庭の木を見ながら ひこばえに思いを寄せて
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小さな庭に30年前国分町からやや大きめの鉢植えの
ケヤキの樹、楓の樹を桜ヶ丘にもってきた。
柿の木は3メートルぐらいの大きさのものをしっかり根の周りに
土をつけ、庭木屋さんに運んでもらい植え付けた。
同様にイチジクの木も。
いちじくはけっこう実がとれて甘煮を作るのに気を使った。
数年前、のこぎり虫にやられて木の幹がすかすかになってダメになった。
柿の木は実がとれすぎて350個もなった年があった。
つるし柿を作るのにこころくだいた。本当においしくできる年もあったが
いつも同じようにはいかなかった。
ケヤキは地植えにした結果のびた!のびた!二階をはるかに超えて。
ケヤキの隣に植えたかえでも。
あまりにも大きくなりすぎたので昨年庭木屋さんに切ってもらった。
すると、今年、若芽が出てきた。何本も。木は中心部から樹皮の側に向かって
育っていくという。生長点は樹皮のすぐ下の形成層にあり、切り落とすと
そこから若芽が生えてくるのだ。
このひこばえの元気のいいこと。切られた木の精が怒っているように
みえたのは、切ってくれと頼んだ自分に後ろめたさがあったからかな。
一方では、新たに水と太陽光線と栄養をとることで、またまた大きくなるぞと
活力を漲らせている姿をみせてもらっている。
お花見に行ったとき、大木になった桜の幹にぽっとつける一輪の花
を見るのが好き。上は満開の花なのに、幹から出ているひこばえ(?)は
楚々として可憐、だけれど生命力をかんじるから。
花が先に、それから葉が出てくるもの。葉が出てから花が咲くもの。
植物は丁寧にみるとおもしろいことだらけ。
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