行雲流水

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広島の平家伝説

広島県北広島町

8歳の安徳天皇を抱いて、壇ノ浦の露と消えた平時子(二位の尼=平清盛の正室)は、実は生き延びて、山里に隠れ住んで生涯を終えたという伝説が、西日本各地に残っています。鳥取市国府町の岡益の石堂は、安徳天皇の御陵参考地となっています。

さて、広島県北広島町の才乙(さいおと)地区にも平家の落人伝説があります。この才乙に、安徳天皇と二位の尼一行が落ち延びてきたというのです。
天狗石山と高杉山の鞍部のホン峠に二位の尼をまつる乳母御前神社があります。

イメージ 1

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この才乙の高杉山の向かいにある中野冠山は、広島・島根にある他の冠山と違って、「かぶり山」と呼ばれていたようです。
山の形が冠に見えると言うよりも、高貴な人と関係があったのかもしれません。

これは、天狗石山の肩から見た中野冠山方面です。

イメージ 3

中野冠山の北に、ノベリ山というピークがあります。これは「野辺送り山」のことだったのではないでしょうか。そして、このノベリ山からのびる谷に、「ヒツガイケ谷」があるのですが、これは「棺が行け」ではなかったのでしょうか。高い山で野辺送りをするのは、火葬によるもので、京都の船岡山のように、当時の火葬は高貴な人に行われるものだったのです。

才乙の里から、ヒツガイケ谷を通って、ノベリ山に誰か高貴な人(もしくはその代わり)の棺を運び、ノベリ山で火葬にふしたのではないでしょうか。

ここに、二位の尼(平時子)や安徳天皇がお住まいになったというよりも、平家の落ち武者の一族が、この2人を偲んでいたのかもしれません。あるいは、平家の落ち武者の中に、安徳天皇や二位の尼の役割を演じていた人がいたのかもしれません。

才乙は伝説ロマンの地なのです。

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