黒猫の究美 -浮世絵談義 虎之巻-

シカゴ ウェストンコレクション 初代歌川豊国 「時世粧百姿図」 総解説 全6回予定、毎週金曜日更新。

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前回の「解説 その一」に「76−5水茶屋前」の解説を追加しています。



「シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵−美の競艶」 より
初代歌川豊国 「時世粧百姿図」 解説 その二

◆76−6梓巫女
 四月の情景を描いたものであろう。縁側には紅く燃え立つようなサツキの大鉢が置かれ、庭の垣根には卯の花、空にはホトトギスが飛んでいる。
早くに旦那が亡くなったこの家では、梓巫女(あずさみこ)とよばれるイタコを仏間に呼び、口寄せを行っている。
 仏壇を背に座禅を組んで目をつぶり、口寄せの呪文を唱える巫女。手前の折敷の上には白米が撒かれ、梓弓(あずさゆみ)とサカキを浸した水茶碗、畳紙(たとうがみ)の包みが置かれている。巫女と向き合う格好で大きな臀部を突き出し、煤けた足の裏を見せながら遺児を抱えて泣いているのは、主人の早世を悲しむ女中。その左側に座っているが当の未亡人だが、こちらはキセルを立てたままホトトギスの啼く方角へ顔を向けており、女中を挟んで右側に座った姑が軽薄な嫁の挙動をたしなめている。もっとも見方をかえれば、この後家も涙のこぼれそうになるのを気丈に耐えているように見えないこともない。いずれにしても、この図において豊国は人物の複雑な内面までも鋭く描写しようとしている。
 なお、仏壇の右下には香盤時計(抹香の燃える時間を利用した時計の一種)と呼ばれる珍しい器物が描かれている。
 ○梓巫女(a丸髷/b前帯)/下女(a割り鹿子?/b矢の字結び)/未亡人(a茶筅髷)/姑(a黒絹頭巾/b前帯)

◆76−7堀端
 柳が描かれていることから、水辺に近いどこかの掘割を描いたものか。若葉の匂い立つ柳の幹には、浴衣に仕立てるために伸子張(しんしはり)を施した素槍霞(すやりかすり)に落雁模様の新しい反物が掛り、その下にも糸を解いた麻の葉鹿子の生地を異国張りにした二枚の戸板が山形に立て掛けてある。
 少女に背負われていた幼児が、手を差し伸べた母親に抱き留められんとする右側の情景は、質素な中にも幸福さを感じさせる。更紗と縮緬の袖なし羽織を着た囲い者らしき左側の女は、髷にキセルをさした瞽女が杖を振りながら三味線を抱えて来るのを見て、含み笑いを浮かべる。
 ○母親(a櫛巻き)/娘(a裂前髪に島田)/囲れ女(a天神髷)

◆76−8料理屋前
 料理屋の見世先行燈には「仕出し仕候(しだしつかまつりそうろう)」「千客万来」などの文字が見える。
 店脇の井戸から汲み出した水を両天秤の水桶一杯に担いだ力持ちの女は「おさん」とよばれる水仕(みずし)の女中。その前を歩くのは、くわえ楊枝に印半纏(しるしばんてん)を着たの職人風の女房で、料理屋に頼んだ刺身を受け取って帰るところ、これを嗅ぎつけた野良犬がすかさず駆け寄っている。画面反対を行く二人連れの女は湯帰りで、その前を花売り婆が売り声を張り上げながら歩いていく。ここでいう花売りとはもっぱら仏花を売る者のことであり、婆は売り物であるサカキを包んだ莚(むしろ)頭に載せ、背負い箱に線香の束を括り付けている。
 ○水仕の女中(a櫛巻き)/職人風の女房(a達磨返し)/湯帰りの二人(a鬢上げにつぶし島田、つぶし島田)

◆76−9小間物の品定
 座敷の一室で、小間物売りの女が風呂敷の中から広げた品物を嬉々として品定めする女たち。
 描かれた三人の女性はいずれも髪を丸髷に結っており、一見その姿は市中の女房たちと変わらないが、小奇麗な衣装に身を包んでいるあたりは大奥で奥女中たちに仕えた部屋方とよばれる女中であろうか。女性たちは自分好みの笄や簪を手に取り、品物の細工や色艶を吟味している。左上の少し離れたところに黒紋付を着て正座している牛か樽のような体躯の女は、その悠揚な物腰から、女中たちをまとめる女中頭のようなものであろう。
 小間物売りは、大きな重箱のような木箱に品物を詰めて風呂敷で担ぎ、大きな商家や武家屋敷などの得意先を回った。扱う品物は化粧道具、櫛笄の装飾品に化粧ポーチなどの袋物、錦絵や草双紙から、果ては張形(男性の陽物を模った玩具)まで多岐にわたる。この絵の右下にも、絵草子の合巻や役者の錦絵などが見えるが、驚くべきことにこれらはすべて、文化13年(1816)当時実際に刊行された作品であるらしい。

 これらを順に考証すると、まず、「七代目市川団十郎の暫」を描いた表紙の上部に「美人傳 京傳作 豊國画 上編」とあるのは、文化13年に版元丸屋甚八から刊行された、山東京伝作・歌川豊国挿絵の合巻『琴声美人傳(きんせいびじんがでん)』(2編6巻、早稲田大学 古典籍総合データーベース 請求記号:ヘ13_03073)で、表紙の挿絵は絵柄から文字の配置まで忠実に描かれている。
 その左側にある、土俵に立つ三代目坂東三津五郎の濡髪長五郎(化粧回しに三津五郎が用いた花がつみの文様があしらわれており、三津五郎は文化11年6月に中村座で双蝶々の濡髪長五郎を演じている)を描いたと思しき表紙には、「雙蝶/\ 南北作 豊国画」とあるように見えることから、同年に版元和泉屋市兵衛から刊行された鶴屋南北作『雙蝶々名花草紙(ふたつちょうちょうなのはなぞうし)』(2編6巻)がこれに該当するものと思われる。この作品は専修大学図書館に一部保管されており、表紙の絵柄の一致については未確認だが、CiNii(NII学術情報ナビゲータ)の注記には「表紙は摺付表紙(錦摺の表紙)」と記されている。
 最後に役者の錦絵について、娘道成寺の画中には「坂東三津五郎」「豊国画」「出山形に久(版元山本屋平吉の商標)」とあり、「早稲田大学 演劇博物館所蔵 浮世絵閲覧システム」で「三津五郎 道成寺」「文化13」で検索すると、文化13年3月に中村座で興行された「梅桜松双紙(うめさくらあいおうぞうし)」の二番目大切の舞台を描いた錦絵がヒットする。坂東三津五郎が演じたのは娘道成寺の白拍子さくら木で、これに七代目市川団十郎のせいたか坊と三代目尾上菊五郎のこんから坊の二枚を加えた三枚続の役者絵となる。演劇博物館が所蔵しているのは、鶴屋金助版の三枚続(グループ番号 101-5978)のみで山本版については未確認だが、同館には同じ興行の九幕目を描いた山本平吉版の作品(グループ番号 100-3362)があり、画中にあるような二番目大切の三枚続も実際に刊行されていた可能性が高い。
 ○小間物売りの女(a丸髷/b角出し)/部屋方衆(a丸髷/b矢の字結び)/黒紋付の女(a丸髷/b前帯)



 作品についての質問などありましたら下のコメントか、アドレスまで。
 黒猫の究美。 kuroneko_doo@kce.biglobe.ne.jp

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ご無沙汰しております。

豊国の風情のある作品ですね。
画像の提示が頂ければより素晴らしい記事として反響も大きいです。
自分等は年を取って億劫になり検索もままならずですみません。
解説文が実に的を得て素晴らしいので画像が頂ければ最高なのになと感じました。

2015/7/31(金) 午後 10:07 ひろたか 返信する

ひろたかさん、お久しぶりです。一年ほどご無沙汰しておりました。
堅っ苦しい長文に目を通していただき、誠にありがとうございます。
今回の企画は時間の都合上、やむなく本文のみの掲載となっとりますが、今後も分かりやすい記事づくりをめざして頑張っていこうと思います。

2015/8/1(土) 午後 7:20 [ 黒究。 ] 返信する

黒究さん。GBに素敵な情報有難うございました。

御呈示のリンクで検索して入手したいなと思っています。
有難うございました。

2015/8/4(火) 午後 8:56 ひろたか 返信する

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すっかりご無沙汰です。
浮世絵は、関心がありよく見せていただいていましたが、
だんだん忙しいことばかり手がけていて、ブログも
ときどき皆さんの見せていただくのが、唯一のたのしみです。

2015/8/6(木) 午前 7:32 [ kik*ka0*11 ] 返信する

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> ひろたかさん
先日は、押しかけ失礼しました(^_^;)
豊国の集大成ともいえる「時世粧百姿図」の世界をご堪能ください。

2015/8/7(金) 午後 7:03 [ 黒究。 ] 返信する

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> kik*ka0*11さん
こちらこそ、長らくご無沙汰しておりまして申し訳ありません。
毎日暑い日が続きます、エアコンの冷えなど体調にはどうぞお気おつけください。

2015/8/7(金) 午後 7:06 [ 黒究。 ] 返信する

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