詩的な昼下がり 〜ブロッコリーの小説〜

詩的で私的な短編小説などを書いています。よかったらお立ち寄りください

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春に怪我する。エロネコは知っている。29

    
                 29




「ええ、わかったわ、もうそれ以上は無理に何かを言おうとしなくてもいいわ・・・・」


コマリさんが僕の怪我に向かって頷きながらそう言った。会話を終えたみたいだった。


体の内側から光る何かを感じた。その光は意味のある感じで点滅していた。


それは空はなぜ青いのかといった種類の精神的な真実に通ずるんじゃないかと思えそうな物理学的疑問みたいに、ただ内側からとして感じた。


でもレイリー拡散・・・・。僕は違うことを今は言いたい。


「何か聞き出せたかい?僕の怪我から」


なぜか僕のその声はかれていた。僕の怪我が僕の声帯を利用してコマリさんと会話していたからなんだろうか。それとも僕がただ単に思い出の中で声をからしすぎたせいなんだろうか。


どちらにせよ僕は今ここで何か非果然的な方向性または同 兆候みたいなものが示されうるとはその時点では微塵も考えてはいなかった。


立ち上がったコマリさんは僕の顔を見て「ええ」と頷いた。僕とコマリさんの互いのまばたきのペースがその時ちょうど重なった。ゆっくりと、ちょうど。


「聞き出せたんだね」


「ええ、ちゃんと、聞き出せたわ」


コマリさんは僕の両頬に手をあてた。(かわいそうだから)。サラダボール持つときみたいな感じで、手を。僕がどこかフレッシュな、それもまったく搾りたててないタイプのそれだったことは事実だった。


コマリさんは答えよりもまずは先に僕に微笑んでくれた。(かわいそうだから)。


もしも地獄まで連れて行きたい微笑みがあるとすれば、こんな感じの八面六臂の活躍を見せてくれそうな微笑みがいい。たとえ地獄でも微笑み返せるってもんだ。


「なんて言ってたんだい?」


何て。―――――――― 何て。


「・・・・・うん・・・・・そうね・・・・・」


「いいづらいことかい?」


コマリさんがまだ微笑みの部分をそれほど崩していなかったから、僕はまだそうやって聞けただけな気がした。


「ううん。そんなことはないわ。でも・・・・・」


「・・・・・でも?」


「あなたきっと悩んでしまうわ」


そもそもコマリさんはなぜ青いのか、というわけのわからない疑問が僕の頭の中でごちゃ混ぜで透き通った。


ごちゃごちゃに混ざって、透き通った。



 
                    つづく

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春に怪我する。エロネコは知っている。28

                  
               



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あれほど憂鬱だった毎週日曜日のテストが、逆に足つっちゃうくらいに楽しくなった。


テスト結果はむごたらしかったけど、逆に肩外れるくらいに、お話した。『玲子』ちゃんと。


声がかれた。僕は喉が弱いせいもあったけど、あまり人を笑わせようと思ってしゃべったことってなかった。女のこを。


その日のテストの答えあわせをして、僕はちょっと前まではそこそこできるやつだったことを鼻にかけたりして、『玲子』ちゃんがすごいねって、だってそう言うから。僕。


すでにご承知のように、最終的にこの戦争で敗れることになる僕は、その後も『風雲たけし城』突入していった一般の人みたいに一般的な坂の転げ落ち方をした。


クラス替えのときはすぐに来た。


玲子ちゃんは上のクラスへ。


僕は。その逆。


「また一緒のクラスになれるといいね」


と言ってくれたら、僕はもう少し下のほうまで転がっていけたかもしれない。


「さよなら」とかもあったほうがいいもんだ。キャリーオーバーされればいいと思う、初恋も。


思い出の最後のほうで玲子ちゃんが僕に何かを言ってくれた。


べつに僕がその思い出に対して何かを問いかけたからではないみたいだった。


これは思い出の中だけのセリフなのだと僕にも分かった。


隣の席に座って・・・・、こっちを向いて・・・・・、笑顔で・・・・、あれ・・・・・、笑顔が・・・・・・・・


「かわいそうだから・・・・・・・・」「あなたが」


そんなこと言ってなかったはずだ。僕は首を振る。そんなばかな。


「ただかわいそうだったから、ごめんね、結局はそれだけなの・・・・・女って」


玲子ちゃんの口の動きはまるで吹き替えの映画みたいにあっていない。でも玲子ちゃんの声だ。


そんな・・・・・。言ってないよね。


「いい。。。。。か・わ・そ・う・だから・よ」


声が明らかに変わった。僕はそこでわれに帰った。思い出は舞台袖にはけた。しゃべっていたのはコマリさんだった。


僕はとにかくそれに頷いたりしてみた。「うん」


「いい・・・・もう一度言うわね。カッコ書きの「かわいそう」があるのよ。女には、いつも。男に何かしてあげるときは、いつも」


・・・・・・・・・・・・・・・・括弧書きの・・・・・・・・・か わ い そ う         が。


コマリさんはそういったあとで優しく僕の指先をくわえ込んだ。


僕が (かわいそう) だから。


ただそれだけ   だから。



 
                       つづく

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春に怪我する。エロネコは知っている。27

                    27





その日のテストが全部終わってから


僕は「ありがとう」を言った。


その時初めて隣の席のほうを向いた。


初恋ならこうだとか、初恋ならそうだとか、まったく問題じゃなかった。


消しゴムを返した。その女の子に。黄色いキャラクター消しゴム。新品。


おっきなお庭で、おりこうな大型犬と上品なお話をしている感じの女の子だった。ありがちな初恋だったとしても、でもそれだって問題にならなかった。


きりっとしたその目を覚えている。きつく後ろに束ねた黒い髪の毛も。


「困っていたみたいだから」


本当はもっと他に何かも言ってくれていたんだけど、とにかく僕はぼーっとそのこに見とれてしまっていた。


僕はありとあらゆるものを禁じられていた。テレビ、漫画、ファミコン、スナック菓子、プラモデル、秘密基地、野球、チューインガム、炭酸飲料、長電話、塾以外の外出・・・・・。それが当たり前と思っていた。当時の話だ。恋はその例にも上らなかった。あたりまえすぎて。だからこのショックは大きかった。レールに例えた人生論を信じていた。恋は別のとこからやってきた。禁じえないものがあるとして、でもどうしていいかわからなかった。僕は。


「すごく助かったよ、僕。どうしようかと思ったんだ」


そんなことを言ったと思う。


答案用紙回収のときにちょっとだけそのコの名前が見えた。『玲子』。


好きになったらいけませんか。いけないよね。だって。きっと。


僕はその日の帰りのバスでノートにそう書いた。車酔いは少しあった。




                         つづく

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春に怪我する。エロネコは知っている。26

                  26




僕の体の中のどこかで雷鳴が轟いた気がした。


その音のせいで僕の体の中の広さは僕の把握している範囲よりやや広く感じた。


コマリさんは僕の怪我と会話を(?)続けてくれていた。


僕はもう目を閉じていた。静かに僕は目を閉じていた。夜露が落ちる音が聞こえるほどの静寂みたいなものはでも、なかった。


プレートテクトニクスとかよくわからないけどその他の地学現象みたいな感じで、ダイナミックに僕の血液が移動していっているのがわかった。


僕の固い固いリソスフェア。固くなったリソスフェア。僕の根本。消えかけて。消し去って・・・・。


春が全部、消してくれる・・・・、春が春の等身大の消しゴムで・・・・・・、ん?消しゴム?根本?


そうか、それを思い出すべきだった。


僕は砂嵐状態のテレビ画面のような精神状態に持っていかれたせいで、記憶の海の奥底から、記憶から完全に切り離されていた思い出を引き上げた。思い出そのものが潜水病にならないようにゆっくりと引き上げることだけを僕は心がけた。


それはひとつの消しゴム。黄色い消しゴム。


再び僕は受験戦争真っ只中の小学生時代までさかのぼる。


5年生の頃。春。


当時の僕は月ごとの成績順のクラスわけで、毎月ランクを落としていっていた。モチベーションはかなり低下していた。


クラスは全部で四〇から五〇クラスに分けられていて、ちょうどその頃の僕は真ん中くらいのクラスだった。当然それぞれのランクによって受けるテストの難易度も異なっていた。


一クラスに100人ギッシリ詰め込まれていた。


入れ替わりが激しくて、隣の席の人に気をとめることなんてほとんどなかった。


そんなある週のテストの日。


僕は順調に答案用紙を埋めていっていた。鉛筆の芯を1本折った。でも代えはいくつも持ってきていた。


ランクがかなり落ちていたせいで、このクラスのテストは実際のところ僕には易しい部類だった。失いかけていた自尊心を少し取り戻しかけていた。僕には向上心というものはほとんどなかった。


ある問題で僕はうっかり答えを書き間違えてしまった。もちろん消しゴムで消して書き直せばよかった。


でもそれができなかった。


僕はその日消しゴムを忘れてしまっていた。


その時初めてそのことに気づいて、僕はとてつもなく動揺してしまった。まだテストは始まったばかりだった。6科目6時間もあるのだ。


試験監督のほうを見た。挙動不審な僕をにらみつけるかのようにして見て来た。僕はすぐに目を答案用紙にもどした。


知らない100人の子たちが真剣にテストを受けているその空間で、手を挙げて「消しゴム忘れてしまいました」と潔くいえるほどの勇気が僕にはなかった。戦場で武器忘れたらどうなるかぐらい僕だってわかった。ようするに男じゃなかった。


親指でこすって消そうかなと考えながらひとりモゾモゾしていたときだった。


すっと横から白い手が伸びてきて、その手は僕に消しゴムを握らせてくれた。びっくりしたけど、黙って受け取った。女の子の手だった。


テスト中に真横を向くことは禁じられていた。この行為自体もリスクのある行為だった。試験監督はカンニング行為にとても厳しかった。


危険を冒してまで僕に消しゴムを渡してくれたことと、どんな顔で僕に渡してくれたのかわからなかったこととで、そのことばっか考えていて、結局その日のテストはまるでダメだった。
           





                          
                         つづく

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春に怪我する。エロネコは知っている。25

                      25




「ちょっと診てあげよっか、その怪我」


コマリさんがイスから立ち上がってそう言いながら僕のほうまで来た。


ハイヒールが立てる音に若干の優位性があった。


「そんなことできるのかい?」


と僕が尋ねるとコマリさんは何も言わずに主に左手の中指の先で僕の怪我している右手の肩から指先までをゆっくり撫でてなぞりながら下らせた。


すごくまっすぐですごくゆっくりと。下って。


そのままコマリさんは僕の前にしゃがみこんだ。ひざのたたみ方がきれいで、スカートのすそからスレスレまでの太ももが見えていた。


「患部と少しだけお話ができるのよ。あら、言ったことなかったっけ?」


そんなこと聞いたことないし、なんだか具体的にイメージしにくい能力だな、それって。


「どんな風にだい?」


「男がして欲しいようによ。男がして欲しがってるねっとりとしたお・は・な・しをするのよ」


しゃがみこんだコマリさんが僕を見上げてそう言った。唇の上を(男がして欲しい?)感じに自分の舌でまるでいけない何かふき取るみたいに一周させて微笑んでいた。


「お・は・な・しなんだね、それは」


なまつばのみ込む音って例えばスクールもののラブコメみたいにそんなにでっかい音じゃないだろ。たぶん。


僕はコマリさんが耳の上で髪をかきあげるその仕草をじっと見ていた。男は究極の甘えとしての優位性を手に入れたがる。女からすればやはりこれは残念なお知らせにあたるんだろう。きっと。


「怪我してる部分ってとってもあつくなっているの、あつあつなの、フフ、おっきなエネルギー。ときどきあたしには患部がピカピカ光って見えたりもするの」


「僕の血液のなかに何か発光する物質が含まれてるなんてことを健康診断で言われたことは一度もないぜ」


サイコメトラーなんだろうか・・・・コマリさんて・・・・。


「あたしもあつくなっちゃうの。あっつく」


どこらへんがそうなのかをコマリさんがあえて僕に想像させて、右脳限定で悩殺しようとしているのが分かったし、ほとんどそうなった。


僕の指の1本1本をコマリさんは手にとって小指を立てながら、口の中に順番にくわえていった。


コマリさんの頭が悩ましげに上下して、僕の指先がその舌を感じた。ちゃんとお・は・な・しみたいに動いていた。


「見ながらしてあげわ。あなたの顔を。」


男がして欲しいように・・・・・・。


外で大きな声が聞こえた。実際には今の状態の僕が聞いているよりはたぶんもっと大きな声なんだと思う。


外の大通りを選挙カーが通り過ぎていったみたいだった。「最後のお願いにまいりました」と、その大きな声は何度も言っていた。


―――――――――――― 最後のお願いにまいりました。


僕は「ああ」か「うん」を言った。





                  つづく

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