マサイの気持ち
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朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」で元・東電社員Kさんと川内村・獏原 人村のマサイとの交流を興味深く読ませてもらった。Kさんはフクイチで制御 棒の操作などに関わっていた技術者だが、本当は1本ずつ操作するものを効率 を優先させる東電のやり方に疑問を持ち、やがて原発そのものに懐疑心を膨ら ませていった。この地域に東電の関係者はごまんといるけれど、こんな重要な 作業をやっていた人だから、かなりの知識を持っているはずだ。そのKさんが あるとき獏原人村を訪れ、文明に依存しないマサイの生き方に惚れ込んでしま う。結局、10年ほど前に東電を去り、いまは高知で田舎暮らしをしている。 原発事故の直後、マサイとボケは三春から茨城へ避難。しかし、鶏の餌のこ とが気になり、Kさんに電話で相談した。「大爆発の危険性はない」と聞いて マサイは自宅に戻ったという。どんな会話をしたかまでは記事に書いていない が、かなり高度な話をしたのではなかろうか。私がブログ仲間のにしまきおさ んや河北新報の中島さんと一緒に獏原人村を訪ねたのは4月19日。そのとき チェルノブイリ事故直後に共同購入したというcpmの放射能測定器を見てび っくりした。当時の獏原人村は収入もほとんどなかったはずで、それでも原発 の危険性を予知していたのだ。ヒッピームーブメント恐るべしである。Kさん の予測はその数値が参考になったかもしれない。 マサイはその後、村議選に出馬して落選。その動機について「政治とか全然 好きじゃないけど、既成のことに我慢できない人が投票する場所がほしいと思 って」と述べている。合併前の都路村では、移住者のAさんが村議選に出て2 位当選した。それと同じことが起こらないまでも、マサイのことをよくわかっ ていたら最下位でも当選させるべきだったべなあ。村民がそうしなかったの は、マサイをただの卵売りとしてしか見ていなかったか、地域に混乱を招く危 険分子と判断したか、のいずれかだろう。でも、本人は「議員やらなくてよか った。人を攻撃とかしたくないし」と語っている。私も原発事故後はエコとエ ゴの関係性について考えさせられることが多いのだが、マサイは鶏に餌を与え る生活を続けている。そして1匹だけ助かった「7匹の子ヤギ」を例に挙げて 「逃げた時点では誰が正しい選択かわからない。いま、同じ状況。何が正しい かわかんないじゃん」と真理を突いている。マサイとは5年前に一緒に川内村 で講演したこともあるのだが、改めてこの人のすごさがわかった。 |
