黒猫の究美 -浮世絵談義 虎之巻-

シカゴ ウェストンコレクション 初代歌川豊国 「時世粧百姿図」 総解説 全6回予定、毎週金曜日更新。

全体表示

[ リスト ]


おしらせ
ツイッターはじめました。宜しければフォローをお願いします。



「シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵−美の競艶」 より
初代歌川豊国 「時世粧百姿図」 解説 その五

◆76-17客の見送り
 江戸を出て最初の宿場である品川は、飯盛女の枠で遊女を置くことが黙認された半官許の遊里としても栄え、北国と呼ばれた吉原に対して、南、南国、南駅などと呼ばれた。
 本図は、沖に面した妓楼の裏手から船客を送り出したところか。遠ざかる船を見送って一息つく遊女たち。左側には芸者と、姉女郎たちの煙管と火入れを抱えた禿が描かれており、三人の遊女の衣装からは、吉原とは異なる品川の遊里独特の色の好みを見ることができる。
 品川の妓楼の二階には、海を一望できる「見通し」と呼ばれる広い座敷があり、そこでは、近くで水揚げされた新鮮な肴が提供された。
 ○遊女(a島田、勝山髷、結い綿)/芸者(a潰し島田)/禿(a若衆髷)

◆76-18二階の遊女部屋
 こちらも同じ品川だが、描かれているのは76-17よりも格の低い遊女たちである。
 出格子の間から潮風が吹き込む部屋の中では、壁の柱にもたれた女が端唄を口ずさみ、右下では湯から上がった三人の女が茹で蟹を貪っている。黒い盆の上に盛られた極彩色の菱蟹(ひしがに・ワタリガニ)が、博物譜のように生々しくリアルだ。
 窓辺に腰掛ける女の脇にさりげなく置かれた一ッ引小抽斗の煙草入れは、品川と川崎の間に位置する大森の麦藁細工だろうか。左側では、嵐絞りの浴衣を着た女が頬杖をついて沖の方を眺めており、六月に近所の牛頭天王(ごずてんのう)の祭礼で配られたものらしい「天王」と書かれた団扇を肘の下に敷いている。
 ○端唄を口ずさむ女(a天神髷)/菱蟹を食う女(a手柄髷、輪なし天神、潰し島田)/窓辺に腰かける女(a潰し島田)/頬杖をつく女(a潰し島田) 

◆76−19深川の寄場
 深川の子供屋の二階を描く。
 子供屋とは茶屋に派遣される私娼(これを子供という)を抱えた置屋のこと。76-15(解説 その四」を参照のこと)の場面が舞台ならば、こちらはその楽屋裏ということになる。いましも、一人の子供が身支度を整えて二階の段梯子を降りようとしているが、着物の褄をきちんと合わせずにぞろりと絡げていたり、長襦袢の襟はキリリと詰めているのに、表着の襟を大きく開けて、わざと肌着の緋色を見せているところに常(ただ)の芸者とは異なる私娼としての性(さが)が現れているのだろうか。
 部屋にいる浴衣姿の女たちを左上から順に見ていくと、一見ヒョウ柄にも見える三浦絞りの浴衣を着た女は、鏡台の脇で文に目を通しており、真ん中の荒磯模様の浴衣を着た女は、入れ墨(いれぼくろ・○○命のアレ)でも消そうとしているのか、二の腕に据えた灸の熱さに顔をしかめている。入口に近い鏡台の前で、顔に白粉を塗っている吹き寄せ模様の浴衣を着た女は一番の古株らしく、前頭部が禿げかかっている。これを見て思うに、一定の年齢に達して前髪を切るのはこのハゲを予防するためではないだろうか。傍らには、耳盥(みみだらい)の中に入ったうがい碗と房楊枝(歯ブラシ)が描かれている。床から這い起きて、茶碗に湯薬(ゆやく・煎じ薬)を注いでいるのは鳥屋(とや・梅毒)に罹った女。白く痩せた女の横顔が凄まじい。
 左の壁には、口紅のついた手拭いと錦の胸守(肌の上に直接掛け、お守りなどを入れおく)が下がっており、右向うに材木場がのぞく格子の両框(りょうかまち)にはそれぞれ、「日掛 八幡(富岡八幡宮)」「日掛 成田山(深川不動堂)」と書かれた銭筒と日掛け箱が掛っている。日掛けとは、日に決まった額を各々が出し合い積み立てるもので、溜まった金子で手拭い(御手洗に吊るす)や提灯などをあつらえ、それぞれの社寺に寄進するのだろう。当地におけるの信仰の一端が伺える。
 ○文を読む女(a天神髷)/灸をすえる女(aつぶし島田)/白粉を塗る女(aしの字髷?)/部屋を出る女(aつぶし島田/b角出し)/病床の女(aつぶし島田)

◆76-20音羽の呼出し
 玄関内部のつくりが、以前に『葛飾一門肉筆画雑感Ⅱ』で取り上げた蹄斎北馬(ていさいほくば)の美人風俗画帖『おんな十二態のうち』の一図と酷似することから、雑司ヶ谷護国寺門前の音羽町にあった料理屋において、子供屋から派遣された呼出しの遊女とその禿らを描いたものと思われる。
 廊下の入口にかかった暖簾(のれん)を潜って出てきたのは、胴抜きと呼ばれる衣(身ごろ部分を別布で仕立てたもので、主に間着や打掛の下重ねに用いる。額仕立てともいう)をひっかけ片袖を張った遊女。その姿は、部屋着姿の吉原の花魁と変わらないように見えるが、島田崩しという髪型に吉原の遊女には見られない地方性を感じる。これに続いて出てくるのは文遣いの坊主禿。
 暖簾の右側には二枚の戸板が立ててあり、その前の畳床に揃いの黒紋付を着た二人の禿が控えているが、何かの番でもしているのだろうか、片方はすでに眠りこけており、畳床の前の板張りには、三味線箱や遊女の名札を束ねたもの、食事の済んだ台の物などが雑然と並べられている。
 柿暖簾(かきのれん・柿茶に染めた店の暖簾)に白抜きで「葭田屋(よしだや)」とあるのは、音羽町九丁目にあった料理屋吉田屋のことだろうか。天保13年以降に書かれたとされる石塚豊芥子(いしずかほうかいし・1799-1862)の稿本『岡場所遊郭考』によると、音羽町の九丁目に「紅屋」「伊勢屋」という二軒の子供屋があり、料理屋は九丁目の「吉田屋」のほか八丁目に「住吉屋」「三河屋」の二軒があったようだ。護国寺門前として栄えたこの岡場所は、寛政の改革時に廃絶を免れたが、天保の改革にあたって取払いとなっている。
 ○遊女(a島田崩し)/文遣いの禿(a裂前髪の坊主頭)/座っている二人の禿(a禿島田)

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事