沖縄日記

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琉球蝉

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11月3日、晴ときどき小雨。

アキナの車で、孫たちと、うるま市の石川庁舎近くの漁港へくる。

石川がうるま市に合併されるまで、石川市庁舎だった。

なるほど、それでわれわれが昼食に入った港の食堂が「石川市漁業婦人直売店」という名前に

なっているのだ。

わくわく亭のオーダーは白身魚フライ定食で、850円なり。

店のおかみさんが、目を見張るほどの美人でした。

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伊波城跡を見る。

山上の深い草の中を歩いていて、前方に標識があるので近づいてみたら、

「ハブに注意」とある。

あわてて、下山した。


つぎに恩納村(おんなそん)へ行く。

琉球松の林の中で、2日まえに座喜味(ざきみ)城跡で聞いた音響を、また聞いた。

女房が「あの松の枝を見て。白い箱のようなものが付いてるでしょ。あれが鳴ってるんじゃない」

そうかな。枯れ枝のように見えるのだが。

恩納村の「おんなの駅」へ向かって歩いているとき、わくわく亭は道でだれかに、

「なにが目的で、琉球松に装置を取り付けて音響を出しているのか」と訊いてみたくなった。

いや〜、人に訊かなくてよかったよ。

アキナが「鳴いているのはセミですよ。そこに留まって鳴いてます」というではないか。

電子音響を鳴らしていたのは、なんとセミだったのだ。

あとで調べると、オオシマゼミという名の蝉だった。おどろきの発見だった。

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万座毛(まんざも)の断崖を見る。

さいごに女房がおみやげを買うために「御菓子御殿」の本社工場へ行く。

紅いもタルトをどっさり買う。

首里城を模した建物がおもしろい。

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夜の食事はホテルの部屋で鮨パーティーである。

旅行さいごの夜なので、女房とアキナが、わくわく亭にミウとミクを抱かせて

写真を撮ろうとする。

「泣いてもいいから抱いて」と孫たちを抱かせる。強行突破である。

爆発的に泣き叫び、身もだえして逃れようとする姿を写真に撮る。

両手をのばして、ママに救出をもとめる必死の姿が撮れた。

わくわく亭は、見たくない写真であります。


11月4日。

12時発のホテルのシャトルバスに乗って、那覇空港へ向かう。

出発便は15時10分である。

ホテルまでアキナがミウとミクを車に乗せて見送りに来た。

別れにさいごに、また双子の孫に泣かれてしまう。

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神の島久高島へ渡る(2)

安座真(あざま)港でフェリーの乗船券を買うとき、久高島の案内パンフレットが欲しいと

窓口でたのんでみたら、A4サイズのフェリーの時刻表をくれた。

表に時刻表と島の住宅区域の地図があり、裏面に全島の簡略な地図がのっていた。

運航便数は、一日に6便である。

われわれは14:00発のフェリーに乗ったのだが、戻りの久高島発フェリーは16:30

が最終なので、短い滞在時間だった。

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全島中央を東西に貫く、巾3メートルほどの道を、外間殿からカベール岬をめざして車で走る。

道の両サイドは低木と2メートルはある草が茂っている。

途中、ちょうど島の中央あたりにあるクボーウタキの標識でとまる。

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沖縄の七ウタキの一つであり、最高の霊地とされているクボーウタキ。

車から降りたのは、わくわく亭ひとり。外は蚊がすさまじく多いので、ミウとミクを抱いて

歩くのは無理。

入り口まで蚊に攻められながら進んだが、立ち入り禁止の標識を見て、わくわく亭は

引き返す。

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カベール岬。アマミキヨ(国造りの神)がこの岬の小浜に到着したとされる霊地である。

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フェリーの最終便を気にしながら、時計を見る。

南側の浜伝いの農道を走ってもどる。

宿泊交流館という建物があった。ここで一休みする。

中に、久高島民俗資料室があった。イザイホーの貴重な写真などが多数展示されており、

わくわく亭にとって、久高島にやってきた甲斐があった。

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ゆっくりもしていられない。

最終フェリーの出港時間が迫っている。

ところが、道がわからなくなった。ぐるぐる集落の中をめぐるばかり。

人が見えないので、道を尋ねることもできない。

ようやく老人を見つけて、アキナがたずねる。同じ沖縄人でも、言葉がよくわからない。

指差しで、ようやく浜に下りる道を知る。

フェリーが見えたときは、ほっとしたね。


夕食は息子夫婦のアパートでバーベキューである。

孫たちは、ようやく私を受け入れてくれつつあるのだが、でも、まだ抱くことは

ゆるしてくれない。

触ろうものなら、泣き叫ぶ。嗚呼!

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神の島久高島へ渡る(1)

11月2日、晴、ときどき小雨。

午前11時にアキナが孫たちと車で迎えにくる。

途中のショッピング・モールにあるレストランで昼食。

ここでアキナは働いたことがあるそうで、店長から女店員たちが皆顔見知りだから、

入れ替わり立ち替わり、双子の顔を見にやってきた。

料理は大サービスだった。

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本島南部にある安座真(あざま)港からフェリーで、車もろとも久高島(くだかじま)へ渡る。

有名な神の島、かつてはイザイホーが営まれた聖なる島、久高島である。

島影は安座真港からよく見える。フェリーでおよそ25分の航海。荒い波だった。

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徳仁港に着岸。

まわりは珊瑚岩である。

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東西に細長い島で、全長はおよそ3キロほどしかない。

平成17年の時点で、人口は295人、世帯数は127。宿泊施設は5つあるが、収容能力は

合計して85人。医師は1名。学校は1校で、小学生24人と中学生21人がいる。

車で数分、細い道をくねくね進むと、久高殿(くだかでん)、外間殿(ふかまでん)、

そして大里家の前に出た。

解説書によると、

『琉球王朝の時代、首里王府は「ノロ制度」をしき、祭祀をとりしきる女性聖職者を任命した。

当時、久高島にはムトゥと呼ばれる始祖家が2つあり、東西を縦に二分し西が久高、

東が外間を中心に家が集まっていたので、司祭者を外間ノロ、準司祭者を久高ノロとした。

この久高殿、外間殿はそれぞれのノロが出た家で、それ以後島の祭祀の主祭場となっている』

久高殿の前は広場になっており、かつてのイザイホーはここでとりおこなわれた。

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大里家。

首里城から尚徳王が来島したとき、当家の美人クニチャサ祝女(ノロ)に惚れて、長く同棲していた

場所で、王が首里城を忘れているうちに、城では革命が起こり王朝は転覆してしまう。それを

漁師からから聞いて、王は海に身を投げて死んだと伝えられる大里家である。

YOUTUBEでC、W、ニコルさんが久高島の真栄田苗さんにインタビューして、

ニライナカイについて聞いている画像が見られるが、どうやら、その場所は

この大里家の縁側のようである。

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芭蕉衣

11月1日、くもり時々小雨。

孫たちは1歳の定期検診に行った。きわめて順調に生育しているとのことだった。

検診から戻ってきたみんなと、読谷村(よみたんそん)の座喜味(ざきみ)城跡を見に行く。

15世紀の初頭に築かれた城である。

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座喜味城跡は手入れの行き届いた、美しい琉球松の林にかこまれたいた。

その松の木のここかしこで耳慣れない音響がしているのである。

松になにか電気的な器具でも取り付けてあって、松食い虫が嫌う周波数の音波であるとか、

あるいはカラスが巣をつくるのを撃退する音を出しているとか、そんな目的でもあるのだろうか。

それらしい器具とか配線を目でさがすのだが、みつからない。

(後日、それが蝉の鳴き声だと知って、びっくりする)

城跡入り口にある読谷村歴史民俗資料館に入る。

興味深い展示がたくさんあった。

沖縄式の葬儀と亀甲墓に関する展示。

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写真は厨子甕(ずしがめ)といって、亡骸を洗骨した後、骨を納める甕のことで、サンゴ石で造られた

ものが一般的だという。17世紀には喜名焼き厨子甕が、18世紀には御殿厨子がさかんに造られた

そうである。

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写真はガン(龕)といって遺体を墓まで運ぶ道具。昭和34年から読谷村に火葬場ができてから、

ガンの使用は途絶えたとある。

芭蕉の葉から糸をつむぎ、衣を織って作った芭蕉衣の展示が、ことに興味深かった。

むかしの庶民の衣服は、こうした素材でつくられていた。

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初代「沖縄そば王」の店

10月31日、くもり。

10時半にママの車でホテルを出て、ミウとミクとわれわれ夫婦の5人、那覇の沖縄そば専門店に行く。

12時すこし前に「いしぐふー」小禄具志店に到着。

12時前という時間が重要なのだ。

この店舗は11時に開店して、1日に100食だけを販売するシステムであり、100食の

完売をもって閉店時間としている超人気店なのだ。

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琉球放送主催の第一回沖縄そば王座決定戦で初代「沖縄そば王」に選ばれ、沖縄インターネット

放送局の沖縄そばランキングで、148店舗中第一位人気という店なのだ。

われわれには幸運にも席があったが、ランチタイムでもあり、たちまち店の外には客の

行列ができていた。

食後は那覇の国際通りを歩き、御菓子御殿でお土産を買い、市場本通りアーケードをぶらつく。

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市場の中をハローウインの仮装をした子供たちが通るので、「写真をとらせて」と

わくわく亭はカメラを向けた。

御菓子をもらって店店を巡る子供たちはいそがしい。数人がカメラに収まってくれたが、

あっというまに行ってしまった。

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