斐伊川の下流
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難攻不落の山城といわれたお城も、政治の中心が松江に移ってからは、寂しく自然の緑にうずもれていました。 山の上には山中鹿之助の銅像もあるようです。「我に七難八苦を与えたまえ」と祈って尼子氏復興を目指した山中鹿之助の話なども神楽の題材になってるところもあるのかなー。 この広い出雲平野は、この斐伊川が運んできた堆積物によって作られたようです。広がった出雲平野を流れる斐伊川は「天井川」と呼ばれる高い位置を流れる川になっていました。 この斐伊川が溢れたり、流れを変えたりする姿は、まさに荒れ狂う八岐大蛇そのものだったをだろうなとわかったような気がしました。 |



