茂木大輔:もぎ議録

クラシック音楽は理解して聴けば感動100倍!が活動のモットー。まずは自分が理解しよう・・・(笑)

もぎぎの日常雑感

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続きです。

・鉄道、鳩

 

ドボルジャークは家庭人であると同時に趣味人であり、その究極は鉄道マニアと伝書鳩の飼育でした。

この交響曲に限らず、ドボルジャークの作品には鉄道を思わせる、規則正しい無骨なリズムや、連結器のぶつかるような音、汽笛、ブレーキなどを連想させる一種のノイズが聞かれます。ただ、これらがどの程度具体的に鉄道と関連しているのかは不明で、もともとの作風にそうした雰囲気があって、後世の人々がそれを個人的趣味と結びつけて語るようになったという部分も否定できないと考えています。鳩の声は、第3楽章の結婚式の場面で啼く声としてクラリネットなどのトリルで表現されており、これはかなり似ています。ドボルジャークがお金欲しさに(?)アメリカでの仕事を引き受けた理由の一つが、「伝書鳩の小屋を建てたかったから」という逸話がありますが、この真偽も自分には不明です。なお、今日、ウィーンとプラハを結ぶ特急列車には「アントニン・ドボルジャーク号」と命名されたものがあるそうです。

 

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鳩に餌を上げるドボルジャーク

 
 

・弦楽4重奏曲第12番ヘ長調「アメリカ」作品96より第1楽章

 

ドボルジャークは、「新世界から」交響曲を完成したあと、ニューヨークでの多忙な生活を離れて、チェコ人のアメリカ入植地であった「スピルヴィル」という田舎で最初の休暇を過ごすことにし、チェコに残っていた子供たちも呼び寄せて、久しぶりにチェコ語で会話出来る喜びに安心しながら過ごしました。このスピルヴィルで、ドボルジャークは強い作曲上の霊感に捕われ、驚異的な短時間のうちに弦楽4重奏曲「アメリカ」を完成しました。この曲はパスティッチョでもなく、何か強い外的な要請や責任から離れたところで作曲されており、「新世界から」に比べても、自由でのびのびとした創作であると感じられます。

弦楽4重奏曲というジャンルの特徴である複雑な緊張感のある曲ではないのですが、すべての主題がペンタトニック的素朴な民族性を持っており、遠い距離感から強い望郷の念を感じさせます。ヴィオラ奏者であったドボルジャークの名人芸的な弦楽器の扱いも、この作品を弦楽4重奏曲というジャンルでもっともポピュラーなものにしています。今日は、N響メンバー4人で、それぞれに室内楽、ことに弦楽4重奏の分野で素晴らしい業績を重ねている宇根京子さん(第1ヴァイオリン)今回のコンサートマスターでもある大宮臨太郎さん(第2ヴァイオリン)飛澤浩人さん(ヴィオラ)藤村俊介さん(チェロ)によって、この第1楽章を聴いて頂きます。お楽しみに!

 

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当時のスピルヴィル

 
 
 
 

・チェロ協奏曲ロ短調作品104

 
チェロが協奏曲を演奏できる楽器である、ということを多くの作曲家が意識していたことは間違いないでしょう。モーツアルトには未完の「協奏交響曲(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための)」がありますし、ハイドンの名作「チェロ協奏曲(第2番:1760頃?)」を書かせたアントン・クラフトはベートーヴェンと親密な関係にあったシュパンツィヒ弦楽四重奏団の初期メンでもありました。しかし、ベートーヴェンからは「3重協奏曲(ピアノ、ヴァイオリン、チェオのための):チェロの比重が極端に大きい」以外にはチェロ協奏曲は書かれませんでした。
ハイドン以降、音楽史に意味深いチェロ単独のための協奏曲が現れたのはシューマンの傑作(1850)が久しぶりのもので、サン・サーンスにも佳曲(1872,1902)があります。そのあと、本日演奏するドボルジャークの大傑作(1895)まで、ほとんど名作は生まれませんでした。
チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲(1877)」は実質的なチェロ協奏曲ですが、規模は小さく、また、初演者による大胆なカットと改定が問題を残しています。独奏とは違いますが、チェロが重要な協奏曲としてはブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲(1887)」があります。
このように、チェロを管弦楽と共演させるという素晴しいアイデアは、なにかの事情によって、大きく流行することなく19世紀は終わろうとしていたことになります。
ドボルジャークのアメリカ滞在の終わり頃、むしろ帰国直前になって、突如としてこのチェロ協奏曲の創作が開始されました。それは「チェロ協奏曲」というジャンルの不動の最高傑作となったのでした。
この曲の中で、チェロの持たされている役割が、必ずしも重要旋律を常に歌い続けている、前面にいて活躍する、といった協奏曲ソリストの普通の立場ではなく、管楽器の長いソロや重奏を繊細に伴奏し、あるいはその一パートとなって一緒にアンサンブルし、また弦楽器への対旋律を作り、といった、多様なものに設定されていることは決定的に新しく、興味を惹きます。
それまでの時代に、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲と同じ発想でチェロ協奏曲を作ろうとして成功しなかった理由の一つに、音域が存分に広いが、高音域の音量や透徹力が弱いという問題があり、ドボルジャークはそのやや鼻にかかったか細い声を、逆に存分に利用して、変化に富んだこの傑作を編み上げたのでした。前述のように管弦楽(ことに管楽器)にも単なる伴奏に留まらない極めて重要な役割が与えられていて、第1楽章の冒頭やホルンの美し過ぎる旋律など、オーケストラの演奏には大きな喜びとやりがい、緊張感が伴います。
 

・なお、20世紀に入って、名手の活躍が増えて来たこともあるのか、「チェロ協奏曲」には立て続けに素晴らしい作品が生まれています。本日の独奏者、新倉瞳さんの新しいCDにも収録されたエルガー(1919)、ショスターコービチ(19591966)現代音楽にもかかわらず人気曲となったデュティユー(1970)等多数があります。

 

チェルマーコヴァ問題

 

ドボルジャークは、まだ24歳の若き頃、生活のためにチェルマークという家の姉妹の音楽の家庭教師となりました。姉のヨゼフィーナ・チェルマーコヴァにドボルジャークは熱烈な恋心を抱いて、たくさんの歌曲を捧げましたが、この恋は実りませんでした。のちにドボルジャークが結婚したのは、妹のアンナのほうでした。

「チェロ協奏曲」の作曲中、ドボルジャークはその初恋の人(いまは義理の姉にあたる)ヨゼフィーナが重病であるという知らせを受け、かつて作曲し、彼女に捧げた歌曲「1人にして(Lass mich allein)」を第2楽章の中に引用しています。

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姉:ヨゼフィーナ・チェルマーコヴァ

 
 

作品の完成後、ヨゼフィーナの死を知らされたドボルジャークは、第3楽章の最終場面をさらに描き直しました。この旋律を改めて静かに引用してそれが祈りの音楽(教会の鐘やコラール)とともに清らかに昇天してゆく部分を作ったのです。

この部分を非常に重要と考えていたドボルジャークは、「カデンツアを入れて欲しい」という、予定されていた独奏者ハンス・ヴィハン(本作品の成立にも助言し、かなり親しい信頼していた演奏者でした。)からの希望に激怒して、初演者をレオ・スターンに変更してしまったほどでした。

情熱的なチェロ協奏曲の最後、故郷と青春を回想して高音域で静かに歌うチェロは、それを知って聞くものに必ず涙を誘うでしょう。

 
 

・ドヴォルジャーク:かつての恋人(姉)のための歌曲「1人にして」冒頭

 

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・「チェロ協奏曲」最終場面での引用(ヴァイオリン独奏:前後に死の暗示と昇天の暗示)

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茂木大輔(2016

 

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