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温泉療法の取り組み

先々週から取材が重なり、ブログもさぼってしまいました。
今月の終わりに「サンデー毎日」、明日11月25日には、
NHKの朝8時15分からの「あさイチ」にとりあげられます。
これからの温泉場が、健康や癒しとどうかかわっていくか
注目をされてきています。
 
今年の7月の終わりでしたが、ヨーロッパから
アルベルト・ファルケンバッハ先生が当館を尋ねてくれました。
先生は、フランクフルト大学教授でオーストリア年金リハビリテーション
病院院長教授も務められている、健康保養地医学の第一人者といえる
かたです。
先生の講演も聴きに行きましたが、その中の言葉が自分がこれから
健康や癒しとどうかかわっていくのか、非常に明確な方向を示して
くれました。それは
「神が与えてくれた自然が、人を健康にする。そして健康になった人が健全な
自然を作る。」という言葉です。
 
戦後、物質的にはこれまでにない速さで豊かになっては来ましたが、これまで
ずっと続いてきた循環型の生活習慣が、失われてきました。
ほんの数十年前までの私たち先祖の暮らしは、自然の恵みをいただき、また
自然に返し、その繰り返しをとても長い歳月営んできました。そのことが、私たちが
ずっと生きていくためには必要なことだと、身体にすりこまれていました。消費だけの
社会はいずれ破滅にむかうことも、本能的に感じているのではないでしょうか。
 
本当の癒しとは、そんな循環型の生活の中に身をおくことで得られるのではないかと
思っています。よく失敗する炭焼きでも、自分にとってなぜかほっとする時間なのは
そのためなのだと、納得しています。
 
 
アルベルト・ファルケンバッハ先生講演 東京医科歯科大学にて
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井上靖氏と仏像 その5

井上家の菩提寺の妙本寺にある井上家が奉納した仏像が、
京都の橋本関雪先生からいただいたものだという確証の
得られない松本館長と、篠崎さん、それと私は、「それでは
京都へ仏像をもっていって、見てもらうしかない」という、
なんというか、傍からみたら「なにやってるんだろう、この人たちは」
というような、行動に移りました。
9月のとある日、妙本寺からお借りした仏像を布などでお包みし、
搬送用の箱にお入れして、車の後部座席にたててシートベルトを
おかけして、朝5時に船原館を出発しました。東名高速から新名神
高速へ入り、途中サービスエリアでは「そばが600円では高いから
我慢しよう」などという、どんなおじさん(おじいさん)たちだろうと
思われるような会話をしながら、無事、京都の橋本関雪記念館に
到着。
どういうわけか、大阪から参加の北岡さん(NHKのカルチャースクール
の講師をしているらしいが、真偽のほどは定かでない。)も合流して、
銀閣寺の前の「おめん」といううどん屋で、おめんうどんと鯖ずしの
昼食を。あとで、当館へ泊まられた方の、京都のお勧めB級グルメ
のお店の話の中にでてきました。
いよいよ橋本関雪記念館で、仏像の鑑定へ。
記念館の館長さん、副館長のシンジさん。京都市の教育委員会の
白波瀬克則さん、京都新聞社の澤田亮英さん。それになんと仏師の
江里康慧先生まで来ていただき、仏像をかこみ会が始まりました。
さぞ如来さまも困惑していたことでしょう。
続きは次回へ
          如来さまの後ろ姿。写真に撮ると金色が鮮やかに出ます。
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井上靖氏と仏像 その4

井上靖先生が菩提寺に奉納された仏像が、橋本関雪先生から
いただいた仏像であることを確かめようと、松本館長はさっそく
調査を開始しました。菩提寺の妙本寺の住職さんに当時の様子を
聞き、神奈川近代文学館所蔵資料の関雪先生と井上先生の間で
やりとりされた書簡にそのことが書かれていないか調べてもらい、
井上家にも聞いてみましたが、確証を得ることはできませんでした。
 
一瞬、「同じ仏像だということにしてしまえば、みんな知らないのだから
そうなってしまうのでは」という、悪魔のさそいも心をよぎりましたが、
強い正義感で(篠崎さんの)それをふりきり、真実をもとめ次の行動に
移りました。
 
次回は仏像京都へ行く。
 ※ 訂正 菩提寺に仏像があることを知っていたのは、井上靖文学館の
        たよりになる職員の徳山さんでした。写真は文学館で高座の
        司会をする徳山さん。
 
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ソフト入れ替え戦

天城ドームでは昨日から、ソフトボールの1部と2部の入れ替え戦が
行われています。伊予銀行と日立マクセルの試合です。昨日は
日立マクセルが勝ち、今日1勝すると1部昇格が決まる大事な試合です。
朝、コーヒータイムをしているとメールが…。「宇津木です。お元気ですか?
今天城に向っています」ええ〜監督からだ。
日立マクセルの小林監督は日立高崎で宇津木妙子監督(当時)のもとで、
選手をしていて、シドニーオリンピックの代表でした。その応援に来たのでした。
 
試合会場で、宇津木監督(今でも監督と呼んでしまいます)の隣で、観戦
しましたが、監督の話を聞きながらあの北京五輪のテレビ解説を思い出して
しまいました。いつまでも熱いかたです。
勝利まであと1人となったときに、すこし静かに、
「ここまできたら、あとは選手に任せるしかないんだよな。どうなるかは
運だよ。」と話してくれました。
 
伊予銀行の大国監督もよく知っていますが、試合が終わってから、
涙を浮かべて宇津木監督と話していました。私はなにも言えませんでした。
勝負の世界を覗いてしまいました。
 
          天城ドームでの試合
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          宇津木妙子氏と、1部昇格を決めた日立マクセル小林監督
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井上靖氏と仏像 その3

これはずっと昔のことになります。この前の戦というと、京都では
応仁の乱のことのようですが、そこまでの昔でなく、太平洋戦争の
前、井上先生が毎日新聞の記者をされていた頃の話です。
当時、美術担当の記者で、橋本関雪先生をたずねたところ、「すこし
待つように」といわれ、じっと待っていましたが、関雪先生が
そのことをすっかり忘れ、一日待たされたそうです。関雪先生は
申し訳ないと、収集した仏像をおいてある部屋へ井上先生をつれて
行き、「どれでも好きな仏像をもっていきなさい」といわれました。
棚からぼたもち、と思ったかどうかは分かりませんが、井上先生は
仏像を一ついただいて帰ったそうです。
 
その話を聞いてしまった松本館長は、井上家の菩提寺にある、
両手のない仏像のことを思い出しました。「ひょっとして、あの仏像は
関雪先生からいただいた仏像ではないか」と考えだしたら、
もう頭の中は、そのことでいっぱいに。その上、橋本関雪記念館
の副館長シンジさんに、「うちにどういうわけか、仏像の両手だけ
あります。」といわれてしまうと、「もしかしたら」の想像が確信へ変わるのに、
時間はかかりませんでした(館主の想像)。
8月の京都の暑さは、人の心を不思議な別の世界へいざなうのかも
しれません。
 
さてこのお話は、伊豆と京都を舞台にし、仏師の先生や、京都市の
教育委員会、京都新聞まで巻き込んだ(多少オーバーですが)
物語へと発展していきます。
 
白沙村荘 存古楼
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