今回のお仕事は
ここの家の補修を依頼され
今日は壁を貼りました。
私は久しぶりの大工仕事で
始めオロオロしていたんですが
徐々にインパクトドライバーもノッてきて
結構 貼りました 
これは もちろん私ではないんですが(笑)
素人とは思えないでしょう? 
こんな感じで インパクトドライバー使いまくり。
楽し〜〜い 
時間が短く感じられました。
まだ 終わっていないので
明日の人に引き継ぐんですが
なるべく早く終わったら
依頼主も喜びますね〜 
夕方までがっつり働いた後は
美浦旅館に戻り
みんなでバーベキューをしたんです。
ボランティアも 大変なだけじゃなく
みんなで楽しめるからいいんです 
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久しぶりの瓦礫作業
震災から 1年以上がたち
ここ数カ月は 復興のお手伝い的な
作業が多かったので
現地に入っている私でさえ
今回の作業予定を聞いて
驚いたくらいなんですが
まだ手つかずの場所があるんですね〜 
天気も悪そうだし
何せ 手つかずだから
もしかしたら
御遺体を発見するかも?
という恐ろしい注意が
添えられていて
いつになく気が重かったんですが・・・
更に 前日に 場所をGoogle mapで
検索するもよくわからない 
ただ 今回は米沢の高校生も
ボランティアに来ると言うので
人数が多いのが救いと言うか 
その高校の先生の希望で廻ったのが
あの大川小学校
沢山の幼い命が犠牲になった
小学校です
行ってみたら この学校は
川と同じくらいの高さにあって
橋や道路から降りて行くような
感じなんです
だから 川津波をモロに受ける
立地条件で
裏に 急な山があります
低学年の子供を上らせるのは
大変なくらい急ではありますが
大人達の認識として
津波は想定していなかったんじゃないでしょうか?
多分 避難訓練も津波あり気じゃなかった?
こんない近くに海に近い川があるのに・・・
津波が来るかも?
と必死なら 絶対上れたんじゃないかと
話しておりました
結果論ではありますが
親御さんたちが納得しないのも
しょうがないかなぁ?
多くの人が訪れていました
私達も 黙とうをして
現場にむかいました
長面というと海沿いの
瓦礫を片づけたんですが
一度 重機が入って後らしいのが
あっただけで 散乱している
瓦礫が 本当に手つかずでした 
道も地中までしかなく
一輪車で荷物を運ぶのも
山の斜面何で
クタクタ〜  
高い木の上にも
綿(多分 ソファーの中綿?)や
網が引っかかったり
木が曲がってるのを見ると
改めて 津波がいかに
高かったかのかと驚きます
お昼を食べてる辺りから
暴風雨になったので
30分ほど待機して
小ぶりになったところで
合羽をきて
作業を再開しました
瓦礫の多さに
始めは途方にくれましたが
人数がいると やっぱりすごい
結構な広さの所を
きれいに出来ました
ドロドロなので
写真は取れませんでしたがm(__)m
使えるようになるには
流された道路の復旧が
必要ですが
いつか また利用できるように
なったらいいなぁと思います。
近くの民家に 住んでる方も
いたんですが
電信柱も流されて
復旧していないので
太陽光の板が
置いてありました
道も 舗装されていないし
お店まで遠いし
とっても不便だと思います
まだまだ復興には
時間がかかりそうですね〜 
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震災から1年
今日は 石巻ではなく
山形市役所で行われた
慰霊祭に行ってきました。
天気は良かったんですが
風があって かなり寒かったのですが
吉村知事は オーバーを脱いで
挨拶されました。
思っていたより
沢山の人が来ていて
黙とうを捧げました
市役所のロビーで
震災のパネル展を
やっていたので
見て来たんですが
山形ボランティア隊の写真も
沢山ありました。
ここは1階のトイレでした。
今は 手洗い場がキッチン代わりになってます
外壁を縫っています。
近くの文翔館で行われた
交流会です。
ヤマニ醤油屋さんで
寄付金だけで(100円程度)
ホタテ汁を提供していて
寒かったので
温まったし
おいしかったです
式典を終えて
吉村知事が来ていました
知事も ホタテ汁を堪能してました 
震災から1年経ちました
昨日 石巻の帰りの車で
この1年は短かったのか
長かったのかわからなかったよね
と話していました。
石巻って 仕事で1〜2回訪れていましたが
まさか こんなに通う事になるとは・・・
知らない人たちと
こんなに 大変な作業を共有し
何回も会う事になるとは・・・
人生ってわからないものです
石巻の美浦旅館のパパも言います。
震災があって大変だったけど
みんなにこうして会えたから
悪い事ばかりじゃない
そう人生はどうなるか
わからないんです。
日本中が 自分に出来る事をしたいとか
募金やら ボランティアやら
気持ちだけじゃなく
遠くからも行動してくれた方もいました
誰もが東北の復興の為に
気持ちを一つにしてくれているように
感じない事もありません
しかし、復興を妨げている大きな要因の一つに
膨大な量の瓦礫があるのは
誰もが知っているんじゃないでしょうか?
放射能の検査もしています。
しかし、多くの自治体では
受け入れてくれません
子どもの為?
被災地の親だって
子どもの心配をしていないわけじゃないんです
自分が被災地の人間だったら・・・
と想像してみてください
今 受け入れを拒否している人を
どうおもうでしょうか?
震災復興がんばって!!
と言ってる口で
瓦礫受け入れ反対を叫ぶ 
綺麗事はいりません。
復興を妨げてる
それは その一人一人の
心じゃないでしょうか?
亡くなった方の死を無駄にしない為に
私達は 危機管理能力を持たなければ
いけないと思いました。
今回の震災で
チリ沖地震を経験している年代が
逃げなかったり
川が増水しているにも
かかわらず
逃げずに映像を取っている
年配者がいたり
消防団が逃げるように
説得しても逃げずに
消防団の方の命を巻き添えにした
年配者がかなりいたり・・・・
例え 大丈夫だと思っても
今回の事を教訓に
最悪を想定しなければいけない
そう思います。
冷たい海や 火災で無念にも
亡くなった方のご冥福を祈り
これからも被災地の復興に
少しでもお役にたてるように
頑張りたいと思います。
みなさんも
どうか3.11を忘れないでいてください
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残念〜
ボランティアでご一緒した方が
牡蠣小屋で働いているというので
行ってました。
左側は 並んでいるお客さん
激混みでした 
いつもなら2時くらいには
落ち着くとの事だったので
「仮設の復興市見て
2時頃また来ます!!」と
言ったら
知り合いが
「だったら テンノタスケさんに
行ってみて牛タンカレーおいしいから」
と紹介してくれたので
行ったみました!!
実は 朝 レトルトカレーだったので
これは 牛タン炙り丼
甘辛のたれが
本当においしくかった 
肉も軟らかくて 
この中のパン屋さんでも
おいしそうなパンを売っていたので
我慢できず買ったんですが
ものすごくおいしかった!!
本当に本当においしかった!!
だんなちんが食べきってしまって
画像がないんですが・・・・・m(__)m
明るいおかあさんがいらっしゃって
お喋りも楽しいですよ
ゆばパンというのがあって
県外にファンが多く
発送しているんだそうです。
特別に支援というのではなく
ちょっと遊びに!!
なんていかがですか?
ちょっと買い物したり
食事をしたり・・・etc
風船を飛ばすので
応援メッセージを
書いてとの事だったので
書いてきました。
石巻が第二の故郷に
なっちゃいました。
これからも共に
頑張って行きましょう
2時過ぎに 石巻の空に
飛んでいくことでしょう
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