『かがり火』復刊に向けて
『かがり火』という雑誌をご存知だろうか?
殆どの方は、ご存知ないだろう。何故なら、一般の書店では販売していないからだ。年6回(隔月)年間購読者のみに送られて来る。
内容は、「各地で頑張っている無名の人達にスポットをあてて紹介する」のがコンセプト。「本来日本人が持っていた心」を、今も持ち続けている人達が、毎回紹介される。有名人は滅多に出ない。
今春、その「かがり火」が、休刊した。事実上の廃刊かも知れない。
原因は、資金不足。この雑誌の特記すべきことのひとつは、発行以来約22年間、一度も黒字になった事がない。ずっと赤字で続けてきたのだ。
去る8月29日、「かがり火」を復刊させようと、北は北海道・南は沖縄から100名を越す愛読者が、東京は千駄ヶ谷に集まった。中にはフランスから駆けつけた読者もいた。若い方もいたが、平均年齢は恐らく60歳近いのではないか?男性が9割くらいを締めていた。
第1部、 復刊に関する会議が始まった。
冒頭、細川佳代子氏(細川元首相の奥様)より「各人読者を5人増やしましょう」と提案。選挙の為退室。
続いて、発行人より休刊になった理由・経過が報告される。大赤字+多額の負債。発行人は、自らの賃金を貰った事がなかった。22年間続いたことの方が不思議である。
その後出席者から、様々な意見が飛び交った。が、気持ちは皆同じ。「復刊」である。誰1人として、復刊に異議を唱える人はいなかった。
休憩後、4人の特別ゲストから提案がなされた。
イエローハット相談役の鍵山氏からは、寄付・貸付・前払い・バックナンバーの買い上げを販促に、という4つの提案。実に具体的で分かり易い。
福島県矢祭町前町長の根本氏からは、負債をまず0に、あと5年発行人に頑張って貰いたい。それでも金儲けに走るべきではないと、「かがり火」本来の形の継承を訴える人もいた。
馬路村農業協同組合組合長の東谷氏は、後継者を作ること、ここにお集まりの各人がいくら迄なら払えるんだ!と、実に具体的な再建案が飛び出した。
サラダコスモ代表取締役の中田氏は、経費の削減と販促の重要性を説いた。
どれも、実に参考になるご意見であった。
出席者(愛読者)の中には、実際に100人以上の社員の首を切り、会社が倒産し、再建を経験した方もいた。その方のご意見は流石にシビアだったが、実に的を射ていた。「あまい!カネは降って来ない。まずカネを集めなければ1歩も前へは進めない」その通りだ。
情熱だけでは、ことは動かない。具体策が必要なのだ。それも期限付きで!
結局、復刊する為の条件として、『部数3000部(現在の約3倍)』『復刊資金1500万』という、2点が挙げられた。この条件をクリアする為に、出席者の中から有志を募り、プロジェクトチームが組織されることになった。
第2部、 会場を会議室から宴会場へと移し、交流会が行われた。
1部の出席者よりも更に増え、130人近くが集まった。舞台上では、「かがり火」に対する思いが、次々と語られた。一方、食事や飲み物が乗った卓の回りでは、あちこちで名刺交換が行われていた。
殆ど初対面の方ばかりなのだが、「かがり火復刊」という同じ目標を持つ者同士、あたかも旧知の仲のように話が弾む。
ひとつの雑誌が休刊しただけで、全国から読者が集まり休刊反対・復刊を叫ぶ。宴会場は創刊パーティーのような活気を見せる。こんな雑誌が他にあるだろうか?そんな中にあって、ひとりだけずっと申し訳なさそうな顔をしていた発行人の姿が、印象的であった。
その後、場所を神田のレストランに移し、40名以上が参加して2次会が行われた。ここでは、誰かが挨拶することもなく、酒や料理を片手に各人が雑談。意外に多かったのは、「復刊はけっして容易ではない」「一時的に盛り上がっても、長続きせずにまた休刊してしまうのでは」「色々なやり方を変えていかなければ、また元の木阿弥になってしまう」といった意見だった。私の回りだけかも知れないが。
公務員、会社員、会社経営者、NPO法人主宰者、組合員、マスコミ関係者、自営業者、リタイヤ組などなど、愛読者の職業は多岐に渡る。各都道府県に約260名の『支局長』と呼ばれる読者がいるのも、この雑誌の特徴だ。
読者同士の繋がりは強い。それはあたかも、「かがり火」という印籠を出した瞬間、「何だ、同じ仲間じゃないか」と打ち解ける。
「カネより心」をモットーとしてきた雑誌が陥った「カネ不足」。果たして復刊・継続はなるか!
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