「葉隠」を今読んでますが・・・
失敗・・・現代語訳を買うつもりが・・
間違って・・岩波新書「葉隠」和辻哲郎を購入してしまいました
原文よりは読みやすくはなってますが
候文・・仕り候、だの・・何某だの
漢字も古いし・・
読みにくい・・・今にも挫折しそうです・・・・
葉隠は評価が二分する書物
三島 由紀夫氏のように絶賛する方もおられれば、天下の奇書、年寄りの愚痴
であるという評価をする人も・・
まぁ〜読んでみて(まだ出だしですが)確かに年寄りの愚痴であると思える箇所も
しかし、武道書・武家理論書としてもある程度評価しても良いのではと
(まぁ〜偉そうに言ってしまいましたが)
面白い・・今も昔も年寄りの話はさほど変わらないというのが解りました
昔といっても1700年ごろの鍋島藩の話ですからね300年も居以上昔です
「最近の男は女みたいな奴が多い」とか・・
「最近の若い奴らの話は、着物・金・女・・と嘆かわしい」とか
「大酒飲んで失敗するなよ」とか・・・
なんだぁ〜昔の人も、武士って言っても同じなんだと一安心・・
何時の時代でも、年寄りから見れば若者は頼りない存在で
このままだと国が滅ぶぞって危機感を持っていたんですね
但し、中には
「或剣術者の老後に申し候は、「一生の間修行に次第があるなり、下位は修行すれども物にならず、我も下手と思ひ、人も下手と思ふなり。この分にては用に立たざるなり。中の位はいまだ用に立たざれども、我が不足目にかかり、人の不足見ゆるものなり。上の位は我が物に仕なして自慢出来、人の褒むるを喜び、人の不足をなげくなり。これは用に立つなり。上々の位は知らぬふりして居るなり。人も上手と見るなり。大方これまでなり。この上に一段立ち越え、道の絶えたる位あるなり。その道に深く入れば、終わりに果もなき事を見くる故、これまでと思う事ならず、我に不足あることを實に知りて、一生成就の念これなく、自慢の念もなく、卑下の心もこれなくして果たすなり。
柳生殿の「人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり」と申され候由。昨日より上手になり、今日よりは上手になりして、一生日々仕上ぐる事なり。これも果てはなきといふ事なり」と
・・・
様は・・
「上位の人は他人にとやかく言わない・・大抵の人がここまでですが、この上にもう一段の位があり・・自分の未熟さを知り、修行とは終わりなく果てのないものだと悟り、自慢するでもなく、かといって卑下するものでもない昨日よりは今日・今日よりは明日と日々修練を怠らない果て無き道がありますよ」
なるほどですね・・・
結構・・オモロイ・・ぞ・・・
新渡戸稲造「武士道」とは一風変わった書物です
皆さんもお暇なら一度読んで見てください
・・・但し・・・・
解りやすく訳された物を購入することをお忘れなく。
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