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Mが珍しく私の横に並んだ。しばらく何も言葉を発しないまま二人で歩く。Mは、なんて話を切り出せばいいのだろうと考えあぐねているように見える。私たちは、ただ一緒にいる仲間の話や冗談に耳を傾け笑っている。ようやくMが口を開いた。「Yumi、キミはボーイフレンドいるの」?やはり目を合わせることなく、下を向いたまま私の答えを待っている。「いないよ。キミはいるの」?顔を彼の方に向けた。少し笑みを浮かべているが、どことなく寂しげな表情でMはこう言った。「もう別れたんだ」「どうして」「彼女が裏切った(cheat)んだ」「彼女は若かったの」「年上の女だ」「どうして裏切ったってわかるの?本当に裏切ってたの」「ああ」。
彼の口から伝えられた事実はあまりにも衝撃的だった。まだ17歳の少年にとって、その荷は背負うには重すぎるだろう。ビルディング(プロジェクト:低所得者用公営住宅)内にある非常階段の陰で、彼女と他の男がセックスをしているところをMは目撃してしまったのだ。「それはひどいね」「だろ?信じられるか?あり得ねーよ」「信じられない。でも、まだ彼女のこと好きなんじゃない」「もう、好きじゃねーよ。ひでぇ性悪女だ。だからもう女はいらねー。女なんてみんな裏切る(cheat)んだ。ここでは女は男をひでぇ扱い方するんだ。本当だぜ」。「でも彼女のこと本気だったんでしょ?ちゃんとケアしたんでしょ」「ああ」「だったらいいじゃん。キミは間違ってなかったんだし。それが大事なんだよ」。私にはMの言葉が、精一杯の強がりのようにも、開き直りのようにも思えたが、実はただ傷付いた心を誰かに伝えたかったのかもしれないと思った。これからも誰かを愛してもいいのか、信じてもいいのか。自分では確信が持てないので、「いいんだよ(Yes)」という誰かの答えを欲しかった。「もう俺は真剣に女とは付き合わねー。バカみたいだもんな」「じゃあ、誰も愛さないの?真剣な付き合いは一切やめるの」「いや、まだそういう恋愛してみたいけど・・・もう探すのはやめる」「キミはキュートだしナイスな男の子なんだから、絶対すてきな女の子が見つかるよ。女の子はひとりになるのが寂しくて、つい他の男の子の方にふらっと行っちゃうときもあるのかもしれない。でもすべての女の子が裏切る(cheat)わけじゃないんだし。まだ若いんだからそんなこと言わないの」。いつものやんちゃな笑顔がMに戻る。「いや、でもよ・・・」。何か言いかけたが、途中でその言葉を呑み込んだ。「しばらく恋人はいいや。いまは適当に遊ぶ」。何か吹っ切れたようにMが言う。「それならそれで、いいんじゃん。そのうち誰かを本気でもう一度愛したくなるときが来ると思うけどね」「たぶんな」「私はそう思うよ」。愛したいし、信じたい。愛されたいし、信じて欲しい。だが、その愛を信じることが本当は一番怖いのだ。
「それにしてもキミはいい筋肉してるよね。鍛えてるの」?ダークスキンのしなやかな肌と肩や腕、胸にバランスよく付いた筋肉に思わず見とれながら私はMに尋ねた。「もちろんワークアウトしてっけど、そんなに頑張んなくても筋肉がすぐについちゃうんだ。オレの親父なんてすっごいマッチョだぜ。オレは親父に似たのか、生まれたときから赤ん坊のくせに筋肉が結構あったんだ」。筋肉質な赤ん坊を想像してみて、少しおかしくなった。
仲間数人とバスケットボールをしに公園へ行くというので、Mとは途中で別れを告げる。私と他の仲間は、そのまま地下鉄の駅へと向かった。
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hood(Hip-Hop Neighborhood)では、男性は物心つく頃から女性への甘い声かけや口説き方を見よう見まねで習得していく。hoodで生まれ育っていれば、いくらでも学ぶチャンスはある。ストリートで男たちが女の尻を舐めまわすように眺め、“Damn, she gotta a bad a**.(オー、あの女いいケツしてるぜ)”などと感嘆の声を上げている光景はいつでも目にすることができる。「○○さん、今日もお美しいですね」という挨拶の代わりに、ここでは「○○さん、今日もいいケツしてますね」と声をかける。
Boscoが運転する車の助手席には私、後部座席には彼のいとこが座り、3人でマンハッタンの街をドライブしていたときのこと。8月の太陽に照りつけられたアスファルトは黒く光り、熱を思い切り反射する。ビルの隙間をぬって風がたまに肌を撫でる程度。マンハッタンのビル群にまるで閉じこめられているようでとても暑苦しく、窮屈に感じる。この日も相変わらずの夏日だった。
冷房が効いた車内で私たちは音楽に耳を傾けながら、街の様子を眺めた。そのとき、私たちの目に飛び込んできたのは、白い薄手のワンピースドレスを着た女性の後ろ姿だった。肉付きのいい尻は左右に揺れ、黒い下着の線がはっきりと浮かんでいる。彼女の尻に釘付けになった二人は視界から消えるまで彼女の尻を目で追い続けた。いとこは突然、車の窓を開け、顔を外に出しながら大声でこう叫んだ。“Nice summer dress(素敵なサマードレスだね)!!”私たちの車はあっという間に彼女の横を通り過ぎた。「あれは、わざとだな。ぜってー、下着が透けてんのわかってるぜ」。いとこが言う。「気付いてねーんじゃねーか」とBosco。「気付いてるよ、ぜってー。ああやって声をかけられるのを待ってんだ」「気付いてねーよ」「気付いてるよ」「・・・」。二人はしばらく揉めていた。
2012年2月29日
※このブログは、朝日新聞ホームページ(asahi.com→マイタウンUSA→
ニューヨークコラム“Ghetto Life in New York -PART2”)上にて、
2003年11月12日から2005年11月24日まで掲載されたコラムをもとに
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