北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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一昨日(26日)、池袋の映画館『新文芸坐』で、次のような企画で特集を組んでいたので見に行った。

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今から20年前の1997年は、三船敏郎(12月24日、77歳)、勝新太郎(6月21日、65歳)、中村錦之助(萬屋錦之助、3月10日、64歳)の三人のスターたちが相次いでこの世を去った年だったという。

彼ら3人をしのんで、<没後20年三船敏郎、勝新太郎、中村錦之助特集>が2月15日〜3月3日まで組まれている(例によって、この映画館の特徴である、日替わりの2本立て興行をやっている)。


考えてみると、私は今、68歳なので既にこの3人のうち2人の亡くなった歳を超えてしまっている(まあ、現時点の基準で考えると、彼ら3人とも比較的若い年齢で亡くなったということになるのだろうが…)。

私は、3月6日から台湾でしばらく住む予定なので、現在、あまり時間はない(カミサンに、引っ越しの準備をせよとせっつかれている。その割には、ブログの記事をたくさん書いているが…)。
そこで、一昨日(のみ)、かろうじて見に出かけた。


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この日、見たのは、『酔いどれ天使』(1948年公開)と『野良犬』(1949年公開)の2本。
いずれも、黒澤明監督の作品(脚本にもかかわっている)。三船敏郎と志村喬の2人が、(今でいう)『W主演』みたいな感じで出演している。

一昨日、13時45分から、中島丈博さん(映画監督・脚本家)と野上照代さん(元黒澤組プロダクション・マネージャー)によるスペシャル・トークショーがあった(2本の作品の第1回上映後に実施)のだが、最近、朝早くから起きるのが苦手になっているので、逆に最終の上映時間で見た(したがって、トークショーはなし)。



私がなぜ、これらの映画を見に行ったかというと、私は1948年生まれなので、特に『酔いどれ天使』などは、その生まれた年に公開された映画だったため。

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これが『酔いどれ天使』のポスター。
この映画は、私が学生のころ(つまり、50年近く昔)、たしか新宿あたりの映画館で上映されているのを見に行った記憶がある。

そのころでも、既に映画が公開されてから20年くらいたっている。
当時の私にとっては、『昔の映画』ということになるが、これを映画館で見て、とても良い映画だと思い、わざわざ、『黒澤明の<酔いどれ天使>という映画を見てきた』と親に報告?した記憶がある。
(親のほうからは、あんまり大きな反応はなかったが…。)


この映画は、三船敏郎がヤクザの役で、志村喬は『赤ひげ』タイプの町医者である。
三船敏郎は、結核に感染している。志村喬は口が悪く、2人はたえずぶつかっている(というより、三船敏郎がいらついて、志村喬にしょっちゅう暴力をふるう)が、志村は三船のことを心配している。

最後は、三船が(他のヤクザに)殺されてしまうという、どこか『仁義なき戦い』を思わせるようなストーリーである。
だが、この映画、全体のトーンとしては『明るさ』がある。


それは、日本の『戦前の体制』が打倒された(そして戦争が終わった)が故の『明るさ』なのかもしれない。
だが、その中でも『悪い奴』が生き残り、要領の悪い?者が踏みつぶされていく、歯ぎしりするような状況もある。それでも、人々にはまだ『希望』がある。そんな感じだ。

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これがもう一本の映画。
『酔いどれ天使』の翌年の1949年に公開されている。

こちらでは、三船、志村の2人は、ともに刑事の役を演じている。
といっても、捜査一課の刑事である三船が、満員バスのなかで、銃をすられてしまい、それを追いかけるために、すり係の(現場たたきあげの)志村と協力して犯人を追うという話である。

犯人との対決が、満員の野球場でも行われる(結局、この時は逃げられてしまう)というように、『酔いどれ天使』と比べると、バタ臭いような感じのするストーリーである。これはアメリカの小説をヒントにして、この脚本が書かれたという事情があるようだ。

闇市のなかを三船が『復員兵』の格好をして、犯人をさがして回るなど、いかにも『敗戦直後』の雰囲気が色濃い映画でもある。
(これらは、最近、何度も書いている映画『この世界の片隅に』や『仁義なき戦い』に通じるところがある。)


また、映画の画面の構図?なども、昔の映画と思えない『新しさ』や『現代性』を感じさせるところがある。
ヒッチコック映画を思わせる(あるいは、ヒッチコックなどの手法を取り入れているのかもしれない)展開の仕方もあった。

だが、全体としては少し長すぎる映画で、クライマックスが分散しすぎているという印象も受けた。
そういう欠点は感じるが、三船敏郎のギラギラした感じ、志村喬の泥臭さ(同時にもっている分別臭さ)など、2人の俳優の持ち味がよく出ている映画だった。
(同時に、昔の映画を見たときに、いつも感じることだが、とっくに亡くなってしまった俳優たちの、若き日の思わぬ姿を見ることができる。)


これは、一昨日(26日)に見に行ったのだが、昨日(27日)ツイッターをみていると、(現在84歳の)俳優・仲代達矢さんがこの新文芸坐に、『座頭市』映画で、ご自分が出演している映画を見るために、出かけていたらしい。
(ツイッターは、おそらくご本人でなく、周りの人が入力したのではないかと思うけど…。)

仲代さんは、先日はキネカ大森でトークショーに出演していたが、昔の映画をスクリーンで見るためには、映画館に足を運ぶこともあるらしい。

どんな人が来ているのか、わからない映画館ではある。そこが面白いところでもあるが(結構、アジア系以外の外国人も来ている。アジア系は見た目では、わからないけれど…)。










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閉じる コメント(7)

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私と全く同じ時代、場を生きていますね。

池袋は大泉学園で数年間いましたから途中下車で、ずいぶんと徘徊しました。新宿も西口のフォークソングや、東口の喫茶店に怯えながら通いました。

学校では法学部では珍しく中国語を選択しました。今でも気まぐれな季節風に吹かれるようにラジオテキストを買います。若いのをけしかけて青島やシンガポールに送り出します。

もしも、介護老人とリューマチの妻が居なければ、、私も北京や台湾に今からでも出ていきたく思います。

限り有る身の力試さんとて、羨ましく思います。 削除

2017/2/28(火) 午後 0:01 [ ] 返信する

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> ぜさん
私と同じ年代のかたということは了解しました。
ただし、私が台湾に行くのは、いわばカミサンの『趣味?』につきあうような形なので、必ずしも私の本意ではありません。
中国では、正直言って何があるかわからないですが、今度は台湾なので、トランプの政策の関連で、中国が過剰反応をしたり、台湾内部で中国派と反対派がぶつかり合うようなこともあるかもしれませんが、まだマシかもしれないと思っています。

2017/2/28(火) 午後 0:34 [ 北京老学生 ] 返信する

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はい、一才だけ下のニジュウヨネン生まれです。

そうなんですか、中国はあまり積極的にかかわりたくないのでしょうか。

先にも言いましたように第二外国語が中国語でしたし、娘も中国語の専攻でしたので言葉にこだわっています。

莫言の生まれた高密、コーンリーの映画の舞台になった現地にもノーベル賞以前に出掛けました。紀元前数百年前に孔子が現れ文字の恩恵は勿論稲作農耕文化そのものの起源があるわけでしょうから、絵画も建築も興味津々です。

台湾もきっとビジネスも食も、蒋介石が運んだ大陸の文化の数々も、それこそ昼も夜も、エキサイティングでしょう。
、、、あ、余計なことですがひょっとして青葉台のエスニカ、と言うお店、ご存じでしょうか。桜台ビレッジにとても威丈夫のチョーハンサムがやっています。一昔前、良くいきました。 削除

2017/2/28(火) 午後 2:27 [ ] 返信する

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> ぜさん
青葉台には、あまり行かないので、エス二ムという店は知りません(もっとも、地元たまプラーザでも知らない店がたくさんありますから…)。
中国にあまり、かかわりたくないというのは、中国政府がかなりやばい状態にある(それから、『文革』についても基本的に克服できていない)と思うからです。中国では、当然、ブログを自由に書く権利など認められてませんし(現に、中国にいた後半の期間ではブログの規制をくぐるソフトを使ってアクセスしていました)、思っていることを書いていると、いつでも『呼び出し』等をくらう可能性があります。
外国語は、私の場合、英語は子供のころ、アメリカにいた時期があったので、自然に覚えたため、逆に、外国語の学習の仕方がよくわからないところがあります。中国語も少しやりましたが、あまり身に付いていません。
中国人の本音がわかれば、なかなか面白いところはあると思うのですが、彼らが(日本以上に)大変な世界に生きていることは間違いないでしょう。

2017/3/1(水) 午前 11:29 [ 北京老学生 ] 返信する

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(つづきです)
日本人は、例えば安倍首相に批判的な人などは、中国政府や中国の体制に対して『幻想』を抱いている人が結構多いような気もしています。
もっとも、中国人のほうが、歴史に対して『厳しい目』で見ているとは思いますが…。
中国のなかは、それなりに自分で各地を旅行して回りました。その記録は、このブログにほとんど残しています。

2017/3/1(水) 午前 11:30 [ 北京老学生 ] 返信する

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中国政府に幻想はありません。

おっしゃるように自由と民主の実態がないことも文化大革命のおぞましいほどの悲劇も、そして此を乗り越えることなどできないのではと思っています。

寧ろ私は、明治期にあったワカンコンコウと言うべき漢字文化への郷愁とその旧さと探しほどのことでありましょうか。

ただ、あの時代の毛沢東の躍進への幻想がなかったか、と問われれば見抜くことが出来なかったし、古代中国との連続線に近い形での中国語の選択であったでしょう。

政治家、広く政治的人間への不振と言うくくりで、眺めているわけですから、どこの政府と言う発想ではありません。 削除

2017/3/1(水) 午後 1:57 [ ] 返信する

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> ぜさん
了解しました。失礼な書き方になっていたかもしれません。ご容赦ください。
中国の古来からの思想によれば、天からの<委託?>を権力者(王朝?)が受けられなくなったら、『革命』ということになるのでしょうから、そういう意味では、中国の漢字などに示されている思想は、今日でも通用する部分があるかと思います。
ただし、あまりにもドラスティックな『革命』『混乱』が起これば、血を流し犠牲となるのは、『民衆』である確率が高いので、そこは気を付ける必要があると思っています。
それにしても、世界で似たような(危険な)体質の指導者たちが、どんどん増えていっているのは、驚くべきことです。

2017/3/1(水) 午後 9:23 [ 北京老学生 ] 返信する

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