問の余地のないことだが、彼の場合、あらゆる人間(そしてほとんどあらゆる王たち)の場合と同様に、
彼の運命が彼の性向を支配し、同時にまた彼の性質が彼の運命を支配した。
その治世は、平穏というよりはむしろ隆盛を誇っていたというべきで、その業績は彼に対する信頼を深めたが、
相次ぐ内憂がその性向を傷つけた。彼の才智は、自ずと危険をくぐり抜けねばならぬ機会が度重なるに従って、
すこぶる手の込んだものとなり、どちらかというと危険が身に迫り身動き出来ぬようになって、そこから脱出
することに巧みであって、あらかじめそれを防止し、除去するようには働かなかった。

これは、彼が先見の明に欠けていたということなのか、意思の強さを示すものなのか、あるいはまた猜疑心から
生じた迷いなのか、それとも一体なんであったのか。
いずれにせよ、これだけは確信できよう、彼の運命に永遠について回った内憂は(それも元を尋ねれば彼自身
から生じたものとしか考えられないもので)、彼の性向、習癖、やり口といったものに何らかの重大な欠点が
なければ起こらなかったはずである、それらの欠点を、王は無数の煩瑣な対応策によって補うのが精いっぱい
であった。

彼は見栄えのする人物で、背丈は並よりやや高く、四肢はしっかりしていたが痩せぎすであった。
顔立ちは立派で、どこか聖職者のごとき趣があった。
また特によそよそしい訳でも、陰険でもなく、かといって人の心をとらえるようなところもないし、愛嬌のある
方でもなかった、が、気立てのよさを感じさせる顔とはいえよう。
しかし、絵描きにとっては扱いにくいものだった、というのは彼の顔は喋っている時が一番よかったからである。
(※以上原文ママ)

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ハリィの見た目に関しては褒めるのに必死ですねっていう感じだNE!
あと性格とか誰かに似てると思ったらルイだよ!ルイ11世だよ!
次回も引っ張るよ!次はリチャード3世擁護でおなじみのジェイン・オースティンさんの毒舌だよ

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ヘンリー7世はイケメ…ん〜??(1)

以下は福田恆存著『私の英国史―空しき王冠』のヘンリー7世の項を抜粋。
本文は旧字体で訳されていましたが、わかりづらいので新字体に置き換え。

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もし神が正義のために戦う者の上に勝利を齎したまうなら、確信を持ってわが同志、わが友に告ぐ、
常に慈悲深き神は、今日こそ、かの驕り高ぶる敵、傲慢な反逆者に対してわれらの輝かしき勝利と
良き未来を約束したまうであろう。
わが方の主張はあくまで正しく、神の掟、現世の法、いずれに照らしてみてもこれほど義に適った
挙兵は他にまたとあるまい。そうであろう、これほど公正にして、善意に満ちた、いや神意に添った
戦いがあると誰が言えよう、われわれが敵に廻すのは、己の一族の、あるいはその子孫の血を流した
人殺しではないか?

―――奴こそは己が由緒ある血統を最後の一人に至るまで抹殺し去った男、その男の、否、我々の
祖国とその哀れな人民にとっては許し難い屠殺者、真っ赤に焼けた汚名の烙印、耐えがたき邪魔者
ではないか?
奴は自らを王と称し、わたしからこの貴い王国、わが祖国の王冠と統治権を奪い、全ての正義と公正に
反する行動に出た。同様に、奴の仲間は諸君の領土を奪い、森林を伐採し、荘園を破壊した。
ために諸君の妻子は糧を求めて各地をさまよい続けている。

このような奴ばらを苦しめ罰するためとあらば、わたしは確信を持って言う、
善なる神は必ずや、彼らを大いなる戦利品としてわれらのもとへ遣わしたまうに違いない、さもなくば、
奴等の腐った良心を痛ませ苦しみ嘆かせ、彼らをして怯ませ逃亡せしめ、戦に加わる勇気すら失わしめ
たまうに違いない。
そればかりではない、断言してもいいが、この雌雄を決する決戦において彼らが敵方に引きこまれたのは
恐怖のためであって、敬愛の念からではない、思うに、主君に対する彼ら兵士たちの憎しみと、王に対して
人民たちの抱いている恐れと、そのいずれが大であるかすこぶる疑わしい。
それにつけてもこの世には古今を通じて人の道にもとることなき定めというべきものがあり、悪人が
日ごと善人を掃討せんと求めて止まぬがゆえに、神は善人をして悪人を打ち倒さしめたまうのである。

肝に銘じて忘れてはならぬ、勝利は軍勢の多寡で決まるものではない、勇敢な心、雄々しき精神によって
勝ち得らるるものなのだ。味方の数が少なければ少ないほど、われわれが勝利を収めた時の栄光はそれだけ
輝かしいものとなろう。
たとえ敗れても、敵方の10人がわが方の1人を相手にして戦うとなれば、その結果、勝者の有に帰する
領地はいささかもない、たとえわれわれが戦死したにせよ、それは善なる闘争における栄光の死であり、
果てしなき苦悩や悪意に満ちた忘却が、われわれの名前や聖なる行いを蝕み、それを名声の記録から抹消
するようなことは決して起こり得ないであろう。

最後に一つ約束しておこう、この公正かつ正当なる主張に基づいた聖なる戦闘において、今日、お前たちと
再び出会う時はこのわたしをたとえ大地の上に死せる腐肉として見いだすことがあるとしても、閨房の絨毯の
上に自由な捕虜として見いだすようなことは断じてあり得ぬであろう。

今こそ戦うのだ、負けることを知らぬ巨人のごとく。
敵に襲いかかれ、勇猛な虎のごとく。
あらゆる恐れを吹き飛ばすのだ、猛り立つ獅子のごとく。
さぁ、出陣だ、正義のつわものが謀反人に向かって、慈悲深き人間が人殺しに向かって、正当なる継承者が
簒奪者に向かって、神のしもとが暴君に向かって進撃するのだ。

わが軍旗を堂々とひるがえせ、強くたくましい戦士にふさわしく前進せよ、勇敢な勝者として戦闘を開始
するのだ。戦いは目前に迫り、勝利はすぐ目の前に近づいている。
もし、ここで恥ずかしげもなく退却し、卑劣にも逃亡を企てたなら、われわれも、その子孫も根こそぎに
跡を絶たれ、とこしえに汚辱にまみれるであろう。

今日こそ勝利の日、さなくば全てを失う時だ、勝利を勝ち取り、征服者となれ、
さなくば、この戦に敗れ、悪党になり下がるのみ、
よいか、皆のもの、神と聖ジョージの名にかけて、恐れることなく勇敢に軍旗を進めるのだ。
(※以上原文ママ)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ハリィの演説NAGEEEEEEEEE!
ていうかなにこの頻出する『善・悪』とか『正義・悪』とか『栄光・屈辱(汚辱)』とか。
シェイクスピアの『リチャード3世』作中のヘンリー・テューダーの演説とカブるところがないでもないが…

なんなんでしょうね、己を正義と信じて疑わないといわんばかりの論調は。
つーかいちいち義だのなんだのってお前は東照権現か。
相手(リチャード3世と北方辺境伯連合軍)はサラセン人じゃー!異教徒じゃー!皆殺しヒャッハー!と
言わんばかりの扱いです。もう自分たち十字軍だぜフゥーハハァーってくらいの勢いにドン引きですわ。

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