金融商品取引法

金融商品取引法の研究者の黒沼悦郎です。内容は個人的な見解、かつ著作権は放棄していませんので、よろしく。

契約の偽計−AIJ事件もう一つの論点

ある勉強会に呼ばれて、AIJ事件に適用される刑罰規定について話をしてきました。その準備の過程で考えたことを書いておきます。
 
AIJ事件で問題とされる違法行為と適用される罰条は次の通りです。
 
1.虚偽記載のある運用報告書の投資者への提出 
  金商法205条14号 6月以下の懲役、50万円以下の罰金、法人は50万円以下の罰金
2.虚偽記載のある事業報告書の金融庁長官への提出 
  金商法198条の6 1年以下の懲役、300万円以下の罰金、法人は2億円以下の罰金
3.虚偽記載のある運用報告書を提示して、新規の投資一任契約を締結した行為
  金商法38条の2第1号、198条の3 3年以下の懲役、300万円以下の罰金、法人は3億円以下の罰金
4.詐欺罪 刑法246条、10年以下の懲役
 
1、2は監視委員会による行政処分の勧告で挙げられていた違反行為、3は強制調査の理由とされた違反行為です。4が成立するかどうかは議論がありそうですが、刑法の専門家ではないので、ここでは省略します。
 
新聞等で「契約の偽計」と言っていたことから私は漠然と、金商法158条を適用するのだと思っていました。158条違反であれば、10年以下の懲役、1000万円以下の罰金、法人は7億円以下の罰金と、38条の2とは大きな隔たりがあります。ところが、158条は有価証券の取引またはデリバティブ取引についてのみ適用されるので、投資一任契約の締結に関して偽計を用いた本件には適用できないということのようです。また、157条(罰条は158条と同じ)も、有価証券の取引またはデリバティブ取引に限って適用されるので、本件での適用は無理と考えられたようです。
 
本当にそうでしょうか。
 
アメリカの判例では、投資一任契約の締結が「証券」に当たるかどうかが争われています。ここでの問題は、投資一任契約の投資対象が証券かどうかではなく、「一任契約の締結」が「証券の売買」に当たるかという問題です。この「証券」は「投資契約」で、「投資契約」にはHowey基準が適用されますので、一任契約がHowey基準中、「共同事業性」の要件を満たすかどうかが問われているのです。証券性を肯定する考え方は、顧客と投資顧問との間で共同事業が行われているとし(垂直的共同事業性のアプローチ)、証券性を否定する考え方は、一任契約を締結する顧客同士の間で共同事業が行われていない(水平的共同事業性のアプローチ)ことを理由とします。
 
このHowey基準を明文化したのが、金商法2条2項5号・6号の集団投資スキーム持分なのです。そして、日本の集団投資スキーム持分は共同事業性を要件としていないので、投資一任契約から顧客に生ずる権利は、集団投資スキーム持分に該当するようにも思われるのです。だって、投資一任契約から顧客に生ずる権利は、拠出された金銭を充てて行う事業(投資)から生ずる収益の分配を受けることができる権利といえるからです。
 
もしこのような解釈が成り立つのであれば、投資一任契約の締結は有価証券の売買に当たるので、それに関して偽計が用いられれば、金商法158条を適用できることになります。
 
このような解釈を阻むものとしては、金商法38条の2第1号が金商法158条と別個の条文として定められており、罰条も異なることが挙げられます。しかし、この点は規定の沿革から説明できそうです。金商法38条の2第1号
に相当する規定は、投資顧問業法、投資信託・投資法人法にあり、その罰条は3年以下の懲役、300万円以下の罰金でした。平成18年の改正で、これらの規定を金商法に取り込んだ際に、158条との整合性を考慮せずに、そのまま移してきたというのが実情ではないでしょうか。そのまま移してきたことは立法論としては問題ですが、ここではそのことを非難しているのではありません。そのまま移してきたときに、金商法で集団投資スキーム持分が有価証券とされたことから不整合が生じうることを考慮せず、罰条を変えなかったのではないか。したがって、金商法38条の2第1号は、金融商品取引業者等について金商法158条の特別法になっているのではなく、一つの行為がいずれの構成要件にも該当するときは「観念的競合」になのではないか。このように考えると、金商法38条の2第1号が存在することは、金商法158条を適用する妨げにならないように思えるのです。
 
もとより上記は解釈は一つの可能性に過ぎず、158条の適用が現時点で難しいことは私も否定しません。ただ、私はアメリカで一任勘定が投資契約だから日本でもそう解すべきだというのではなく、日本の集団投資スキーム持分の定義規定の素直な解釈がその結論を導くと思うのです。

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Business Roundtable v. SEC (2)

新学期が始まり、授業の予習等でバタバタしていました。春休み(私にとっては夏休みよりも長い)呆けということもありました。Business Roundtable v. SECの続き(解説部分)です。
 
〔解説〕
SECはその規則で、株主の提案を会社の委任状資料および委任状行使書面に記載させることができるという「株主提案権」を定めていますが、いわゆる選挙提案は株主提案権の対象から除外されています。これは、選挙提案のように会社の支配にかかわる提案については、委任状勧誘規則にしたがって委任状合戦を行わせる趣旨です。しかし、会社の委任状勧誘は会社の費用で賄われるのに、株主は委任状勧誘の費用を負担しなければならず不利な立場に置かれること、諸外国では株主に会社の委任状勧誘装置を利用させる例が多いことから、株主の選挙提案を会社の委任状資料に記載させるべきだとする議論も根強いものがあります。
 
このような委任状アクセス(Proxy Access)の問題について、SECは、1942年以来、繰り返し提案を行ってきており、2010年に初めて規則の制定に漕ぎ着けました。本判決は、裁判所が、行政手続法の規定に照らしてSECによる規則14a-11の制定を取り消し、同規則を無効としたものです。SEC規則の制定に経済界が反対して訴訟を提起され、規則が無効とされる例は少なくありません。最近の例としては、Chamber of Commerce v. SEC, 412 F. 3d 133 (D.C. Cir. 2005) 〔投資信託のガバナンスルールを無効とした〕、Goldstein v. SEC, 451 F. 3d 873 (D.C. Cir. 2006) 〔ヘッジ・ファンドの登録規則を無効とした〕、American Equity Investment Life Insurance Company v. SEC, 613 F. 3d 166 (D.C. Cir. 2010) 〔証券の定義から除外される年金契約の定義規定を無効とした〕があります。
 
本判決が規則を無効とした理由は、判旨に掲げたように、費用便益分析が不十分であったことに求められています。費用や便益には数量化できないものもあるのであり、判旨は揚げ足取りの感もありますね。
 
本判決は、委任状アクセスについてSECに規則制定権がないことを無効の理由とするものではありません。Dodd-Frank法は、SECに株主の取締役候補者指名権を認める規則を制定する権限を与えたのでSECはこの権限を行使して、最終的には、規則14a-11に似たルールを制定するという予想があります(Choi & Pritchard, Securities Regulation, at 699 (3d ed., 2012))
 
他方で、SECスタッフは、世界的な金融危機や民主党政権の誕生等、政治状況がまたとない機会を提供していると考えて、委任状アクセス・ルールの制定を提案したという見方もあり(ill E. Fisch, The Destructive Ambiguity of Federal Proxy Access (U. Penn. Law School , Institute for Law and Economics, Research Paper 11-05), at 4546 (2011))、これによれば近い将来、SECがルールを制定することは不可能でしょう。
 
SECの費用便益分析が、規則を無効なものにするほど恣意的なものであったかどうかについては、論評の限りではありません。そこで、報告では、規則制定までの経緯、委任状アクセスについてのSECの考え方、規則制定に関する議論を紹介しましたが、この部分は省略します(雑誌に載せる原稿と同じではまずいので)。
 
株主に委任状アクセスを認める理由を、SECは、株主が州法上の権利を十分に行使できるようにすることに求めています。SECは、株主が出席して開催される株主総会でできることを出席しなくても可能にするのが委任状勧誘規制であると位置づけ、今回の改正は州法上の株主の権利を変更するものでないことを強調します。しかし、株主が取締役候補者を指名し投票することと、それを会社の委任状資料に記載させることは明らかに異なります。前者ができるからといって、論理的に後者もできなければならないとはいえません。つまり、SECの論法には論理の飛躍があるのです。
 
規則14a-11は州法上の権利行使を促進するどころか、破壊するとみる見解(Fisch教授)もある。(以下、Fisch教授の見解の紹介)その理由は、デラウェア州法は、株主が指名する取締役候補者を会社の委任状資料に記載するよう会社を義務付ける付属定款を認めるが、規則14a-11は、付属定款において同規則よりも厳しい株主要件を定めることを認めないからです。このようにSECの提案は、実質的には、連邦法上、株主の取締役候補者指名権(federal nominating power)を創設するものであったといえます。
 
(紹介つづき)
委任状アクセスを論じることはコーポレート・ガバナンス(株主と経営者の権限分配)を論じることであるのに、コーポレート・ガバナンスについての権限がないという攻撃を避けるために、SECはその議論を巧妙に避けています。委任状アクセスがコーポレート・ガバナンスの問題であるとすると、それは州法に委ねるのが適切です。その理由は、会社内の事項が伝統的に州法に割り当てられているからではなく、大部分が任意法規であり、競争に直面しており、漸進的な発展をする州法の方が、連邦法よりも、株主と経営者の権限分配を扱うのに適しているからです。(紹介おわり)
 
私自身、現在のデラウェア州法の内容がコーポレート・ガバナンスの法形成にとって最適の環境を提供しているかどうかについては判断を下しかねますが、株主提案権がコーポレート・ガバナンスの問題であり、株主と経営者の権限分配を調整するには連邦法よりも州法のシステムが適しているという点については、Fisch教授に賛成したいと思います。

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Business Roundtable v. SEC (1)

3月に、神戸大学の商事法研究会で、Business Roundtable v. SEC 647 F. 3d 1144
(DC Cir. 2011) の報告をしてきました。日本にはない制度を使った、なかなか面白い判決なので、紹介したいと思います。
 
【事実の概要】
Business Roundtable (企業経営者の団体) と米国商工会議所がSEC規則14a-11の審査を申し立てた。申立人は、SECは取引所法3(f)項、投資会社法2(c)項で求められている、効率性、競争、および資本形成に対する規則の影響を十分考慮せず、行政手続法に違反して規則を制定したと主張した。
 
SEC2009年に規則を提案し(74 Fed. Reg. 29,024)、パブリック・コメントの後、提案を一部修正し、2010年にこれを32で採択した(75 Fed. Reg. 56,668)。その概要は次のとおりである。
 
委任状勧誘規則適用会社(登録投資会社を含む)は、委任状資料に、資格のある株主または株主グループの指名する取締役候補者名を記載しなければならない。
 
資格のある株主とは、規則の利用を通知した日まで3年以上、議決権の3%以上を保有している者であり、株主総会まで当該議決権を保有しなければならない。候補者提案株主は、SECおよび会社に通知をしなければならないが、通知には500語以内で理由を記載することができる。会社は、提案株主が提供した当該株主および候補者に関する情報を委任状説明書に記載し、候補者を委任状行使書面(proxy voting card)に記載しなければならない。
 
また、本条の適用については、次のような制限が付されている。
規則は、州法または会社の統治文書(governing documents)が株主の取締役候補者指名を禁止している場合には適用されない。株主が、会社の支配を変更する意図を持って会社の証券を保有している場合には、当該株主は規則を利用することができない。会社は、一人または取締役数の25%を超える数(いずれか多い数)の候補者を委任状資料に記載することを求められない。複数の株主が指名資格を有する場合は、最も高い議決権割合を有する株主のみが候補者を指名できる。
 
SECは、規則14a-11が取締役会および会社の業績と株主価値を改善するという潜在的な便益は、その潜在的な費用を上回ると判断した。SECは、各会社の取締役会または株主の過半数が規則14a-11の内容を付属定款(bylaws)に組み込むかどうかを判断すべきだとする提案を、州法の下での定款自治(private ordering)に排他的に委ねることは、株主の取締役指名権・選任権を促進するのに効果的でも効率的でもないとして斥けた。二人の委員(Troy A . ParedesKathleen L. Casey)は、理論的見地および実証的見地から委員会を非難して提案に反対した。
                                                                                        
【判旨】審査の申立てを認め、規則を無効とする。
(以下は、要約です。長いですが、いったい裁判所がどのような理屈をつけて規則を無効にするのか興味があったので、抄訳をしてみました)
 
行政手続法の下では、行政機関の行為は、それが恣意的、気紛れ、裁量の濫用、その他法の違反があるときに(arbitrary, capricious, an abuse of discretion, or otherwise not in accordance with law)、裁判所により無効とされる(5. U.S.C. §706(2)(A))。我々は申立人に同意し、SECは恣意的かつ気紛れに行動したと判断する。投資会社に当該規則を適用するというSECの決定もまた恣意的であった。
 
A. 経済的効果の考慮
1.費用便益の考慮
申立人は、株主提案に反対する会社が負担する費用をSECは考慮に入れていないと主張する。SECは、採択リリースにおいて、株主による取締役候補者指名に反対することに正当な理由なく会社の資金を用いることは取締役の信任義務違反になること、および提案株主の資格要件のために提案数が制限されるだろうから、会社のキャンペーン費用は限定されると述べていた。我々は、取締役は株主側候補者に反対しないだろうというSECの予想は根拠のない憶測だという申立人の主張に賛成する。また、SECは、会社のキャンペーン費用の推計を行っておらず、規則の経済的効果を査定する制定法上の義務を無視した。
 
SECは、反対派取締役が取締役会に席を得た場合に会社の業績が低下することを示す数多くの研究を過小評価し、説得力のない2つの研究に大幅に依拠した。実証研究の結果が分かれていることに照らすと、SECは、株主の指名する取締役が選任される可能性が増すことが、取締役会および会社のパフォーマンスと株主価値を改善するという結論を十分に支えることができなかったと我々は考える。
 
SECは、規則14a-11のコストを、州法上の株主の権利を加工したものに過ぎないとして低く見積もるが、限界費用に着目しないこのような理由付けは非論理的であり、経済分析として受け入れがたい。
 
2.特別の利害を有する株主
提案株主に持株要件が課されているものの、公務員年金基金や組合年金基金がこの規則を利用すると信ずる十分な理由がある。それにも拘らずSECは、これら特別の利害を有する株主が、株主利益最大化以外の目的のために本規則を用い、会社に費用を負担させるであろうとの識者の懸念に対応しなかった。この点でSECは恣意的に行動した。
 
3.選任合戦の頻度
SECは提案リリースにおいて、取引所法上の報告会社で208社、登録投資会社で61社、計269社が規則14a-11による選挙提案を株主から受けると予想し、採択リリースでは、提案資格を限定した結果、報告会社45社、登録投資会社6社の計51社に予想を引き下げた。採択リリースにおける予想数の引下げは、必ずしも、提案リリースにおける予想数や規則14a-8の下の提案予想数と矛盾するものではない。しかし、伝統的な委任状合戦がどの程度、規則14a-11による委任状合戦に置き換わるかを採択リリースが示していない点で、SECは規則が選挙合戦の総数に与える影響を恣意的に無視した。そのようなデータがなければ、SECは規則が十分な数の選挙合戦を促進し利益をもたらすか否かを知りえないはずである。
 
規則14a-11による指名の頻度についてのSEC内の議論は矛盾しており、したがって恣意的であった。SECは、規則の便益を議論する際には指名株主が委任状勧誘資料の印刷・郵送代を直接的に節約できることを強調し、SECが引用したコメントは上場会社の15%が本条の利用を予想していると報告していた。このように、便益を評価するときは本条の活発な利用を予想しながら、費用を評価するときは不活発な利用を仮定するのは矛盾している。
 
B.本条の投資会社への適用
通常、一つの投資助言会社が、コンプレックスと呼ばれるミューチュアル・ファンドのグループを経営する。ファンドの取締役会は、一般的には、ある取締役グループがコンプレックス内のファンドのすべての取締役会を構成する「ユニタリー・ボード(unitary board)」か、複数の取締役グループがコンプレックス内の異なるファンドの組を監視する「クラスター・ボード(cluster board)」のいずれかの形態をとる。いずれの場合も、取締役会は複数のファンドの事業について一つの会議で対処する。
 
申立人は、投資会社法の規制が株主の委任状アクセスの必要性を減じ、したがって委任状アクセスから得られる便益をも減じているのではないかという点、および本規則が、投資会社のガバナンス構造を破壊することによって投資会社に多大の費用を負担させるのではないかという点について、SECは十分に対応しなかったと主張する。我々は申立人に賛成する。SECは、投資会社法の規制による保護(regulatory protection)が十分に与えられていることを認めるが、なぜ本規則が事業会社の株主に与えると同程度の便益を投資会社の株主に与えるのかをほとんど説明していない。
 
SECは、また、規則14a-11によって株主が指名する取締役があるファンドの取締役会に席を占めると、ファンドごとに取締役会の会議を別々に開かなくてはならなくなり、ガバナンスを非効率的にするという点で、同規則がユニタリー・ボード構造やクラスター・ボード構造を破壊し、投資会社に大きな費用を課すという懸念に対処しなかった。
 
SECは、投資会社の株主の多くはリテール顧客であるから、3年間の保有要件を満たさないし、投資会社に株主総会の開催を強制しない州法もあるから、投資会社が負担する費用は少ないという。また、ユニタリー・ボードおよびクラスター・ボードに対する破壊的効果は、ファンド・コンプレックスの地位を維持するために秘密保持契約を用いることで緩和されるとする。しかし、前者については、SECは利用が少なければ便益も少ないという点を見過ごしているし、後者については、株主指名の取締役は他のファンドに対して信任義務を負わず、秘密保持契約を締結する義務も負わないから、秘密保持契約は解決策にならないという反論に対する答えになっていない。

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ニイウスコー事件判決(3)

前の記事から大分時間が経ってしまいました。この間、ライブドア事件の際高裁判決が下され、最高裁の見解が明らかになってきています。もっとも、今取り上げているニイウスコー事件判決は、取得自体損害の問題を扱っており、ライブドア事件と争点が異なるので、ライブドア判決に触れずに、この事件の評釈を片付けてしまいましょう。
 
 損害額の算定
本判決は、虚偽記載がなければ株式を購入することはなかったと認められる場合の損害は原則として株式購入価額であるとし、XのY株式の購入代金相当額を損害額と認めました。この点につき前掲西武鉄道事件最高裁判決の多数意見は、「虚偽記載なければ取得なし」と見るべき場合の損害額は、投資者が虚偽記載の公表後に取引所市場において処分したときは、取得価額と処分価額の差額を基準とし、経済情勢、市場動向、当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額(上場が廃止された場合にはその非上場株式としての評価額)の下落分を上記差額から控除して算定すべきであるとしています。したがって、本件は上告受理の申立てがされていますが、最高裁は同判決の趣旨に従って本決定を修正するものと予想されます。私は最高裁判決よりも本判決の結論の方が理論的に正しいと考えるが、前に論じましたので、ここでは繰り返しません。
 
最高裁判決に従う場合、虚偽記載に起因しないY株式の市場価額(上場廃止後はY株の非上場株式としての評価額)の下落分をXの取得・処分差額(=購入代金相当額)から控除することになります。西武鉄道事件の最高裁判決は、「ろうばい売りによる下落」は有価証券報告書等の虚偽記載が判明することによって通常生ずることが予想される事態であるから、虚偽記載と無関係な要因に基づく市場価額の変動であるということはできないとしました。判旨のいう「ろうばい売りによる下落」とは、少なくとも虚偽記載の判明によって上場廃止の可能性が生じたことに基づく市場価額の下落を含むものと思われます。
 
臨時報告書の虚偽記載の公表と同時に民事再生手続開始の申立てをしたアーバンコーポレイション事件では、金融商品取引法21条の22項による推定損害額から「虚偽記載によって生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情によって生じた」損害の額としていくらを減額すべきかについて、裁判例は、8割の減額をするもの(①東京地判平成22112判タ1318214頁)、2割の減額をするもの(②東京地判平成2239金法1903102頁①事件)、7割の減額をするもの(③東京地判平成22326金法1903102頁②事件、④東京地判平成2327(判タ1353219頁))に分かれています。これらのうち①③④判決は、同事件における臨時報告書の虚偽記載の公表と民事再生手続開始の申立てを直接の関連のない別個の事情とみており、②判決は、両者を全く別個の事情であるとみることはできないとしています。さらに、②の控訴審である⑤東京高判平成231124判時210324頁は、発行者は臨時報告書の虚偽記載の時点で、資金調達の見込がなければ民事再生手続開始の申立てをしなければならない状況にあり、民事再生手続開始の申立ては発行者が虚偽記載等の公表に伴って必然的にとらなければならない対応であったのであるから、発行者の株式の下落が民事再生手続開始の申立てがされたことによって生じたものと認めることはできないとして、推定損害額からの減額を認めませんでした。
 
本件の原判決も推定損害額からの減額という文脈でこの問題を検討しており、民事再生手続開始の申立てやそれによる上場廃止の決定という事実が明らかになった後に株式の市場価値が下落することがあるとしても、これはこうした事実を原因とするものではなく、あくまで発行者が再生手続開始の申立てに至るまで経営、財務等の状態が悪化していた事実が、それまで明らかでなかったのが明らかになったことによるとして、推定損害額からの減額を認めませんでした。
 
アーバンコーポレイション事件は、臨時報告書提出の時点で真実を開示していたら民事再生手続開始の申立てが不可避であったかどうか微妙な判断を要する事件だったと思われますが、本件のように、民事再生手続開始の申立てが不可避の状況を虚偽記載によって隠蔽していたと認められる事例では、民事再生手続の申立てによる市場価額の下落は「虚偽記載に起因しない市場価額の下落」として控除することができないと私は考えます。そうすると、最高裁判決に従う場合、本件では、虚偽記載公表後、上場廃止までの間のY株式の市場価額の下落から控除すべき市場価額の下落分はなく、XのY株式取得から虚偽記載公表までのYの業績悪化による市場価額の下落分、およびY株式の上場廃止後の非上場株式としての評価額の下落分を、Xの購入代金相当額から控除することになりそうです。

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AIJ事件:一つの見方

連載の途中ですが、AIJ投資顧問事件について、金商法のどこが問題なのか、少し考えてみたいと思います。
 
AIJ事件は調査中で詳しい事実関係は分かっていませんが、報道などによると、投資顧問会社が年金資産の運用を一任され、運用方法として私募投資信託(私募投資法人かも知れません)を購入していたところ、運用損が出ていたにもかかわらず、顧客(各企業年金)に対して運用成績が良い旨の虚偽報告をしていたということのようです。そして、この私募投資信託を実際に運用していたのはAIJ投資顧問の関係者であり、運用先は株価指数先物取引などであったようです(実際には投資をせずに横領していたのかも知れず、そこは分かっていません)。
 
虚偽報告が法令違反であることは間違いありませんが、それは問題の本質ではありません。投資運用業者の監査を強制するとか、信託銀行の管理体制を強化するなどの対策が唱えられており、それぞれ説得力があると思いますが、私が一番気になったのは、なぜ私募投資信託を買ったのか、なぜ、それができたのかということです。
 
順を追って考えて見ましょう。年金の一任運用は投資運用業に当たりますから、運用業者は顧客資産を分別管理しなければなりませんが、AIJは信託銀行に運用資産を信託していましたから、形式的には、分別管理義務を果たしています。運用業者がこの資金を株価指数先物取引で運用したければ、信託銀行にその取引の指示を出せばよいところ、このケースでは私募投信を買わせていた訳です。投資信託証券は有価証券の一つであり、投資先ともいえますが、運用形態を転換するスキームという面も持っています。投資スキームとして見ると、投資信託を買うことはその運用者に運用を委託することを意味するのですが、AIJははたして私募投信の委託会社(または投資会社)に正式に運用権限を委託していたのでしょうか。たぶん違うでしょう。なぜなら、投資運用業者が運用権限を委託するときは、委託先は金融商品取引業者か外国において法令に準拠して投資運用業を行う者でなければなりませんが、本件の委託先がその要件を満たしていたのか疑問がありますし、委託について、委託先の商号・名称、委託の概要、委託に係る報酬の額または算定方法を、投資一任契約に定めておかなければならないところ、委託先の情報を顧客に開示していれば、顧客もおかしいと思うはずだからです(なぜ日本の株価指数先物取引で運用するのに海外ファンドの持分を買わなければならないのか)。
 
もちろん運用方法として私募投信を買うと運用権限の委託に当たるかどうかは解釈問題ですが、その私募投信の運用者がAIJの関係者であるとすれば、私募投資信託の購入は運用権限をAIJ本体から切り離すためのからくりに他ならず、そこには運用権限の委託があると考えるべきでしょう。運用権限の委託の解釈を固め、法を守らせていれば、このようなスキームの採用を防げた可能性が高いと感じました。
 
また、私募投信を隠れ蓑に使われると、信託銀行としては、私募投信証券の価値を確かめる術がありませんから、AIJによる運用報告を信じるほかないわけです。私募投信を使わなければ、株価指数先物取引から生じた利益や契約残高を信託銀行は把握できるはずです。一般論や立法論は別として、この事件で信託銀行を責めるのはちょっと酷な感じがしますね。
 
さらに、私募投信を使うということは、お金も移転することになります。本件では、お金が信託銀行から海外ファンドに移転したことに加えて、そのお金がAIJの関係者に戻ってきたことになります。ですから、本件のスキームは分別管理義務の脱法にも当たるように思えます。解釈で違反ということが難しければ、立法上の手当てが必要ではないでしょうか。
 
このように考えると、私募投信の購入によってお金と運用者を入れ替えることができてしまう点にAIJ事件の発生を許した一つの原因があるように、私には思えます。もちろん、海外の株式等で資産を運用するために海外ファンドを使うことの有用性(顧客にとっても利益になること)は理解できますから、AIJ事件を教訓としてあれもこれも変えるべきだとは言いませんが、海外ファンドが脱法に使われることに対しては厳しくチェックできる規制が必要だと思います。

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ニイウスコー事件判決(2)

〔評釈〕判旨に賛成。
 
1.本判決の意義
西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載事件に係る最判平成23913金判137633頁は、有価証券報告書等に虚偽記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったと見るべき場合に、当該虚偽記載により当該投資者に生じた損害の額の算定方法を示しました。しかし、同判決は、どのような場合に「虚偽記載なければ取得なし」と見るべきかを明示しなかったので、同判決の適用範囲は必ずしも明らかでありません。本判決は、虚偽記載がなければ投資者が当該有価証券を取得しなかったと見るべき一事例を示したものとして重要です。
 
2.「虚偽記載なければ取得なし」と見るべき場合
有価証券報告書等に虚偽記載がなければ当該有価証券を取得しなかったと考える投資者は、有価証券の購入代金相当額を損害みて賠償を請求することがあります。このような取得自体損害説の主張に対しては、これを当該株式が取得時点で無価値であったことを前提とするとみて、当該株式が無価値であったとは認められないとして主張を排斥する裁判例が過去にありました(西武鉄道事件に関する東京地判平成20424判時200310頁他)。本件の原審も同様の見解に立脚しています。しかし、客観的な価値のある有価証券であっても投資者がこれを取得しないという判断をすることはいくらでもありうるのですから、取得自体損害説は虚偽記載のされた有価証券が無価値であるとの前提に立つものではありません。このことは、もし有価証券が無価値であったことを前提とする主張だとすると取得価格と想定価格との差額を損害とみる取得時差額説によっても取得価額の賠償が認められることとなり、そもそも取得自体を損害と構成する必要がないことや、説明義務違反や不当勧誘を理由とする損害賠償を認める裁判例が取得時に有価証券が無価値であることを前提としていないことからも明らかだと思います
 
なお、判旨が原則として購入代金相当額が損害であるとしているのは、本件では民事再生計画に基づいてY株式が無償取得されてしまったために、取得価額−処分価額=購入代金相当額であることを前提としていると読みました。判決が、購入代金相当額から処分価額を差し引くべきでないと考えているのだとしたら、判旨はもちろん不当です。購入しなければ処分もなかったわけで、処分によって現金が入ってくることもなかったわけですから、その分は返さなければなりません。
 
前掲西武鉄道事件最高裁判決は、真実を公表すれば上場廃止を避けられない事例について、投資者は虚偽記載がなければ、取引所市場の内外を問わず、当該株式を取得することはできず、あるいはその取得を避けたことは確実であって、これを取得するという結果自体が生じなかったとみるのが相当であるとしました。最高裁が、取得できないと考えられる場合のほか、取得を避けたことが確実と認められる場合を「虚偽記載なければ取得なし」とみるべき場合に含めたのは、上場廃止事由の公表から上場廃止までの間に時間がかかることから、平均的な投資者は上場廃止事由が明らかとなった株式を購入しないであろうという経験則に依拠する必要があったためでしょう。
 
本件は、西武鉄道事件のように当初より虚偽の記載をしなくても上場廃止となっていた可能性の高い事例ではありません。本件のXは平成176月期の有価証券報告書公表後の株式取得について損害賠償を請求しているところ、平成166月期および平成156月期の連結財務諸表にも虚偽記載はされていたものの、債務超過ではなかったようであり、当初より真実が公表されていたとしてもY株式が上場廃止になっていたであろうとは言い切れないからです。
 
本判決は、平成176月期の有価証券報告書の虚偽記載がなく、真実の数値が公表されていれば、判旨の①〜③〔前回の記事参照〕が明らかになるから、一般の個人投資家がY株式を買い続けたとは考え難いと述べています。このうち①と③は、Yが当初より有価証券報告書に虚偽記載をしなかったとしても、XがY株式を購入する時点で明らかになっている事実ですが、②のが上場直後から虚偽報告を続けている企業であるという事実は、Yが平成156月期および平成166月期に有価証券報告書に虚偽記載をし、平成176月期に真実を公表した場合にのみ明らかになる事実といえます。そこで、特定時期の有価証券報告書にのみ虚偽記載がなかったらという仮定をおいて因果関係を推し量るべきでない(判旨不当)という考えもあるでしょう。しかし、Yが上場直後から虚偽報告を続けていたのは事実ですから、平成15年・16年に虚偽記載をしたという仮定をおくことは不自然でありませんし、投資者が依拠する有価証券の市場価格は直近の有価証券報告書の情報を反映しますから、「当該直近の有価証券報告書に虚偽記載がなかったら」という仮定をおいて投資者がどのように行動たかを判断することは許されると考えます。そして、もしYが平成176月期に真実を公表していたら、それ以前のYによる有価証券報告書の虚偽記載は2期にとどまる訳ですが、上場直後から虚偽記載をしていたという事実はやはり重大なので、平成17921日提出の有価証券報告書に真実が公表されていたらXがそれ以降Y株式を取得することはなかったであろうとする本決定の判断は妥当であると考えます。
 
本件の考察から得られる示唆として、「虚偽記載なければ取得なし」と見るべき場合に「有価証券報告書の虚偽記載が長期間継続した後に当該有価証券を取得した場合」を加えることができると思われます。直近の有価証券報告書において真実が記載されれば、長期間虚偽記載を継続していたという事実が発覚し、投資者が取得するよりも前に当該有価証券は上場廃止とされたはずであるといえるからです。
 
なお、本件では、平成19927日にYの同年6月期の約40億円の債務超過が公表された後もXがY株式を追加取得していることから、Yは、平成17921日にYが債務超過を公表していたらXがY1株式を購入しなかったとはいえないと主張しました。これについて本判決は、平成19927日の債務超過の公表時には、併せて200億円の第三者割当増資が発表されており、Yが過去に有価証券報告書等に虚偽記載をしていたということは明らかになっていなかったのであるから、これをもって平成176月期の真実公表の後もXが株式を購入したであろうと推認することはできないと述べています。この判示も説得力があり、妥当であると思います。

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ニイウスコー事件判決(1)

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先日、研究会でニイウスコー事件に関する東京高判平成23413金判137430頁の報告をしてきました。またまた有価証券報告書の虚偽記載に基づく民事責任の問題で、虚偽記載の公表と民事再生手続開始の申立てが同日になされたという点で、アーバンコーポレイション事件とも似ていますが、取得自体損害説を認めた珍しい判決なので検討に値すると思います。この判決は前にも一度取り上げましたが、私の事実関係の認識が間違っていたようなので、こちらを参考にしてください。また、この判決は上場会社の連結子会社の財務諸表に虚偽記載がされた結果、上場会社の連結財務諸表に虚偽記載がされた場合に、連結子会社およびその代表取締役が上場会社の株式を取得した投資者に対して不法行為責任を負うとしました。東京地判平成21・5・21判時2047号36頁では反対の結論がとられており、重要です。研究会ではこの点も取り上げましたが、ここでは省略します(ジュリストに本件の判例評釈を公表しますのでそちらを見てください)。したがって、事実も取り上げる判旨に関係する部分だけ紹介します。
 
〔事実の概要〕
(ニイウスコー)は平成156月に東証一部に株式を上場した会社であるが、同年71日に開始する第12期事業年度以来、連結損益計算書、連結貸借対照表、損益計算書、貸借対照表に重要な事項についての虚偽の記載をした有価証券報告書および半期報告書を東証に提出していました(正しくは、「財務局に」でしょうが判決はこういっています)。本件で問題となる期間における虚偽記載の規模は、平成17921日に提出した平成176月期の有価証券報告書では、連結営業利益が約61億円、連結経常利益が約59億円、連結当期純利益が約34億円、連結純資産額が約192億円と記載されていたが、真実は連結営業損失が約122億円、連結経常損失が約123億円、連結当期純損失が約127億円、連結純資産額は約54億円の赤字というものでした。
 
は平成20430日、上記の虚偽記載を公表するとともに東京地方裁判所にそれぞれ民事再生手続開始の申立てを行い、同年52日に再生手続開始の決定がされました。
 
 XはY株式の上場以来、これを購入してきた投資者であり、平成20430日時点におけるその保有株式数は4910株でした。同年114日、Yの再生手続において、Yの全株式はにより無償で取得されました。そこでXは、Yの虚偽記載により平成1796日以降の株式購入代金等相当額である156398000円の損害を被ったとして再生債権の届出をしたところ、東京地方裁判所はXの損害額を5866020円と査定しました。
 
異議審である東京地判平成22625金判134625頁は、Yに対する再生債権について、株式購入代金相当額が損害であるというXの主張を、Y株式の客観的価値がないことを前提とするものであり合理的でないとして斥けた上で、金融商品取引法21条の22項の推定規定を用いて、Xの損害額を5593200円と査定しました。Xが控訴。
 
〔判旨〕原判決変更。Yに対するXの再生債権を153788127円と査定しました。
「『記載が虚偽であることにより生じた損害』とは、有価証券報告書等の記載が虚偽であった場合のXの財産状態と、有価証券報告書等の記載が虚偽でなかった場合のXの財産状態との差であり、当該虚偽記載がなければXがY株式を購入することはなかったと認められる場合には、Y株式を購入したことにより生じた損害(原則として株式購入価額)がこれに当たる。」
 
そして判決は、本件において、平成176月期の有価証券報告書の虚偽記載がなく、真実の数値が公表されていれば、①Yは大幅な債務超過の状態にあることが明らかになっており、また、②Yが平成176月期の正しい連結財務諸表内容および純資産額を公表しておれば、平成166月期の有価証券報告書に記載されていた数値も、少なくとも連結純資産額は虚偽であったことも明らかになり、さらに平成156期の有価証券報告書に記載されていた連結純資産額も虚偽であったことが明らかになると考えられるから、その結果、Yが上場直後から虚偽記載を続けている企業であるということが明らかになり、さらに③その結果、Y3年間にわたり連続して大幅な損失を計上している会社であり、業績に恒常的な問題を抱える企業であることも明らかになるから、Yの株式を一般の個人投資家であるXが買い続けたとは考え難く、Xは、当該虚偽記載がなければ同日以降のY株式を購入しなかったと推認するのが相当であるとしました。
 
本判決が査定した153788127円は、Xが平成17921日から平成19828日までの間に購入したY株式の購入代金相当額です。

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西武鉄道事件最高裁判決(4)

(つづき)
4 判旨の射程
本判決は、有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が、当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合について判断を下したものであり、虚偽記載がなければ取得することはなかったとみることのできない場合について、取得・処分差額から虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除するという判旨の射程は及びません。ただし、前述のように、ろうばい売りによる市場価額の下落は虚偽記載と相当因果関係のある損害であるとする部分は、虚偽記載がなければ取得することはなかったとはいえない、通常の虚偽記載の事例にも当て嵌まる可能性が高いと思われます。
 
本判決は、不法行為に基づいて有価証券の発行者とその取締役の責任が追及された事例ですが、虚偽記載と因果関係のある損害額の算定方法は、特則が置かれていないかぎり、根拠条文によって変わるものではありませんので、判旨の射程は金商法21条の2に基づく発行者の責任、同24条の4に基づく発行者の取締役の責任等にも及ぶと考えられます。ただし、金商法21条の22項は損害額の推定規定を定めていますので、推定損害額を上回る場合に限って、修正取得自体損害説による損害額が原告により主張・立証されることになるのでしょう。
 
本判決は、虚偽記載の内容が粉飾決算のように株式の価値の評価に影響を与える場合の取得自体損害説にまでは本判決の射程は及ばないと解する見解があります(未公表)。本判決によって不合理な結果が生ずる範囲を限定しようとする傾聴すべき見解であり、私自身、もう少し考えてみようと思っています。
 
5 残された問題
本判決は、どのような事例が「虚偽記載なければ取得なし」といえるかについて判断していません。この点について考えてみると、まず、本件と同様に当初より真実が開示されていたとしても上場廃止が避けられないケースや、真実が開示されていたらそもそも株式を上場することができなかったケースが考えられます。現在の取引所は、「上場会社がその事業年度の末日に債務超過の状態である場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき」を上場廃止事由としています(東証有価証券上場規程601(5))。そこで、上場会社が2年以上に亘り連続して債務超過であったのに、粉飾決算によりこれを隠蔽していた場合に、2年以上経過した後に当該会社の株式を取引所市場で取得した者については、当初より真実が開示されていたら、当該会社は上場廃止となるか上場廃止の手続がとられ、当該有価証券を取得することはなかったといえるのではないでしょうか。上場以来3期以上に亘り財務諸表に虚偽記載がされており、投資者が株式を取得する直近の有価証券報告書が債務超過を隠蔽していた事例において、東京高判平成23413金判137430頁(ニイウスコー事件判決)は、投資者が依拠した3期目の有価証券報告書に虚偽記載がされなければ、会社の真実の経営状態・資産状態と上場以来虚偽記載をしていることが明らかとなり、その株式を一般の個人投資家が買い続けたとは考え難いとして、投資者は当該虚偽記載がなければ本件株式を購入しなかったと推認するのが相当であると判断しました。この判決は、投資者が株式を購入した時点では当該株式が上場廃止の条件を満たしていない事例についてのものですが、発行者が上場以来虚偽記載を続けていたこと、原告が上場以来当該株式を買い続けていたこと等を考慮して、虚偽記載と購入判断との間の因果関係を認めたものといえます。この判決については別の研究会で報告する予定であり、そのときまでにもう少し考えてみようと思っています。
 
最高裁は、虚偽記載がなければ投資者が当該有価証券を取得しなかったとは認められない、通常の虚偽記載のケースについて、どのような方式で損害額を算定すべきかについて、まだ判断を下していません。周知のように下級審裁判例は、虚偽記載の公表後の市場価額の下落額を基礎とする考え方(市場下落説)と、取得価額と虚偽記載がなかったら生じていたであろう価格(想定価格)との差額を基礎とする考え方(取得時差額説)とに分かれています。もし、最高裁が市場下落説を採ると、上述のように、「虚偽記載なければ取得なし」といえるか否かで結論にほとんど差がなくなります。他方、最高裁が取得時差額説を採ると、「虚偽記載なければ取得なし」といえるかどうかが、投資者が得ることのできる賠償額に大きく影響することになりますが、ろうばい売りによる市場価額の下落は虚偽記載と相当因果関係があるという判旨からは、取得時差額のみが損害であるとの見解も採りにくいようにも思われます。
 
以上に書いたことは研究会の報告時点における私の考えであり、判例研究公表時までに考え直すところがあるかも知れません。判例研究は金融・商事判例に掲載させていただく予定です。

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西武鉄道事件最高裁判決(3)

西武鉄道事件の最高裁判決の研究報告を本務校の研究会でしたところ、予想外に多くの人に参加してもらいました。感謝しています。
 
さて同事件で論ずべき中心的なテーマは前2回で書きましたので、今回は、それ以降に気づいたことを書き散らしてみたいと思います。
 
1.ろうばい売りの評価
判決は、いわゆるろうばい売りが集中することによる過剰な下落は、虚偽記載と無関係な要因に基づく市場価額の変動であるとはいえず、取得・処分差額(取得価額−(処分価額または事実審口頭弁論終結時の市場価額[上場廃止の場合は非上場株式としての評価額]))から控除することはできないとしました。二審判決は、虚偽記載の公表直前の価額と処分価額との差額を基礎として(すなわち市場下落説を採用しつつ)、虚偽記載および上場廃止が発表されると、ろうばい売りが集中して客観的株価より過大に下落する傾向が見られること等から、個々の株式の売却による損失の発生は本件虚偽記載および上場廃止から通常生じ得る結果であるとは認めがたいとしたのに対し、本判決はろうばい売りによる下落は虚偽記載と因果関係のある損害であるとしたのです。
 
判旨のいう「ろうばい売りによる下落」が何を意味するかは必ずしも明らかでありません。「ろうばい売りによる下落」は何らかの情報(それが不確かなものや投資者心理によるものであれ)が市場価格に反映する過程に着目した捉え方ですが、重要なのは、株価への反映過程ではなく、何を原因とする下落が取得・処分差額から控除できないかであるはずです。重大な虚偽記載が公表された場合に株価が下落する原因としては、真実の情報が開示されたことのほか、上場廃止の可能性が生じたことが考えられますが(そのほかに、理論的には、真実の情報を開示するという経営者の資質に対する信頼の低下や、発行者が投資者に対して損害賠償責任を負う可能性が生じたことも、株価下落の原因として指摘されています)、上場廃止の可能性が生じたために投資者が株式を売り急いだことによる下落が「ろうばい売りによる下落」に含まれることは、明らかでしょう。
 
本判決は、虚偽記載がなければ投資者が有価証券を取得しなかったと認められる事例について判示したものであり、虚偽記載がなければ投資者が有価証券を取得しなかったとは認められない事例について、ろうばい売りによる株価の下落が虚偽記載と相当因果関係のある損害であるとしたものではありません。もっとも、判決は一般的な言い回しを用いているので、最高裁は後者の場合にも相当因果関係を認める可能性が高いと思われます。
 
そのような結論に対しては、客観的な水準よりも過大に下落した株価を基準として損害賠償を認めることは残存株主から売却株主へ不当に価値を移転するものであるとの批判も考えられます。しかし、仮に市場価額が客観的な株式価値を反映していなくても、投資者は市場価額でしか株式を処分できないのですから、上場廃止までに株式を売却するという投資者の判断を非難できない以上、ろうばい売りによる下落は投資者の損害から減額されるべきでありません。そして、ろうばい売りが生じ株価が客観的な株式価値を反映していないような状況では、株式の売却時期を誤ったことを被害者側の過失とみて過失相殺をするという形で、投資者の判断を非難することもできないと思います。
 
2 市場下落説との相違
虚偽記載が公表されるまでの間に生じた市場価額の下落は、一般的には、虚偽記載と無関係の要因に基づくものが多いので、本判決多数意見の考え方(修正取得自体損害額と呼ぶ)は、投資者の取得価額と虚偽記載の公表直前の市場価額との差額を取得・処分差額から控除することとなり、虚偽記載の公表後の市場価額の下落を損害額との基礎とする「市場下落説」と同じ結論になる可能性が高いと考えられます。この点に関し本判決は、本件では、虚偽記載の公表前に発行者の親会社が発行者の名義株を売却するなどして本件虚偽記載が一部解消されており、その頃本件虚偽記載に起因して発行者株の市場価額が下落していた可能性があると指摘しています。名義株の売却による市場価額の下落は、虚偽記載の内容が一部市場価額に反映されたものとみることができるので、これは虚偽記載に起因する損害であり、したがって取得・処分差額からの控除を認めないというのです。
 
もっとも、市場下落説は、虚偽記載が公表されて現実に市場価額を下落させたことをもって損害と捉える考え方ですから、市場下落説によっても、虚偽記載の公表前に真実の情報を一部反映した市場価額が形成されていた場合には、真実の情報を反映したことによる市場価額の下落を損害額に加えることになると思われます。したがって、この点でも修正取得自体損害説と市場下落説に違いはないのではないでしょうか。
 
3 保有原告の損害
西武鉄道事件の裁判例では、最後まで株式を保有していた保有原告の損害賠償が認められたものはありませんでした。それに対し本判決の修正取得自体損害説によると、保有原告も、取得価額が口頭弁論終結時の評価額よりも高ければ、損害の賠償を受けられる可能性があります。この点も、市場下落説と(修正)取得自体損害説の理論上の相違点です。しかし、他方、修正取得自体損害説によると、取得後、虚偽記載が公表されるまでの市場価額の下落の大部分が取得・処分差額から控除されることになるため、現在の株式の評価額が虚偽記載公表直前の市場価額を上回っている場合には、保有原告は損害賠償を否定される可能性が高いと考えられます。つまり、保有原告はぬか喜びになるおそれが大きいのです。このように保有原告に実際の保護を与えられないことも修正取得自体損害説の問題点であると考えます。

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会社法改正中間試案(2)

今回取り上げたいもう一つの論点は、中間試案第2部第3の1の株式売渡請求制度です(コピペをしているため読みにくくて済みません)。金融商品取引法とは直接関係がないですが、公開買付けで90%取得した後にキャッシュ・アウトを行う場合に利用可能な制度といえるでしょう。
 
中間試案第2部第3の1は、対象会社の議決権の10分の9以上を有する株主が、対象会社の株主総会の決議を要することなく、現金を対価とする少数株主の締出し(いわゆるキャッシュ・アウト)を行うための新たな制度を提案しています。この制度では、特別支配株主が全株主に対して株式の売渡しを請求することを認めるとともに、少数株主保護の方策として、裁判所に対する価格決定の申立て、価格が著しく不当である場合の差止請求権、売渡株式の取得の無効の訴えの制度を設けることとしています。
 
キャッシュ・アウトは、意思決定の迅速化、株主管理コストの削減等の点で企業経営にメリットがあります。議決権の10分の9を有する株主は、略式組織再編の手続により、対象会社の株主総会の決議を経ることなくキャッシュ・アウトを行うことができるので、そのような株主に、より簡便な方法によるキャッシュ・アウトを認めることには合理性があると思います。しかし、そのような趣旨からすると、中間試案の提案は、次に述べるように不必要に重たい制度になっているように思われるのです。
 
第1に、株式の売渡請求は特別支配株主と少数株主との間の取引であるにも拘わらず、売渡請求をするには対象会社の取締役会の承認が必要とされています。その理由として、補足説明は、キャッシュ・アウトの条件について一定の制約が必要であるからだとしています。たしかにキャッシュ・アウトの条件は公正なものでなければなりませんが、特別支配株主から提示された条件が公正であるかどうかを対象会社の取締役が判断できるという保証はありません。補足説明は、対象会社の取締役は売渡株主の利益に配慮する義務があるから、注意を尽くして対価の相当性を判断すべきであるとし、そのことを取締役会の承認を要する根拠としているようです。しかし、取締役が少数株主の利益に配慮する義務を負うのは会社の機関として行動する場合であって、特別支配株主・売渡株主間の取引の相当性について取締役に判断させるのは、取締役に新たな義務を課すことにほかならないのではないでしょうか。
 
実際的に考えても、取締役会の承認は有害か無益であると思います。まず、特別支配株主によって選任された取締役であれば、特別支配株主の提示する条件を承認しないはずがないから、取締役会の承認を要求することは無益です。つぎに、敵対的買収の過程で売渡請求権が行使され、取締役会と特別支配株主が対立関係にあるときは、特別支配株主としては株主総会を開催して取締役を交替させてから取締役会の承認を受けることになりますが、これは無駄に時間と手間をかけることになり有害ではないでしょうか。中間試案は、公正な条件が提示されるような手続規制を設けることによって、売渡株主の価格に対する不満が解消されると考えたのかも知れません。しかし、売渡請求制度では価格を争う手段を用意することが不可欠であり、売渡価格に不満のある株主は取締役会の承認があろうがなかろうが売買価格の申立てをするでしょうから、取締役会の承認手続はいたずらに手続を複雑にするだけでしょう。
 
第2に、売渡株主保護の方策として、売渡しの効力発生前は差止請求権が、効力発生後は無効の訴えが提案されています。しかし、売渡請求者が特別支配株主の要件を満たしていなかった場合や売渡請求の手続に違反した場合には、株式取得の効果は生じないと解されるからそれで足りると考えます。株主間の株式の売買が無効であった場合以上に取引の安全に配慮する必要はないはずです。また、差止事由として価格が著しく不当である場合が挙げられていますが、その場合は売渡請求は無効であるとはいえないものの、売渡株主は価格決定の申立てにより保護されるので、差止めを認める必要はありません。
 
補足説明は、無効の訴えの制度を設ける理由として、売渡請求は多数の株主の利害に影響を及ぼすので法的安定性を確保する必要があるとしています。たしかに、売渡請求は少数株主をすべてキャッシュ・アウトすることが目的ですから、特別支配株主にとっては全株式について一律に取得の効果が発生しないと不都合でしょう。しかし、訴訟を提起しなければ売渡の無効を主張できないというのは、売渡株主にとって不便すぎるのではないでしょうか。
 
①株式会社に新たな支配株主が現われたこと、または②株式会社の議決権の10分の9以上を有する支配株主がいることを要件として、少数株主に、自己の有する株式を当該支配株主に売却する機会を与える制度、いわゆるセル・アウトの創設については、提案が見送られました。その理由として補足説明は、①の新たな支配株主に対するセル・アウト制度について、企業結合の形成に際して生じる費用が増大し、企業価値を高める企業結合の形成がされにくくなるおそれがあるとの指摘があり、②の大多数保有株主に対するセル・アウト制度は、支配株主の異動が生じた場合に少数株主に退出の機会を与えるための制度として位置づけることは困難であることを挙げています。
 
たしかに、新たな支配株主に対するセル・アウト制度については、企業結合の費用を増加させるという側面がありますし、そもそも支配株主が出現したときに少数株主に退出の機会を与えるのが好ましいか否かという議論からしなければならず、そのような議論がなされていないために制度の創設を見送るという態度は理解できるところです。それに対して大多数保有株主に対するセル・アウトは、10%未満の少数株主は会社法上、略式組織再編の対象となるなど不利な地位に置かれることになり、大多数保有株主側も10%未満の少数株主を残存させることに合理的な理由がないことから、少数株主に無条件の株式買取請求権を認めるものなのです。このセル・アウトは、そもそも支配株主の異動が生じた場合に少数株主に退出の機会を与えるための制度ではないのですから、そのような位置づけができないことは、②のセル・アウトを採用しない理由にはなりません。部会の議事録を見ても、90%以上の支配株主に対する株式買取請求権を認めるべきであるとの発言が複数あったにも拘らず、中間試案において提案から落とされたことは奇異に感じられます。
 
キャッシュ・アウトは、企業経営上メリットがあるのに対し、セル・アウトは結合企業側、支配株主側にメリットがないから(もし、メリットがあるのであればキャッシュ・アウトをしている)、認めないという議論があるのかも知れません。しかし、セル・アウトは10未満の少数株主の利益を保護するための制度ですから、支配株主側にメリットがないことをもってその創設を否定することは本末転倒でしょう。セル・アウトの仕組みを考えると、キャッシュ・アウトとは反対に、少数株主が価格を提示して支配株主に対し買取請求をし、価格に不満のある支配株主は裁判所に価格決定の申立てをすることになるでしょう。セル・アウトを認めると、支配株主は個々の少数株主による買取請求に個別に対応しなければならず、煩瑣であると思われたのかも知れません。しかし、そのような場合、支配株主はキャッシュ・アウト権を行使すればよいのですから、問題はありません。結局、セル・アウトは、支配株主がキャッシュ・アウト権を行使しないために救済を否定される少数株主の利益を守る点に最も重要な機能があるといえるのではないでしょうか。

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開設日: 2008/2/28(木)


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