花鳥風月・生駒発

奈良・生駒を中心にした自然を発信したい。

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鳥の名前がわかりました

 鳥の名前がわからなかったのですが、奈良市の友人に問い合わせると、鳥取にいる「野鳥の会支部」に連絡してくれまして鳥名がわかりました。有難うございました。
 鳥の名前は、「そうしちょう」 相思鳥 です。 中国のペット鳥で籠ぬけ鳥です。
 早速、Yahooのウエブで調べると掲載されていました。
 
 猛暑の中、野鳥も子育てに励んでいるようです。我が家の庭ではヤマガラ・スズメのヒナドリが親鳥の後ろを追ってきています。
 庭では、秋の七草である「ふじばかま」がすくすく育ち、高原の蝶「あさぎまだら」が飛来してくるのを待っています。
 

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珍しい鳥がやってきました。

 四月四日、我が家の庭に見かけぬ鳥がやってきました。
 番(つがい)らしく、ヒタキ類のような歩き方で餌さ台の上にあがつて餌をつついたり、常緑樹のかげでごそごそしていました。 二三日滞在してどこかへ旅たちました。
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新春

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 新春 一月三日 元気を貰いに、生駒山の西側にある(東大阪市)花園ラグビー場へ「全国高校ラグビー大会」
準々決勝をみに行った。勝ち進んだチーム同士の戦いだけに大きな波乱も無く元気な姿を見せて貰った。
 次の写真は、昨年秋に行った中九州のl旅の写真で、耶馬溪・日田市の豆田町・阿蘇山・高千穂の風景です。
 
 

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夏の終わり

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 猛暑の続いている八月も終わりに近づいた。人間の体温以上になる気温が続き、特に都会における(ヒートアイランド)コンクリートの照り返し等の気温の上昇は過酷である。
 生駒山の懐に住む私にとっては、照り返しは無縁で、木々の合間を縫って吹いてくる風に気温の上昇も遮られ、街に出ない限り助けられている。
 とはいっても、山の中だけで生活が出来る訳でもなく、のこのこと賑やかな街の中に出て、その暑さに茫然となっている。
 六月、前述したが、讃岐善通寺のお参りは暑かった。本山寺から車での巡拝であったが駐車場から本堂まであるくのだけで汗だらけになった。(写真1)
 七月中旬「梅雨の間の北海道は一番良い時季ですよ。」 つられて知床方面のツアー旅行に参加した。今年の異常気候は北の大地も同じようで、今はまだましなほうだと言われた日程でしたが、雲に覆われた旅行は残念でした。(写真2知床の道 3霧の摩周湖の湖面が見えました 4富良野の花壇)
 八月上旬は、生駒の「と゜んどこまつり」自治会でお店を出しての手伝いに精を出し、賑やかな一夜を送りました。中旬は、昼間の甲子園の熱戦を観戦に行く元気は無く、夕方から始まる京セラドーム(大阪ドーム)のプロ野球観戦(オリックスVS楽天)にでかけ、二日前にタイガースの金本選手がドームの天井に打ち当てた球がファールになり物議をかもした処を眺めたりしました。(写真5.6 ドーム球場)
 下旬は、奈良・元興寺の地蔵盆へ、元気に孫たちが育つように、家内安全・健康長寿と、灯明皿に願文を書き、お祈りしました。(写真7.8 地蔵盆) 
  
  

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西讃岐路を訪ねて

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            七宝山
 
 蒸し暑い六月半ば、義弟の四十九日の法事があり、香川県観音寺市まで車で出かけた。
 家内の温厚な次弟が肺がんで亡くなり、重苦しい旅であった。
 その日は、朝五時過ぎに生駒から車で家内と出発。大阪南港で家内の末弟を乗せて、三人で明石大橋経由で観音寺に十時過ぎ到着。セレモニー会館で法事を行い、三豊市の実家の墓地に納骨した。
 葬儀、法事と車でトンボ帰りでは少し残念なので、義弟の弔いも含めて家内と近くの四国八十八ケ所寺院を廻ることとする。 68番神恵院、69番観音寺、67番大興寺とまわり、近くの「観音寺かんぽの宿」に泊まる。
 つきの朝、宿の四階の窓を開けると目前に観音寺市から北に連なる七宝山系の山を眺めることが出来た。左には観音寺市内から燧灘につながる瀬戸内海が眺められ、右の北側は桃太郎伝説のある紫雲出山・荘内半島に続いている。それらを眺めていると時間のたつのを忘れ茫然となっていた。
 私の本籍地は、結婚するまでこの観音寺の隣り、この山の麓である三豊市にあった。父の出身地であり、太平洋戦争の末期に岡山市で戦災に会い疎開して一年ほど過ごしたところである。家内の実家も隣り町である。
 戦後の疎開先の生活は大変で、そのときに長兄が結核に罹り二十歳の若さで亡くなった。その分骨を71番札所弥谷寺へ持っていったことを記憶している。帰りに「振り向いたら仏さんも一緒に帰ってくるから、前を向いて歩くんだよ」と言われて夢中で前を向いて歩いたことを思い出した。
 朝から、70番本山寺、72番曼荼羅寺、73番出釈迦寺、74番甲山寺、75番善通寺を参詣した。この日は、ものすごく蒸し暑い日となり予定を変更して、岡山市へ行くこととする。岡山には私の兄がすんでおり、最近少し体調を崩しているので見舞いを兼ねて訪問する。 思ったより元気そうなので安心し辞して、山陽道を一路奈良へと突っ走る。 宝塚、吹田付近の渋滞も午後八時すぎには解消され、土曜日の高速道割引1,000円余で午後九時すぎ帰宅。いろいろと考えさせられた二日間であった。 
 
 
 
 
 
 
 
 

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