北京老学生・日本に帰国

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。その後の日々を綴る。

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稀勢の里が、ようやく横綱になった。
稀勢の里自身に、地力があることは認めるが、彼の『応援団』の応援の仕方が、気持ちが悪かった。

国技館(というよりも、地方場所でのほうがひどかったとも感じるが)全体が、『日本出身横綱?』を待望する手拍子であふれかえる(ちょっと表現としてはおかしいが…)。そして、モンゴル出身の横綱が敗けると(相手が誰であれ)、座布団が舞う。

ついでに、NHKの放送も(特に解説者が舞の海氏であるときなど)露骨に『日本出身横綱待望論』を流し続ける。

逆に言うと、こういった『熱い期待』のなかで、稀勢の里は何度もプレッシャーに負けて、失敗し続けたようだった。


どちらにせよ、今回、彼は横綱になった。
結果的に『辻褄』はあったような感じだったが、日本相撲協会は、これまでの(内規による?)横綱昇進基準を緩和して、千秋楽の取り組みの前から、その結果がどうなろうと『横綱決定』という状態にして、稀勢の里が緊張しないように心配りをした。

要するに、相撲協会のほうでも、ここまでしないと、彼を横綱に出来ないかもしれないという不安があったのだろう。

このような、『ルール』に対する手心の加え方を見ると、相撲というのは、実に『いい加減なもの』だなという気がする。
昔、7勝7敗で千秋楽を迎えると、そこで勝つ力士が多かったという話を思い出した。

相撲には、スポーツというより、『お互いを助ける』という精神があふれているような気もする(だが、あのように危険な競技をやっている者同士にそういう感情が芽生えたとしても、あながち責めることはできない、という思いもある)。


さて、その『日本出身力士』という言葉は、モンゴル出身の旭天鵬が2012年5月場所で平幕優勝をとげたことから、『普及』した言葉のようだ。旭天鵬は、この時点で既に『日本人』に帰化していたので、『○○年ぶりの日本人力士優勝』という言葉が、使えなくなった。というよりも、使いたくなかったのだろう(当時、まだ使っていたかもしれないが)。
旭天鵬は、相撲協会(多くの大相撲ファン?)の考える本来の意味の『日本人』ではないということなのだ。

だが、この『日本出身力士』という言葉は、今後、どうなるのか?
今後、外国人にルーツを持つ人が、日本で生まれ、日本で育ち、日本の国籍を持っていたとしても、その人を『日本出身力士』と呼ぶのかどうかということである。

(実は、こういう人は、もともと昔からいた。例えばあの大鵬など、お父さんが『ロシア革命後に樺太に亡命したウクライナ人』というルーツの人である。何も狭い意味の『日本人』だけで、大相撲の歴史を支えてきたわけでは全くない。)

そんなことを考えていたら、今日(4日)の『朝日新聞』に次のような記事が出ていた。

イメージ 1


これは、テレビラジオ欄の一角に出ていたもので、ライターの和田静香さんという方が書いている『横綱・稀勢の里の意義』と題する文章。
その一部を引用する。

<第72代横綱・稀勢の里誕生。各局で横綱昇進伝達式や明治神宮での土俵入りを伝えたが、相撲中継でもお馴染(なじ)みのNHK刈屋富士雄アナ・解説委員が1月25日の「時論公論」で新横綱誕生の意義を解説した。>

<横綱・稀勢の里誕生の意義とは?>
<刈屋アナの言う意義は、「横綱が4人に増え、より最後まで真剣勝負になる」「日本出身の横綱誕生で、逆に国籍を問わず力士は力士という概念に戻る」「圧倒的な身体能力を持つ外国人力士の中で稀勢の里が横綱になり、あきらめムードだった若い力士にやる気が出る」>などだそうだ。

<「力士は力士という概念に戻る」は大賛成! でもちょっと待って。
日本出身力士なる妙な表現をして力士の国籍を強調したのは当のNHKの中継じゃない?>

<「伝える我々も自戒を込めて」と、国籍へのこだわりに相撲中継でも異を唱えていた刈屋アナだからこそ、一言付け加えて欲しかったなぁ。>

<しかし稀勢の里に若手のやる気も背負わせるの? 期待の若手、高安も御嶽海もお母さんは外国人。>
などと書かれている。


この『期待の若手、高安も御嶽海もお母さんは外国人。』という部分に目が吸い寄せられた。
実は、相撲といっても時々、しかも限られた力士の取組しか見ないことが多いので、彼らについて、あまりよく知らなかったからだ。

早速、ネットで調べてみると、ウィキペディアの記事によれば、なるほど彼ら二人とも『お父さんが日本人で、お母さんがフィリピン人』だということらしい。

既に、現実はどんどん進んでいるようだ。
こういう力士を、日本人は、一体何と呼ぶのか?
あるいは区分するのか?


そろそろ、『純粋日本人』を求めて、ラッキョウか玉ねぎの皮むきを繰り返すような、馬鹿げたことは、いい加減にしたほうが、良いのではなかろうか?

そうでないと、『天皇の後継者の話』ではないが、『純粋日本人力士』は『絶滅危惧種』になるのではないかと思う。また同時に『純粋日本人観客』なども、『絶滅危惧種』であろうし…。

(だいたい、『純粋日本人』などというのは、矛盾した定義であると思う。世界各地から日本列島にたどり着いた人々の子孫が、やがて『日本人』と呼ばれるようになったのだろうから…。)









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大賛成ーーむかし白鵬が遠回しに言って、かえってバッシングを受けたーー気持ち悪い日本人の心性です。

2017/2/4(土) 午前 11:28 [ Kiyoshiroo ] 返信する

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> Kiyoshirooさん
有難うございます。日本の『気持ち悪さ』をわざわざ、世界に宣伝しないでほしいと思います。せっかく、いろんな人たちが、日本の魅力を胸に来日しているのに…。

2017/2/4(土) 午前 11:43 [ 北京老学生 ] 返信する

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> 北京老学生さん。追伸。
和田静香/刈屋アナ、どちらの言われるところも小生には理解不能です。ようするに「純日本人」?という観念にしがみついている、という以外には、−−。

2017/2/4(土) 午後 8:46 [ Kiyoshiroo ] 返信する

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> Kiyoshirooさん
たしかに、苅屋アナのいう『日本出身の横綱誕生で、逆に国籍を問わず力士は力士という概念に戻る』という指摘も変ですし、それに『大賛成』という和田静香氏も妙な感じがします。<「伝える我々も自戒を込めて」と、国籍へのこだわりに相撲中継でも異を唱えていた苅屋アナ>と和田氏が書くのも、??という気持ちがわいてきますし…。ともかく、私が興味深いと感じたのは、日本出身力士の見本みたいに伝えられることの多い(ような気がする)2人の力士が、『お母さんがフィリピン人』だったということです。
もっとも、これも嘘だったりしますと、大変な話になるのですが、そうでもないようだということでアップしました。

2017/2/5(日) 午前 9:36 [ 北京老学生 ] 返信する

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