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入園式(4月8日)
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4月8日(金)は,私の入園式があった.
しかしながら,その前日には,余震とは思えないほどの
大地震が発生していた.
その顛末を以下に記す.
●2011年4月7日(木)
この日は,ふつうの木曜日だった.
父はいつもどおり帰宅し,みんなで晩ご飯を食べた.
その後,父と弟と一緒にお風呂に入った.
そして,明日の入園式に備えて,父と一緒に早めに布団に入った.
明日の入園式に向け,早起きをして,準備を整える予定だった.
ところが...夜中に大地震が発生した.
父と寝ていたところ,父の携帯電話が緊急地震速報を発していた.
私は,寝ぼけながらも,父にしがみついていた.
最近,緊急地震速報を携帯電話に設定した母も起きてきていた.
すると,23時32分,その地震が発生した.
相当な揺れが長く続いた.
# でも,家具類は,相変わらず,無事でよかった.
# それにしても余震が頻発する.
# 今回も震度6弱あったようだ.
# M7.1 って,阪神淡路大震災と変わらない...
この地震により,また,停電となった.
あいかわらず,ラジオも用意していない.
情報収集は,もっぱら,twitter に頼っていた.
地震は落ち着いてきており,夜中でもあることからとりあえず,
眠ることとなった.
私は,父と一緒になんとか眠りについた.
●2011年4月8日(金)
その後は,大きな余震もなく,無事,朝を迎えた.
しかしながら,停電は継続中である.
自宅は,電気のポンプで水を送っているため,停電中は
水も出ない状態となる.
今回は,前の地震の教訓により,お風呂に水は残っている.
よって,トイレ等には困らない.
また,前回同等,ガスは生きているので,調理をすることはできた.
これを利用し,母は朝ご飯を用意してくれた.
停電がいつまで続くかも分からないので,冷蔵庫内に残っていた
食材を早く食べきる必要がある.
よって,結構,豪華な朝食となった.
さて,今日は,私の入園式の日である.
幼稚園も停電であることが予想され,入園式の開催自体が危ぶまれた.
そこで,母が,幼稚園に電話して,確認することとした.
すると,案外,普通に,入園式を行う旨の返事を得た.
停電はしているものの,水も出ており,入園式を行うとのことであった.
よって,準備をして,幼稚園へと向かうこととなった.
しかしながら,電気が使えず,水が出ないため,身支度にもちょっと苦労した.
それでも,お風呂の水やペットボトルに溜めておいた水を使い,
停電で暗い中,なんとか身支度を整えた.
母方の祖母に買ってもらった服で,正装した.
# ありがとうございました.
小雨が降る中,父の車で出かけた.
すでに,多くの家族が集まっていた.
まずは,私が所属する「さくら組」の教室へと向かった.
ここで,遊びながら,しばらく待機していた.
式の時間となり,ホールへと移動した.
私は母と手をつないで,入場した.
父は,一足先に中に入っており,ここからビデオ撮影をしていた.
こうして,式が始まった.
園長先生の挨拶や,各先生の紹介,そして,年長さんの
子どもたちからのことばや歌などがあった.
その後,大きな紙芝居が行われた.
私は,まっさきに駆け出し,一番前の席を陣取った.
最後に,親を含む,全員で記念撮影をした.
じっとしていない子もおり,結構,大変だった.
その後,また,教室へと戻ってきた.
担当となる Y 先生に絵本を読んでもらい,お土産をもらって終了となった.
帰りがけに,門のところで,記念撮影をした.
ここには,少し大きなお姉ちゃん F ちゃんや,いつも,つい,
きつく当たってしまう(?)R くんもいた.
記念撮影をして,家へと帰ってきた.
しかしながら,まだ,停電続行中である.
冷蔵庫の食材をガスで調理し,お昼ご飯を食べた.
そうこうしているうちに,15時頃に電気が復旧した.
暗くなる前に復旧し,非常に助かった.
その後は,ふだんの生活に戻った.
来週(11日)より,バスに乗って,幼稚園に行くのを楽しみにしている.
# 実際,今日(11日)は,母に連れられ,バス乗り場まで行った.
# バスに大好きな F ちゃんがいるのを見つけると,母に
# バイバイもせずに,元気にバスに乗り込んだ次第である.
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巨大地震(3月15日)
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●3月15日(火)
地震発生,5日目である.
家には,まだ食料があるが,そろそろ物流も戻ってきた頃かと思い,
近くのスーパーへと買い物に出かけた.
折からのガソリン不足や,私の運動不足(?)もあり,父と散歩がてら
歩いてスーパーへと向かった.
ここの開店時間は 10:00 である.
この少し前に到着したが,すでに結構な人の列ができていた.
父と私は,この列に並び,30分ほど待って,中に入ることができた.
店内の品揃えは,それなりであった.
肉や魚は選択できるほど余裕があり,野菜や果物も結構あった.
# ジャガイモ,タマネギ,など,根野菜は人気があり品薄だったが.
残念ながら,あいかわらず,パンや牛乳などは売り切れだった.
しかしながら,店員さんが牛乳を出す旨,他の店員さんに指示していたのを聞きつけ,
遠巻きに牛乳の棚を注視していた.
すると,案の定,店員さんが牛乳を運んできた!
私たちは,棚に張り付き,これを購入することに成功した.
あっという間に牛乳は売り切れたが,私たちは貴重な牛乳3本をゲットすることができた.
# その後は,家族1本の制限になり,さらに,家族1リットル(?)と制限が
# 徐々に厳しくなっていった...
このようにして買い物をして帰ってきた.
一部,入手困難な品物もあるが,とりあえず,食べるのに困るような状況ではない.
あとは,ガソリンが手に入ることを願う.
# 沿岸地域の方が優先されてしかるべきだが.
●3月25日(金)
...このようにして,この辺りの生活には,だいぶ,平穏が戻ってきた.
買い物は基本的に,徒歩で行っている.
よって,弟はあまり連れて行けず,結果として,母もほとんど外出していない.
そのうち,燃料も問題なく入れられるようになるはずなので,もう少ししたら
予定していた写真撮影もかねて,みんなでお出かけしたいなぁ.
# でも,いまだ,市内のガソリンスタンドは長蛇の列だな.
# まだまだ,贅沢は敵かな...
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巨大地震(3月14日)
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●3月14日(月)
地震発生,4日目である.
ライフラインも復旧し,この辺りは,だいぶ平穏を取り戻しつつある.
父は,通常どおり,大学へ行った.
私は母,弟と一緒に,自宅にて過ごした.
母の車は,燃料が少ないため,移動しにくい.
また,出かけるにしても,まだ停電しているところも多く,そもそもそのような状態にない.
父が,帰りに近くのスーパーへと寄ってきた.
それなりに品物はあるが,牛乳やヨーグルトを含む乳製品,また,パンなどは
やはり品切れとのことであった.
それでもいつもくんでいる,会員は無料の水は機能しており,
おいしい(きれいな)水を入手してきた.
それにしても,ガソリン不足は深刻で,どうやらそう簡単には手に入らなさそうだ.
この日から,ガソリンを節約し,徒歩での移動が多くなった.
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巨大地震(3月13日)
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●3月13日(日)
地震発生,3日目である.
まだまだ余震は続くが,生活はだいぶ軌道に乗り始めた.
今日は,情報源を確保すべく,ラジオ等の入手を検討した.
近くのホーマックが空いていないかをチェックした.
しかしながら,電話も繋がらず,確認のしようがない.
やむを得ず,直接,車を出すこととした.
先日の給油の効果もあり,ガソリンはそんなに逼迫した状態ではない.
また,スタンドを含む,他のお店の状態を偵察(?)する目的もある.
父とともに車で出かけた.
道中にあるガソリンスタンドには,車がものすごい列をなしていた.
しかしながら,この辺りは信号が動いており,ホーマックの営業にも
期待を寄せた.
しかしながら,目的のホーマックは,残念ながら,営業していなかった.
# あとで分かった情報によると,営業していたホーマック等では,
# ラジオなどは当然のこと,自転車が飛ぶように売れていたらしい.
# 子供用の自転車までも買い求める人があったとか.
他の店の状況も探るべく,少し作戦を練ることにした.
幸い,近くにいつも(たまに?)行く美容室があったので,
その駐車場へと移動した.
# 当然,営業はしていないが.
ここで,情報収集をしていると,徒歩で,買い物袋をぶら下げている人を
多数見かけた.
その中には,ツルハの袋もあった.
道を隔てて奥まったところではあるが,この美容室の隣には,ツルハがある.
どうやら,ここが営業しているらしい.
父と一緒にツルハを訪れた.
案の定,営業していた.
店の中には,レジ待ちの長蛇の列ができていた.
それでも,営業している店がほとんどない今の状態においては
非常に貴重な店である.
棚もだいぶ品揃えが少なくはなっているが,久しぶりに買い物をした.
ひょっとすると,ラジオなどもあるかと思ったが,乾電池も含め,
この手のものは売り切れであった.
しかしながら,ティッシュやトイレットペーパーは残っていた.
# 家には,予備があるので,買わなかったが.
紙おむつは,なかった.
# これも買い置きがあったのでよかったが,これがなかったら
# 困ったことになっていた.
# 中には,成人用(老人用?)の紙おむつを購入している人もいた.
食料品に関しても,パン等のまともなものはなかった.
飲み物も,水はもちろんのこと,お茶などもほとんど売り切れていた.
# 冷やさないと飲みにくい炭酸飲料などはけっこうあったが.
しかしながら,チョコレートやお菓子等はそれなりにあり,ちょっと贅沢に
いろいろと買い物をした.
そのほか,洗顔や歯磨き等ができないことを考慮し,汗ふきシートや
洗口液,さっぱりする整髪料(?)などを購入した.
いろいろと購入し,帰路へと着いた.
帰りの道中,ガソリンスタンドの車の列はさらに長くなっていた.
なお,行く時には,停電の影響で消えていた信号が,帰りには復活していた.
これにより,自宅も通電の期待が高まる.
自宅に帰ると,案の定,電気が復活していた.
これに伴い,断水も解消されていた!
興奮して,家に入ると,母と弟は,なんと...お風呂に入っていた.
# せっかく汗ふきシートとかを買ったが,無駄になったな.
# 今度の震災に備えよう.
その後,避難所としていた集会所も撤去が始まり,これを少し,手伝った.
# あまり,お役に立てず,すみません.
このようにして,自宅のライフラインは復旧した.
久しぶりにテレビをつけると,信じられないような惨劇が繰り返し伝えられていた.
ことの重大さは,日が経つごとに大きくなっていき,改めて,家族が無事であることに感謝した.
それにしても,特に沿岸部の被害は大きい.
これに対して,こちらの方は,停電等はあったものの,被害が少なくて良かった.
まだまだ余震は続くが,比較にならないほど恵まれていると感じた.
# でも,日頃から少し災害対策はしておいたほうがよいな.
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