今日のn_o_i_s_e_m_a_n 氏【通常「太陽をシンボルとする」とき「黄色」で表すことが多いですが、日本の国旗「日章旗(日の丸)」では「赤い太陽」で、これは「夜明けの太陽」を表わしています】
遣隋使が隋帝に語ったのが 「いまだ明けざる時、出でて政(まつりごと)を(天に)聴く跏趺(かふ)して座す。 日出ずれば、すなわち理務を停(とど)めて云う」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E9%9A%8B%E4%BD%BF : 使者言う、俀王は天を以て兄と為し、日を以て弟と為す。天と日が分けられている。 です。 「日(太陽)」の奉祭は、「夜中の暗い世界」から「夜明けの光の世界」への「宇宙の神秘と体感させる狭間」に身を置くことが重要で、日が昇りきったら意味がありません。明け方は特に奇麗ですね。 (ちなみに「日食」は「日の翳る不吉な状態」のことですから、本来「見ない方が吉」とされます)ぎぇ〜〜〜〜〜見てしもうた。 曇っていたからな〜。 お祓い、お祓い。 「いまだ明けざる時」:今でも「日本の国家と大御宝(民)の行く末を祈り占う儀式」は「真夜中(深夜零時)」頃から始まって「夜明けまで」続きます。 (ちなみに、通常「太陽をシンボルとする」とき「黄色」で表すことが多いですが、日本の国旗「日章旗(日の丸)」では「赤い太陽」で、これは「夜明けの太陽」を表わしています)そうですね。 赤です。 夕方じゃない。 「天皇」はあくまで祭祀者であり、政治家(権力者)ではありません。 そして占いの結果を「実際に朝廷を運営する弟」に伝え、弟はその結果を踏まえて「朝議を開始する」ということです。 (BC600年時にたまたま「弟」が「朝廷の代表者だった」ので「そのまま伝えた」のだと思います)日巫女にも天照様にも弟が居られるんですよ。 隋帝(文帝)は、「理にかなっていない」と改めさせようとしましたが、オマイに言われたくない。 結果的に「隋はたった18年後には滅んで」しまいましたし、その他の「王朝」も「せいぜい数百年」しか続きませんでしたが、「日本(倭国)は現在も続いて」います。おばまさんは、早々支那に平身低頭だね〜。 クリキントンが副大統領ですからね〜。 支那とずぶずぶの。 >王者は仲介者なぞ必要とはしないんだよ 「実証論」的に見れば、どちらが「理にかなっていなかったか」は「明らか」です。我先に王になりたがる奴にろくなものはいね〜。 それが、誰の認可も受けないとなったらよけいだろうが。 「チャイナはずっと続いている」と言いたいでしょうが、甘い。 「隋」が滅び姓も「楊」氏ではなくなっており、「易姓革命」から言ってもこれは「天帝が天命を改めた」ことになります。間違っていることは天にも届いているようだ。 乱れているからな〜またもや。 さらに具体的には 「第2代「煬帝」は近衛の宇文化及らに殺され、煬帝の子の、元徳太子の「楊昭」は早逝し、趙王「楊杲」は煬帝の前で裴虔通に斬り殺され、血で血を洗う争い。 第3代「恭帝侑」は李世民により殺害され、弟の「楊初I(恭帝初I)」は王世充によって殺され、斉王「楊けん」も煬帝らと同じく618年に殺され、その子(煬帝の孫)の「楊政道」は「東突厥」に逃れたことでやっと命が長らえた。」 という「殺戮の歴史」のことですね。ぶはははは…。 笑いごっちゃない。 今も続いています。 |
旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。
2009/7/30(木) 午前 7:20 [ nanking_atrocities ]
ウィグル人やチベット人に行なった仕打ちを考えれば、支那人は何にも言えないね。
2009/7/30(木) 午後 9:04 [ mirokuninoti ]