都路・山本一典の田舎雑記

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2012年2月23日

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マサイの気持ち

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 朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」で元・東電社員Kさんと川内村・獏原
人村のマサイとの交流を興味深く読ませてもらった。Kさんはフクイチで制御
棒の操作などに関わっていた技術者だが、本当は1本ずつ操作するものを効率
を優先させる東電のやり方に疑問を持ち、やがて原発そのものに懐疑心を膨ら
ませていった。
この地域に東電の関係者はごまんといるけれど、こんな重要な
作業をやっていた人だから、かなりの知識を持っているはずだ。そのKさんが
あるとき獏原人村を訪れ、文明に依存しないマサイの生き方に惚れ込んでしま
う。
結局、10年ほど前に東電を去り、いまは高知で田舎暮らしをしている。
 原発事故の直後、マサイとボケは三春から茨城へ避難。しかし、鶏の餌のこ
とが気になり、Kさんに電話で相談した。「大爆発の危険性はない」と聞いて
マサイは自宅に戻ったという。どんな会話をしたかまでは記事に書いていない
が、かなり高度な話をしたのではなかろうか。
私がブログ仲間のにしまきおさ
んや河北新報の中島さんと一緒に獏原人村を訪ねたのは4月19日。そのとき
チェルノブイリ事故直後に共同購入したというcpmの放射能測定器を見てび
っくりした。当時の獏原人村は収入もほとんどなかったはずで、それでも原発
の危険性を予知していたのだ。
ヒッピームーブメント恐るべしである。Kさん
の予測はその数値が参考になったかもしれない。
 マサイはその後、村議選に出馬して落選。その動機について「政治とか全然
好きじゃないけど、既成のことに我慢できない人が投票する場所がほしいと思
って」と述べている。合併前の都路村では、移住者のAさんが村議選に出て2
位当選した。それと同じことが起こらないまでも、マサイのことをよくわかっ
ていたら最下位でも当選させるべきだったべなあ。村民がそうしなかったの
は、マサイをただの卵売りとしてしか見ていなかったか、地域に混乱を招く危
険分子と判断したか、のいずれかだろう。でも、本人は「議員やらなくてよか
った。人を攻撃とかしたくないし」と語っている。私も原発事故後はエコとエ
ゴの関係性について考えさせられることが多いのだが、マサイは鶏に餌を与え
る生活を続けている。
そして1匹だけ助かった「7匹の子ヤギ」を例に挙げて
「逃げた時点では誰が正しい選択かわからない。いま、同じ状況。何が正しい
かわかんないじゃん」と真理を突いている。マサイとは5年前に一緒に川内村
で講演したこともあるのだが、改めてこの人のすごさがわかった。

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