北京老学生・浙江省嘉興(ジャーシン)市の日々

地震・原発等あらゆることについて見直しをしつつ、真の復興を!

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2010年7月5日

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【中国東北旅行】番外・4都市の統計的比較は難しい

 今回、東北地方の3都市(ハルビン、長春、瀋陽)をぐるりと回っている。
 また、今年の1月には大連にも行っているので、この間の記事で、主に(最初の)3つの都市を意識して、瀋陽が東北地方最大の都市である、というようなことを書いてしまった。
 
 これは、実をいうとウィキペディアの記述にかなり、ひきずられている(影響を受けている、といってもいい)。
 
 そしたら、マジローさんから、東北地方最大の都市は、大連ではなかったのか?という疑問をもらった。
 
 そこで、改めてJETRO(日本貿易振興機構)の大連事務所(JETROの東北地方の拠点事務所)なども参照して、いろいろ調べてみたが、調べれば調べるほどかえって、わからなくなってきた。
 
 それで、中間報告と言うか、どう分からなくなっているかに、ついて説明したい。
 
 
<市の面積からいうとどうか?>
 
 これは、ハルビンがだんとつでトップである。
 ハルビン5.3万平方キロ、長春2万平方キロ、瀋陽1万2980平方キロ、大連1万2573平方キロ、つまり瀋陽と大連はさほど、違いはない(以上、JETROのデータから)。
 
 ただし、これだけのトップを通常、東北地方最大の都市とはあまりいわないだろう。人口とか、経済活動の重みを考慮していうはずである。
 それに面積だけだと、実質的には都市部でない部分もかなり含まれている可能性がある。
 
 
<市全体の人口から見るとどうか?>
 
 実は中国の場合、人口といっても戸籍の拘束があって分かりにくいところがあるが(戸籍人口と定住人口の食い違い)、ここでは戸籍人口で見る(これもJETROのデータを使用)。
 
 すると、これも先ほどの市の面積と関連が出てくるため、ハルビンがトップになる。
 ハルビン991万人、長春752万人、瀋陽716万人、大連583万人の順である。
 
 
<市区部の人口だけで見るとどうか?>
 
 市とは言ってみても、実質的に都市らしい感じなのは、いわゆる市区部である。
 そこで、今度は、市区部の人口(戸籍人口だと思われる)で比較してみる。これはウィキペディアの数字を用いている。
 
 すると、瀋陽398万人、長春358万人、ハルビン267万人、大連211万人と少し様子が変わってくる。これまでトップだったハルビンが3位に落ちていった。
 
 
<市のGDPで見るとどうか?>
 
 次に経済活動の活発さを示すGDPという数値を比較してみる。これはJETROのデータを用いている。
 
 すると、大連4,417億元、長春4,359億元、ハルビン3,258億元、瀋陽2,561億元ということである。
 ここで初めて大連がトップに躍り出る。
 
 
<外国人旅行客数で見るとどうか?>
 
 次にJETROのデータで(1年間に)それぞれの都市を訪れる外国人旅行者、観光客の数で比較してみよう(2008年の比較)。
 
 すると、大連85.6万人、瀋陽47.6万人、ハルビン29.7万人、長春21.7万人ということである。
 
 この数字もビジネスマンと純然たる観光客と、どのように区別をしているのか、それともしていないのかが気になるが、結果としては上記のような数字がJETROの報告書には記載されている。
 
<これらを総合すると?>
 
 大連は、GDPや外国人旅行者数を見ると市内人口の少なさにも関わらず大きくポイントを伸ばしている。そういう意味では、<東北地方最大の都市>ということを市の経済活動の活発さ、吸引力などの面から見ると、大連の位置は大きなものがある。
 
 しかし、単に面積が大きい、人口が多いということだけでいうと、大連は決してトップに位置しているわけではない。
 こんなことが言えるだろうか?
 
 それにしても、都市の比較などは簡単にできないと、改めて思い知らされる。
 
 それに、これらの都市は実は、非常に競争し合っている仲でもある。
 
 中国は自らが国として、他の国々と競争しているばかりでなく、中国の諸地域、都市をお互いに競わせている面がある。
 だから、各都市は外国からの投資なども呼び寄せようと、ある意味、必死なところもある。
 
 
 あまりパッとしない結論であるが、いちおう、中間報告ということで…(最終報告は、当分、まとまりそうにないが)。
 
 なお、上記文中の、JETROの資料は、ここで見ることができる
 
 
 
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【中国東北旅行】長春で乗った路面電車

 さきほど、長春から鉄道で瀋陽に移動し、瀋陽北駅のそばのホテルの一室にチェックインしたところ。
 
 ここでも、自室からネットができる(だいたい、中国の普通のホテルだとできるのだろうか)。ただし、ネットサーフィン、メールチェックとQQとMSNのサービスは利用できるが、ダウンロードは禁止(ウイルスの侵入をさけるため?とか)だと書かれている。
 
 前のホテルのときも、同じようなことが書いてあった。
 
 さて、それでは、前にアップした、長春の乗り物(電車)の話の続きだ。
 
 昨日、軽軌に乗って、ホテルの自室に引き上げて以降、長春の路面電車と言うのは別にあるのではないかと気がついた。
 
 そもそもなぜ、すぐ気がつかなかったかといえば、実は長春に着いた初日に、駅前で地図売りのおじさんから地図を5元で買ったのだが、その地図を2日目の偽満皇宮を見に行った帰りか何かに、落としてしまったようなのだ。
 
 地図を見ているとわかると、すぐ『悪い人間』が寄ってくる確率が高い(これは別に中国に限った話ではない)と、これまでの経験で感じていたので、地図はかなり折りたたんで、ズボンの後ろポケットに入れていた。
 そしたら、何かの拍子に落としてしまっていたらしい。
 
 この地図がなくなってしまったせいもあって、きちんと確認できなかったのだが、長春にはもともと路面電車が走っていた。
 これは、ある意味、日本の統治時代の遺産ともいうべき存在で、現在は1路線(54路というが)が走っているだけである。
 
 私の持っている『地球の歩き方』(北京の日本人会図書館から借りたもの)には、この路面電車の走っている路線も地図に記してあった(その代わり、まだその時点で軽軌は走っていないので、そちらの記載はない)。
 
 それをもう一度、見ると、どうもさきほど乗った軽軌の路線と、はっきりと違うようだ。
 それで、ネットで、この路面電車の始発駅を確認して、そこに行くバスに乗ることにした。
 
 調べて見ると、人民広場から西安大路という通りをずっと行って、春城大街というのとぶつかるあたりが、始発の場所になっているみたいだった。
 
 そこで、早速、バスに乗った。
 人民広場までは歩いて行って、そこから乗ったが、そのとき既に夜の7時を回っていた。
 
 そして、この路面電車の始発駅についたのは、7時40分を回っていただろうか。
 
 暗くなってしまい、写真の写りも悪いが、次のような写真がとれた。
 
イメージ 1
 
 
イメージ 2
 
  西安大路から乗った。この路線は、工農大路というところまで走っている。
 
イメージ 3
イメージ 4
 
イメージ 5
 
 こちらの電車は、軽軌と比べると、ずっと庶民的な感じである。駅が10駅くらいか?しかないせいもあってか、料金は一律1元。
 切符などもいちいち発行していない。基本はお金を料金箱に放り込むだけである。
 
 電車は2両編成だった。
 乗っているお客も、日本でいうなら下駄ばきのお客さんといった雰囲気でごく庶民的な感じ。
 電車も西安大路は、線路わきの串焼き屋さんなどの、肉を焼く煙(日本の焼鳥屋と似たような雰囲気)がたくさん漂う中を出発する。
 
 私は時間がなかったので(何しろ、この電車は終点が早いようだし。帰りのバスの終点も早い)3駅しか乗らず、また同じ個所を乗って戻ってきた。
 
 電車の路線図を見ると、さっきの軽軌の長影世紀城とは明らかに別な場所に、『电影厂』(電影廠)という駅名の表示があった。
 これは、映画の撮影所ではなかろうか、もしかしたら旧満映の撮影所を受け継いでいるものなのだろうか?
 
 と非常に興味がわいたが、結局、この翌朝(即ち、今朝)、長春をたってしまったので、真相は分からない。
 
 だれか、もし分かったら教えてほしいところだ。
 
 
 
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【中国東北旅行】長春で2種類の電車に乗る(まずは軽軌)

 昨日は雨だった(しかも、温度が結構、低かった)。
 この雨は結局、夕方にはあがり、その後、青空が見えていた。
 
イメージ 1
 
 考えてみると、ハルビンでも結構、雨が降っていたし(ただし、比較的短時間のが多かった)、長春ではこの日で2回目、おまけにこの日はほとんど1日中ということで、少しついていないな、とも思った。
 
 でも、よくよく考えて見るとこの時期、30数度から40度近い高い気温が襲いかかっている都市も多いらしい。北京もかなり気温が高いみたいだ(カミサンとは何度か、電話をしたがその話はでなかったが)。
 それと比べると、マシといえるのかもしれない。
 
 この日は、電車に乗りに行くことにした。
 もともとは、何か映画関係の施設(場所)をと思い、中国のガイドブックを見ると、長影世紀城という映画関連のテーマパークらしきものができていることを知った。
 
 ただし、これは入場券が240元(火曜日は半額になるらしいが)と、ものすごく高い。あの上海の入場券でさえ、1日160元だから、それと比べても高い。
 
 話は変わるが、テレビを見ていると、夏休みに入って、学生の団体向けに割引入場券を発売するとかいうニュースを流していた(団体向けというのは、ちらっと字幕を見ただけなので、条件はよく分からない)。
 やはり、入場者の新記録達成に向けて、さらなる販売促進策をとって来ているという気がする。
 
 結局、雨が降っていることもあり、この長影世紀城へ行くのはやめにしようと思った。
 
 
 そこで、電車だが、これまで利用してきた長春駅のそばから、1路線だけ走っているのに軽軌というのがあるらしい。
 私は、これを長春で走っているという路面電車のことかと思い、出かけて行った。
 
イメージ 3
 
  これが軽軌の駅。
 
イメージ 2
 これが電車。新しいタイプで、意外と大きい。
 
イメージ 4
 
 これが、ホーム。線路は、少し低い所に敷かれている。
 このときは、これが路面電車だと思っていたが、あとで路面電車は別にあることに気がついた。この軽軌は比較的新しくできたもののようだ。
 
イメージ 5
 
 今のところ、1路線だけ走っている。20近く駅はあるだろうか。なお、終点は先ほど書いた、長影世紀城である。最初は、そうなっているとは知らなかった。このときは、『行かないぞ』と思っていたので、心は動かなかった。
 
イメージ 6
 
 これが切符代わりのカード。ICカードの一種か?
 窓口で、行き先を告げて買う。
 こういうものを使うのも料金は1律ではなく、最低2元から3元、4元とあがっていく。一番高いのがいくらかは、よく覚えていない。ちなみに、市内のバスは基本的に、一律1元のようである。ずっと1元払って乗っていた。
 
 結局、この軽軌、ふつうの(日本で言う)私鉄の電車といった感じだ。
 ただし、車両は3つくらいを連結して走っている。
 
イメージ 7
 
 結局、どこに行ったかというと、合計3回乗ったのだが、一番、遠くまではこの駅まで行った。
 駅名からして、シリコンバレー、IT関係、秋葉原みたいなところかなと創造したからである。
 
イメージ 8
 
 ところが、違って、IT関係の企業の集積をねらった開発区の中の駅であった。
 まだ、あまり完成していない(入っている企業が少ない?)みたいで、普通の店みたいなのもあまりなく、雨の中でぬかるみ状態の場所ばかりだったので、早々に引き揚げた。
 でも、おかげで、長春市も従来の経済構造の転換?に向けて(また、都市間競争に勝ち抜くために)いろいろ努力していることを感じ取ることができた。 
 
 この後、路面電車のほうにも乗ったのだが、そろそろホテルのチェックアウト(これから瀋陽へ向かう)をしなければならないので、以降は別の記事にする。
 
 
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【中国東北旅行】偽満皇宮は2つの顔をもつ、ややソフトな顔とハードな顔と

 昨日(そろそろ、一昨日になってしまうが。7月3日)の昼過ぎ、長春駅から満洲国の皇帝の住まいである<偽皇宮>に向かった。
 
 ちなみに、こちらでは旧満洲国について、かいらいの国家=あやつり人形という認識であるから、かたっぱしから『偽』という文字がついて回る。
 この『偽満洲国』というのを、日本語としてどう発音したら、よいのかと思っていたら、借りた日本語音声ガイドでは<ぎまんしゅうこく><ぎまんしゅうこく>と発音していた。
 何となく、日本語の音声としては抵抗感があるけれど…
 
 この偽満皇宮は、長春駅からそれほど遠くにあるわけではないので、適切なバスなり、タクシーなりを使えば、問題なく到着すると思う。
 だが、私はその前日に駅前の地図売りのおじさんから5元で買った市内地図をもっていたので、それでもって歩いて行けるだろうと思って、すたすた歩き出した。
 
 ところが、道に迷い、やっとたどりついた所は、この偽満皇宮の裏門(通常は使用しない?)みたいなところで、そこから大回りをしようとしたら、とんでもない所に行ってしまった。
 
 おかげで、偽満皇宮の周辺では、スクラップアンドビルドが大規模に行われていることを知った。
 
 こちらが、スクラップ。
 
イメージ 1
 
 こちらが、ビルド。
 
イメージ 2
 
 そして、こちらが偽満皇宮の入り口。
 
イメージ 8
 
イメージ 9
 
  正式には、「偽満皇宮博物院」というらしい。
  『偽満』でタマタマ、ギマンと読めてしまうが、「ギマン的」というような場合は『欺瞞』と書くのが正しい。
  ここでいう『偽満』の『満』とは『満洲国』のことを意味する。
 
 ここは、かなり広く、たくさんある部屋を一つ一つ見て行くと結構、疲れるので注意をしたほうがいい。
 
 なお、入場料は、大人80元だが、私は老人料金(60歳以上)が適用になって半額ですんだ。
 私自身は、これは外国人には適用にならないのかもしれないと思って、自己申告しなかったのだが、向こうが『どうせ歳だろう』と思ったのか、パスポートの提示を求められたので、ついでに『実は60歳以上なのですが』と言ったら、割引にしてくれた。
 
 ただし、というか音声ガイドの機械を進められ、日本語のがたしか20元(だったと思う)だというので、それも借りた。なお、保証料として100元取られるgそれはあとで返してくれる。
 
 日本語の解説は、いろいろな建物や部屋のポイントごとに説明が聞こえてくるが、やや場所とずれたタイミングで出てくることもある。
 それから、やはり、日本語としておかしな点がかなりある。おそらく、日本人ネイティブはタッチしていないのだろう。
 それでも(私は、この手の機械はめったに借りないのだが)それなりに豊富な情報があったり、中国の見方がストレートに分かって面白かった。
 
イメージ 10
 
 ここの時計は、日本が敗北したのを受けて、皇帝溥儀(ラストエンペラー。結局、彼は3度も皇帝の座についた)が脱出したときの時間のままになっているらしい。
 
イメージ 11
 
 手前の字は、江沢民が書いた字である。
 何と書いてあるかというと。
 
イメージ 12
 九一八を忘れるな!
 と書いてある。九一八というのは、1931年9月18日の柳条湖事件(関東軍による南満州鉄道の爆破事件)による満州事変の勃発のことである。
 つまり、九一八の屈辱を忘れるな!という意味の戒めである。
 
 このような『お言葉』の割には、ここの展示は、それほどストレート(に激・反日)でもないなと思っていたら、最後にオマケが付いていたが…
 
イメージ 13
 
イメージ 14
 
イメージ 15
 
イメージ 3
 
  ここにあげたのが、基本の展示のようだ(もちろん、ごくごく一部の写真を載せただけ)。
 解説のトーンとしては、日本がいかに溥儀を利用しようとしたか、その実、日本も溥儀を信用していなくて、溥儀も日本に対して不信感を抱いており、その相克の模様を(もちろん、溥儀の側から)描いたものである。
 
 おまけに、それに、溥儀の二人の妻、うち一人は溥儀が最後まで強く愛したが、病気の末に死んでしまい、溥儀は日本軍が殺したものと疑っていた。
 また、最初の妻は、理知的であったが故に、状況に耐えきれず、阿片中毒におぼれていく…
 などなど、どちらかというと男女の情念のドラマをからめて、解説がされていく。
 
 また、全体の展示とはややトーンを異にするが、日本降伏(皇帝の座の喪失)後の溥儀の半生を描いた展示も、行われていた。
 
 
イメージ 4
 
 3歳?で皇帝となる。
 
イメージ 5
 関東軍の操り人形になる。
 
イメージ 6
 
 東京裁判で、証人となる。(ある意味では、アメリカに都合のよい筋書きでまとめるための協力者とされた、とも言えよう。)
 
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 戦犯収容所での『思想改造』の日々。
 
 その後、文化大革命時の苦労はあっただろうが、結局、模範的な庶民になったと認められ、後には全国政治協商会議の委員(いわば議員)にもなっているのだから、一種のモデルケースを務めたと言える。
 
 そして、戦後、何度目かの再婚をはたし(皇帝のときは、制度的に、複数の妻を持つことが認められていたのだが)、最後は、私の今の年齢とさほど変わらぬ歳で亡くなっている。
 
 まさに、数奇の運命をたどった人ではある。
 
 ここまでの展示を見ただけで帰っていれば、少し『後味』が違っていたと思うが、実は、もう一つ、別館として、『東北沦陷(占領)資料館』というのがあった。
 
 ここは、疲れるから(全く別の独立した建物である)入るのはやめようかとも思ったが、思いきって入ってみた。
 
 そうしたら、驚いた。
 こちらは、これまでの展示とまったく、トーンが異なる。
 いわば、激しいアジテーションの口調で、日本の侵略を糾弾し、中華民族の愛国心を喚起するといった強いトーンで一貫している。
 
 日本の非道、悪事のオンパレードであり、いわばてんこ盛り状態である。
 それでも、中国人はこれまでの教育で慣れている模様で、ほとんどの人はそれほど強い反応を示さない(心の中まで分からないが)ようにも見えた。
 
 つまり、全部、知っている話だからだ。
 
 これは、日本の観光客が見れば、ショックを受けるであろう。
 日本軍がやったことの激しさを別にしても、それを繰り返し、繰り返し、糾弾する調子の激しさに、驚きを感じさせられる。
 
 でも、日本の観光客は、ここは見ない人のほうが多いのではなかろうか。
 (あるいは、日本人の団体に対しては、ここは一般的に案内しないのではないのか、という疑問も感じる。
  なぜなら、先の日本語の音声ガイドは、ここでは使えない。ここはここで別個の音声ガイド−−日本語も含めて−−があるようだが、それをあえて利用する人は、どのくらいいるのだろうか。)
 日本人があまり来ないから、それで逆に余計、激しい展示の仕方が、平気でできるのかもしれない。
 
 いずれにしても(私は、正直言って、途中でこの展示の仕方そのものに、半分、アレルギー反応を起こしてしまったが)この展示の仕方にこそ、江沢民の『忘れるな!!』という精神が込められているようにも感じさせられた。
 
 江沢民をはじめとして、展開されてきた、いわゆる『反日』を基調とする歴史教育の激しさの一端を見た、思いがした。
 
 
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