渚村安遊堂

永い浮き世に短い人生・エィママヨ

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中村座(1)

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 今回案内された会場は、浅草の隅田川沿いの「中村座」だった。歌舞伎座立て替え中で、あっちこっち。前回は浅草公会堂だった。


 「中村座」僕の常識では、歌舞伎を上演する会場の呼び名かと思うと、そうでもないらしい。
 プログラムを見ていると公演の主催のフジテレビの会長さんのご挨拶には、「本日は江戸の芝居小屋平成中村座においで下さいましてありがとう御座います。・・・(ほらやはり会場のことだ)
中村座は、国内のみならず海外にも進出し今回のロングセラー公演を果たすことができました。・・(公演を果たす?建物が果たすわけはない。興行師か)
新しいことに挑戦し続けますます進化していく平成中村座。・・・・(進化するなんか役者や劇団のことみたいだし)。
 
 又、「テントで歌舞伎をやりたい」という中村勘三郎さんの思いからこの墨田公園に江戸時代のにぎわいそのままの芝居小屋として誕生しまし・・(やはり会場かな)

 ある、歌舞伎解説本を見ていたら」江戸時代、座元の『座』というのは、一座(集団)を表すとともにその一座が出演する劇場も意味する。幕府から座元に対しては、歌舞伎興行をしてよろしいという権利が与えられた。」とある。
 だから、中村座というのは隅田川のほとりの体育館のような仮設(とある)の劇場であり、中村一門の役者衆の事であり、興行者でもあると言うことである。

 現在の(18代)中村勘三郎さんが、江戸時代のように歌舞伎をしたいという願いから生まれた劇場の名前であり、役者の集団でもあると言うことか。
 絵は、プログラムにあたもの。左の方にやめの上に黒い箱のようなものの乗っかった建物が往時(江戸時代の)中村座だと言う。江戸情緒たっぷり
 

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からさわぎ

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 ☆からさわぎ(広辞苑)
 さほどでもないことを騒ぎ立てること。騒ぎだけで成果のないこと。

 ☆スカイツリー☆
 おきまりの病院通い。手術後一周年記念。お世話をして下さった方が、せっかくだから、歌舞伎を予約してくれた。浅草の中村座である(歌舞伎話は明日からします)。浅草か。ホテルも浅草にしよう。スカイツリーがよく見えるだろう。開業一週間前だ。
歌舞伎がはねると僕は、寝酒の居酒屋探しで目が三角になっていた。確かにスカイツリーだ。ボーっと青くかすんでいたなあ。・・翌朝夕べはどこから見たかと国際通りを歩いていたら言問い通りとの交差点でそれが見えた。霧で霞すんでいるだけ。昨日今日のテレビの騒ぎを見ていると夜などもう少しシミジミと気をつけて楽しんでおけばよかったなあと後悔する。それが空騒ぎである。
 僕は、「3丁目の夕日の頃」が、青年期だったから、東京タワーの方が愛着あると思ってる病院も芝公園が近いから。

☆金環日食☆
 事がおこるのは、だいぶ前から知っていたが、準備はしなかった。
 子どもの頃の日食は、僕らは学校で顕微鏡のプレパラートを乗せるちいさなガラスにロウソクのすすをつけて日食を見た。長じては下敷きで見た。
 何とかなるさと高をくくっていた。ちらちら映る木漏れ日でも見ればよしとするかと思っていた。ところがテレビなどでは今世紀最大のとか、次回は僕の年では、もう見られないような重大な出来事だと騒いでいる。世紀の大天体ショーを見なければ末代までの恥だと思うよになった。しかし、幸い天気はよくないらしい。
 朝空を見ると雲の太陽があることがわかる。サングラスを持ち出してみた。なんだ、蛍光灯ではないか。とおもってみるのをっやめた。世紀の大事件だから写真くらいをと思っても。テレビでは「裸眼で直接太陽を見るのは危険です」と会っていて、カメラではどうする説明もない。一生ものの映像h映像はあればよいとテレビの画面にカメラを向けた。

☆新東名開通☆
 「走ってきたよ」という方に何人か、お目にかかった。どこへ行ったのと問うたら、「新東名が目的だ」といった。僕は、高速道路など旅の過程だと思っていたからそういう目的もあるか。と感心した。
 僕はかねてから新東名の開通したら「四つ角の鰻や」へ行こうと思っていた。でも今は。浜名君のことで悲しすぎる。彼の案内してくれた、浜名湖鉄道の木賀(?)駅付近だったかな。清水やさんという鰻屋である。一番実現したいことは、スカイツリーよりもなによりもこれである。しかし悲しすぎる。

僕の空騒ぎ、騒ぎ立てるばかりで全く成果はない。


 

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オオハラマチ

  ※5月の連休中はは家に篭もっていたのに二波三波にも渡って訪れる子ど   も(長男の孫。次男の孫。よその孫)の襲来に疲れ風邪を引いた。その   上、五月は諸役の総会がが多い。※

そうこうしているうちに若葉の頃になり、連休で田植えは全部終わってしまった。オオソウダ「もうオオハラマチだったな」と言う日も過ぎた。

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イソンクチ

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 僕らが大人になってしばらく間で渚村にはイソンクチという行事があった。
イソンクチ=磯の口=磯の口開け=この磯での狩猟の解禁という意味である。
村の東には小さな磯浜がある(写真上)。磯には様々な生き物が住んでいたがその狩猟の解禁である。いつも海の色が緑色になる暖かい4月の大潮の日の近辺の日曜日に行われた。一家総出で磯に出かけるのである。

 磯の生き物と言っても主として、わかめである。荒波にもまれて堅いこのわかめは昔からこの村の人々の食生活を豊かにした。

 漁業会(漁業組合)の二階に赤い旗がでると勝負開始である。それぞれが長年の経験に基づいて若めの繁る自分の場所を心得ていてそこをめがけて突進する。手で引きちぎったり、鎌で刈ったりしたわかめは、腰にぶら下げた「タマリ」と言う網の中に押し込む。暖かい気候とはいえ春の海は寒く波にさらわれたりするとタマリが水の中に沈み重い、重い。ザァーとタマリから水がしたたり落ちる。タマリが一杯になると波から安全な岩の上に置かれた背負い籠に移すのである。
 
10時解禁、およそ昼頃になると、わかめは取り尽くされる。採ったたわかめは砂浜に場所を決め流木などで目印を建て干すのである。

 この日以来、この磯いつでも入ってよいことになる。子どもたちは、遊びがである。水中めがねをつけて潜り岩だな小さなサザエを見つけて得意になったり、磯玉を採っておやつにしたり、磯で遊ぶことになる。年上の子どもたちは銛、アイナメ等という磯魚をついて評判になったりした。
 都会の親戚の子など磯に連れてくるとフジツボだの亀の手だの僕らが相手にしない会を喜んで採って磯玉と一緒に祖母に似てもらったりして食べた。
 山の村から「ゼイゴペ」が遠足に来たりして、たこを捕らえ「おれがさきだ、おまえが先だ」と喧嘩になりひぱりっこで、分けたのもおもしろい。

 春の連休、孫たちをつれて息子が来ると必ず海へ行く。このごろはこの小さな磯にも漁業権がないと入れないのだ、子どもの頃は地先の磯は住民主のだった。が、今は孫も春の磯で小魚と遊んだり、ウニのとげに驚いたりする経験はできない。広い砂浜で波に戯れるだけだ。

 親戚のおじいさん、70歳で金を稼ぐ百姓終了宣言。後は遊ぶだけだ。と始めた少年の日の思い出磯遊び。牡蠣をよく届けてくれた。なくなって10年。

僕はそんな親子を堤防に座って見ていながら磯の口のことを思い出し、春の日の中で居眠りをする。

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大手まりが咲いた

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大手まりは、緑から白に花の色が変わるとき美しい。

 学生時代の同級生Kさんに高速バスの中であった。彼女は、高校時代のお友達との会合があるとたのしそうに語った。

 僕らの大学時代の同窓生の話になり、Iさんの話になった。僕はこの同窓生のことを密かに「因幡の黒ウサギ」と名づけていた。浜育ちの健康な肌の色に愛くるしい横顔はうさぎさんい似てかわいいのでそう名付けたのだった。

 面倒見のよいKさんは、僕らが大学を卒業以来の50年もお目にかかたことのないうさぎさんと親交をを結んでいたのだという。

 そのうさぎさんは、ご主人逝き。お子さんもも幼くして失い今は東京で一人暮らしだという。その様子がおかしく、多分に認知症気味だったらしく、今はどこかの施設に入ってしまって行く方知れずだと心配していた。Kさんは何とか探してお話を聞いてやりたいがと心配していた。個人情報の関係で難しでしょうという。大勢の人が住む大都会でたとえ認知症がかっても見ずしらずの人たちの中で気を病み生活している。 なにかとても悲しい気がした。
 
 最近近所のお年寄りが、車にはねられた、その方はあばらを3本織るけがであったが、事情聴取で事故のことは全くきおくがないと言うし、病院では、「痴呆(病院でまだこのような言葉を使うのか)」があるのであずかれないという。年老いて高齢の夫婦二人での生活。生活を維持できるのかと心配。明日は我が身だと女房と話し合ったばかりだ。

ウサギさんの話は、明日は我が身どころか今日の自分のことのように思えた。
わたちの大手まりがまだ緑色をしていたときの黒ウサギさんにあいたいものだ。

P.S 全く今日明日の問題だ。雨の午後。毎日が日曜日の僕は、こたつに潜り込んで本を読んでいた。「ピンポン」がなった。僕はめんどくさそうに対応した。「宅配便であった」又ピンポンがなった。又めんどくさそうに対応した。30分くらいして。午後2回来客があった。1回目は宅配だった。さて2回目はなんだろう。30分前のことが思い出せない。50年目の「黒ウサギチャン」のことは覚えているのに30分前の事がわからない。・・・これはいよいよである。






 

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