邂逅
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それを一期一会というべきか…
父のこと。邂逅は一度のみ。
しかし俺はその場面ははっきりと記憶にある。
母が後に語ったことから、それは東京の阿佐ヶ谷にある小田急アパートの一室だという。ある日、訪ねてきた男を見て、「XXちゃん、お前のお父さんだよ」と言った。カラフルなそろばん玉のような物が付いた他愛のない玩具をもらった記憶もある。60年経った今でもうろ覚えだが、何故か覚えている俺の最初の記憶だ。2000年にパリで死んだ父が22、3歳の頃のことだと思う。
父が19歳。母が28歳の時、生まれた。1946年2月のこと。日本が全面降伏した翌年だ。父と母はきっと山梨県で出会ったのかな?よく母が「あなたがお腹にいるとき葡萄しか食べるものが無かった」とか言っていたし。後述することになる祖父の記録や写真からも其のことが推察できる。戦火を避けてのこと。祖父の記録には後妻「さなえ」の実家に疎開とある。
母親は父、「良介」のことについては全く無口だったが、ひとつだけ父について語ったことを覚えている。それは中学までフランスで育ち、無論、彼の地の言葉を母国語のように喋ったと。
写真は父良介。戦前の日本の子供とは思えないヨーロッパの豊かな暮らしを思わせる。
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