重陽の節句を祝う

書庫、「気分転換」に‘神経衰弱’というゲームを転載しました。

川と人の暮らし

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島、という形状

ずっと前のことですが、『八丈島』 に観光で行ったことがあります。

自然の要塞、などと云う表現がありますが、『八丈島』 は、古くから、本当に罪人が流された所でした。

現地の観光案内の人が、

‘黄八丈、という織物の技術も、ここに流されて来た罪人がもたらしてくれた文化の一つでした’、 
 
  と云っていました。

江戸時代でも、八丈島に ‘島流し’ になる者は、所謂 ‘政治犯’ などのインテリ人間で、彼等は当時の島の人々よりも知識が優れていましたから、島にやって来て、随分様々なことを教えていたそうです。


陸の孤島、などと云うことばもあります。

陸地にありながら、周囲からの行き来が断絶していて、限られた区域で偏狭な暮らしを営んでいる様な所です。


そういう “島” になった所、というのは特徴を持った文化を形勢することになる訳です。


今更乍らに云う様ですが、

この日本列島そのものが、古より、そういう “島” 特有の文化の形勢をしていた、ということがあるかもしれません。


記紀に於いても、この国を “アキツ シマ ヤマト” などと表現しています。

そして、概ね現在の日本人も、何故か皆 “島” という語を好んでいると思われます。

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遺跡見学会に行ってきたら・・・

埼玉県、桶川市 (おけがわ 市) 、諏訪野遺跡 (縄文時代中期,4000年〜5500年前) の遺跡見学会に行ってきました。

縄文時代の環濠集落跡が発見された所です。イメージ 1
















イメージ 2 その規模は直径200mと推定されています。













埼玉県は、万葉時代には 「さきたまの津」 などと呼ばれ、行田には ‘さきたま古墳群’ も有り、記紀の時代から、日本の歴史に名を現す所であることは、私もこのブログに書いてきました。

けれど、この県のほぼ全域には、縄文の遺跡 (貝塚 等) が存在し、今回は県内最大の規模と目された環濠集落跡が発見されたのです。



遺跡を目の前にすると、やはり気分の高揚がありますが、見学会が行われた2月17日(日)、は北風の吹く非常に寒い日で、その二日後の火曜日、目が醒めた時突然、気分が悪くなり、三日間、寝込み、四日目の今日、ウソの様に気持ちの悪さは消えていましたが、高まっていた、埼玉県の縄文遺跡への関心事も、今は、散漫になってしまったのです。


このことは、日を改めて又、書きます。

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縄文土器について、−−雑記

 縄文の土器の表面にある文様には、祈り の意味があり、そして 祈り を込めてそれを作っていたのは女性だったのではないだろうかと、私は考えていますが、

新しい弥生の時代になってから作られた土器の表面には、文様は描かれなくなっていて、

 もしも、縄文時代にはあった 祈り という大切なものが、弥生時代になって喪失されていたのだとすると、その社会の変貌には、すぐには想像することも出来ない、壮絶なものがあったのではないだろうかと、考えます。


 弥生時代の文化の遺物には「鏡」、「玉」 などがあって、それは弥生時代の人々の信仰心と無縁ではありません。

 つまり、弥生時代には土器を専ら実用品として用いなければならない必要があって、祈り願い を込めるものとしての宗教道具は、他のものを使うようになった、肉体的に生きることと、精神的に生きることが、分離した、ということだと考えます。

 縄文の文様が描かれた土器は、形が甕状や鉢状ですから、水や食物を入れた、と思いがちですが、祈り願い が込められていたと考えた場合には、それを実用品とはみなし難くなってきます。

見る為に文様を描いたのだと思われますから、その土器は、掲げ飾られたのではないでしょうか。

主に狩猟によって食料を獲得していた時代、労せずして得ることの出来る果物などは、正に天からの恵みです。

それを器に盛って眺める時こそは、お祝いをしたくなる程の歓喜が満ちてくる時だと思います。


縄文の土器は、天からの恵みの果物などを盛って飾る為の器だったのではないかと、

 そう私は思います。

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土器を作る手

イメージ 1

古墳時代以前の遺跡から出土する『土器』とは、つまり壺状のもののことです。

 水を汲み入れて蓄えておく為のものか、煮炊きなどの調理に使ったものか、の形をしているので、どうしてもそんな風な、家庭的な用途を想像します。

 、というと概ね、口が窄まった形になっています。 口が広がったものもありますが、細かい装飾がされていることもあって、

 『土器』は、男性よりも小さな手をしている女性が作っていたのではないか、と私なども思ったりします。

 普通に考えて、狩猟は男性の働きによっていたと思います。


太古、男性は狩りに出掛け、女性は竈を守って、『土器』を作っていた、−−のかもしれません。

すると、男性と女性の役割分担がされていた、ということになります。

 縄文土器の表面の「流水文」には、川の恩恵に預かってその流域に暮らしを営む人々の、信仰心が描かれているのではないかと、考えを廻らせる訳ですが、

 では、そうすると、

信仰や祈りということをするのは、女性の役目になっていたのではないのかと、考えることが出来ると思います。

縄文時代の、壺、では無い土器に 『土偶』 というものがあります。

『土偶』 こそは、何かの祈りを込めて作られていたのではないかと、多くの人が云っています。


   手や足などが欠けていることが殆どで、その欠けている部分の怪我や病気の回復を願った
   のではないか、という様なことが云われています。


祈りは女性の役目、
 
 −−弥生時代の女王「卑弥呼」にも、シャーマンとしての役割がありました。

  代々の皇后にも、霊能者としての素質が望まれていたと聞いたことがあります。



 そういう習わしのルーツは、祈りを込めて女性が 『土偶』 を作っていた縄文の時代から始まっていたということが出来ると思います。


・・写真の『土偶』には欠けた所は見当たりませんが、握り易い十字の形をした女性像です。
  これを、縄文のヴィーナスと云い表しているのです。

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暮らしを支える信仰心

イメージ 1

イメージ 2

川と共に人の暮らしがある、と云って念頭に浮かぶのは、

  インドのガンジス川 です。

ガンジス川流域には、聖地と呼ばれるところが幾つかあって、中でも最大の聖地が ベナレス です。


私がその ベナレス という名を知ったのは、三島由紀夫が書いた『暁の寺』、という本の中でした。


 −−−ベナレスは、聖地の中の聖地であり、ヒンズー教徒たちのエルサレムである。シヴァ神の
  御座所(おましどころ)なる雪山ヒマラヤの、雪解水を亨(う)けて流れるガンジスが、絶妙な
  三日月形をえがいて彎曲するところ、その西岸に古名ヴァラナシ、すなわちベナレスの町がある。
 −−それは、天国への主門、−−それは、又各地からの順礼の目標の地、
 −−ここの水を浴びれば、来世の至福は居ながらにして成るのだった。


聖地と言われて、そこは人の暮らしの中でも精神的な面と関わる所になります。 しかし、それだけに切っても切れない、生ある人にとって永遠の場所です。

このガンジス川流域の聖地に集まる人の姿が、古代の人の姿を写したものかどうかは分かりません。

私は前に、古代縄文の時代に、文化が発祥する川の流域での人の暮らしがあって、その名残りが古墳に納められる棺が舟の形であったり、又永遠の別れは‘舟に乗って行く’と詠われるものであったりすることなのではないか、と書きました。


人の暮らしの基となるものを、畏れ敬うようになり、やがて信仰が生まれる、
  そういう風に文化が進行して、民族が形成されて行くと思います。

ガンジス川は、聖地という究極の位置に据えらたまま、歴史の中で凍結しているのです。


蓮華文は仏教を表すものです。
 つまり、信仰を形で表すということを古代の人々は洋の東西を問わず、するのです。


蓮華文を描くよりも以前に、『水』を描くことを、古代の日本人はしていました。

写真にある通り、縄文の土器にも、弥生の銅鐸や土器にも、『水』が描かれているのです。


川は紛れもなく、高い精神性に到達した文化を生んでいた、
 と、私は考えます。

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